AVIATION ASSETS

陸上航空(陸上自衛隊航空科職種)の教育訓練、運用、装備、安全等に関連する米軍情報の発信源

東日本大震災災害濱遣活動に参加して

元陸上自衛隊東北方面航空隊長
1等陸佐(当時) 荒関 和人

はじめに

2011年3月11日午後2時46分、日本における観測史上最大のマグニチュード9.0の東日本大震災が発生し、岩手県・宮城県・福島県では海岸沿いの集落が地震により発生した大津波によって広範囲にわたり水没したほか、東京電力福島第一原子力発電所では原子炉などの損傷によって放射性物質が漏出する事故も複合して起こるなど、広域にわたり大規模かつ激甚な被害をもたらしました。

航空偵察を行うOH-6

今般の大震災でお亡くなりになられた方々に心から哀悼の意を表するとともに、被災された方々にお見舞い申し上げます。また、発災当初より駆けつけて下さいました全国の航空科部隊、そして米軍を始めとする世界各国の皆様に対し、改めて感謝申し上げます。

東北方面航空隊長として、東日本大震災災害派遣を一件の航空事故もなく完遂することができたことを皆様に報告できることを誇りとするものです。今回、アーミー・アビエーション誌への投稿の機会を得ましたので、この作戦を完遂できた要因及びこの作戦間に得られた教訓事項について、私見を述べてみたいと思います。

自衛隊の活動

女性自衛官による救援物資ニーズの聞き取り調査

東日本大震災災害派遣においては、被災地での活動をより強化するため、陸自の東北方面総監の指揮下に海自の横須賀地方総監及び空自の航空総隊司令官が入った災統合任務部隊を編成し、陸・海・空自の部隊の統合運用により活動しました。また、原子力災害派遣においては、陸自の中央特殊武器防護隊を中核として、海・空自の要員を含めた約500名が活動しました。

自衛隊の派遣規模は、最大時で人員約18万7,000名(即応予備自衛官および予備自衛官を含む。)、航空機約540機、艦艇約60隻に上りました。

米軍等の活動

米軍は、東日本大乗災を受けた人道支援・災害救援活動を「トモダチ作戦と命名し、最大時で人員約16,000名、艦船約15隻、航空機約140機を投入するなど大規模な兵力で、捜索救助、物資輸送、仙台空港の復旧、新学期を前にした学校の清掃、気仙沼大島における瓦礫除去作業、さらには、日米共同での行方不明者の集中捜索など、被災地を中心に大規模な支援活動を実施してくれました。

また、オーストラリア軍、韓国軍、タイ軍、イスラエル軍及びフランス国防省も、航空機による輸送支援等を実施してくれました。

陸上自衛隊の航空機とその任務

地震災害派遣任務においては、陸上自衛隊の航空機が当初は人命救助、じ後は行方不明者の捜索、交通が途絶した地域への航空輸送等の多様な任務に用いられました。
 さらに、原子力災害派遣任務においては、陸上自衛隊第1ヘリコプター団のCH-47が福島第1原発の3号機への空中消火器材を用いた放水に使用されました。

航空科部隊・隊員の懸命な活動

東北方面航空隊の隊員は、自らも被災しつつ、発災当初から終了まで「みちのくの輝き」を取り戻すべく、力の限り懸命に率先して任務を遂行してくれました。また、全国の航空科部隊からは発災当初から力強い増援をいただきました。隊員は寝食を忘れ、一致団結して人命救助、患者後送、物資空輸、行方不明者捜索等の各種飛行任務を献身的に遂行してくれました。

増強東北方面航空隊は、全国各地の部隊から多くの増援を得ましたが、単に隊員数が増えただけではなく、気概に満ち溢れた隊員が勢揃いしたことを大変心強く思いました。気概に満ち溢れ、献身的に活動してくれた隊員を誇りに思い、全隊員に感謝するとともに、特に、全国の増援部隊には、被災地、被災者を助けてくれたと同時に、東北方面航空隊だけでは何もできなかったことから、東北方面航空隊をも助けてくれたことを心から感謝いたします。

飛行場・駐屯地の活動拠点としての重要性

東北方面航空隊が駐屯する仙台市内の霞目駐屯地から約400m海岸方向に向かった所に「浪分神社」という神社があます。この神社は、過去の大津波を機に建立されたもので、この神社付近が津波の分水嶺となっており、霞目飛行場はこの神社より陸地側にあります。また、平成6年に霞目駐屯地から約2,800m海岸方向に高さ約6mの盛り土をもつ仙台東部道路が海岸線と平行(南北方向)に建設され、今回の津波に対し防潮堤の役目を果たしました。霞目飛行場は、その所在位置、仙台東部道路の建設により、今回の津波被害を免れました。

このようなことから、仙台市の南東に位置する民間空港である仙台空港、仙台市の北東に位置する航空自衛隊の基地である松島飛行場が不幸にも津波被害により甚大な被害を受ける中、僅か708mの滑走路しか有しない霞目飛行場が一大航空拠点となりました。

災害派遣任務のため離陸するUH-1

このため、陸海空の自衛隊ヘリのみならず、津波被害に遭った仙台空港及び近隣の荒浜へリポートに常駐する海上保安庁へリ、消防ヘリ等が次々と飛来するほか、米軍、他官庁、民間のヘリが続々と集結し、非常に多くのヘリが駐機し、航空燃料の補給、航空機の整備等を行いました。

また、霞目飛行場は、ヘリによる被災者の搬送先となり、SCU(広域搬送拠点臨時医療施設)も開設され、グランドに巨大テントを展張し、数多くの衛生科隊員やDMAT(災害派遣医療チーム)が医療活動を行いました。

そのほか、霞目駐屯地は、近隣住民、ヘリで救助された被災者の臨時の避難所となったり、被災者にお風呂を開放したり、部外公共機関にガソリンを提供するなど、正に飛行場・駐屯地の持てる機能を最大限に発揮しました。

本災害派遣活動を通じて活動拠点としての駐屯地等の重要性を痛感し、駐屯地等は予算上の制約等から削減するのではなく、今後もいざという時のために維持する必要性が大きいことを再認識しました。

装備・訓練と気概の重要性

物資空輸を行うUH-1

3月11日の夜間は、停電、雲のため真の闇であり、他省庁等ヘリは地形・地物が見えないことから建物に近づくことができず、人命救助ができませんでした。そんな中、陸自ヘリのみが人命救助を行うことができたのは、NVG(夜間暗視装置)を備え、真の閣においても地形・地物を確認できたこと、NVGを使用した訓練やホイストによる救助訓練を実施していたこと、加えて隊員それぞれに「俺がやらねば誰がやる」という気概があったからです。

我々は、優秀な装備、厳しい訓練、確固たる気概があったからこそ十分な活動ができたと思います。今後も優秀な装備で、厳しい訓練に励む訳でありますが、「訓練は実戦のごとく」厳しく行い、「実戦は訓練のごとく」淡々と行う、そしてその淡々と行う気概を養っていくことが必要と考えています。

航空隊長としてのリーダーシップ

増強東北方面航空隊長として、東日本大震災災害派遣期間中、「明るく、元気に!」と「積極進取」を隊員に要望しました。「明るく、元気に!」は、厳しく、辛い災害派遣活動下においても「明るく、元気に」という意識を持って活動することで自ずと活路が開けてくるとの確信のもと、隊員に要望し、朝のミーティングの終わりには必ず「今日も明るく元気に行こう!」と締めくくりました。

「積極進取」は、あらゆる任務に対応する、断らない、実行の可能性の低い任務も可能性のある実施要領を相手に提示し、自ら積極的に任務を求め、それを行うことを指導しました。

また、任務受領後速やかに離陸できるように準備させ、発災当初の混乱時も空振り覚悟で飛行させました。併せて「俺がやらねば誰がやる」、「今やらねばいつやる」の気概を持つことを指導しました。

物資空輸を行うCH-47

このように積極的に任務を獲得すること等を指導した反面、任務実施時の天候決心、任務実施間の天候判断は慎重にすること、天候不良時等の予防着陸をためらわないこと等も指導しました。

航空安全の確保

増援部隊を含め航空科部隊・隊員は、任務に対し、やる気満々で士気が高く、かつ、緊張感を持って勤務しており、国家・国民のために迅速・確実にやるというその高い任務意識の中での活動が航空安全の確保に自ずと繋がり、東日本大震災災害派遣間の不安全事項は極端に少なかったと思っております。このように航空安全を確保できたもう1つの要因は、常日頃から、航空安全のための基本・基礎がしっかりできていたことです。この基本・基礎ができていたからこそ、今回の災害派遣のように不安全な状態が多々生起する中においても、心手期せずして、不安全を回避する行動、安全な行動ができたものと思っております。

災害派遣活動中、任務を航空無事故で成し遂げられたとともに、霞目飛行場管制所において、地震発生から102日目の6月20日に、航空管制回数10,000回を達成できたこともその証と言えるでしょう。

また、増援部隊も含めた各部隊に対しては、東北方面総監部の航空安全幕僚として、各部隊の展開する地域を回り、安全確認を行うとともに、苛酷な環境・不慣れな地域で勤務する隊員に対する激励を行い、安全意識の更なる高揚、不安全要因の排除等に努めました。

おわりに

この未曾有の国難に対し、微力ながら被災地、被災者のために最後まで隊員と一緒にしっかり活動し、陸上航空の先輩方が築かれた輝かしい歴史と伝統、名誉を汚すことなく、先輩方、後世にも誇れる活動を航空科全部隊・全隊員が一致団結して成し遂げたことを大変嬉しく思っています。本任務を成し遂げた満足感、充実感を皆さんと分かち合えることに対し、心から感謝を表したいと思います。

荒関1佐(当時)は、日本国宮城県仙台市に所在する陸上自衛隊東北方面航空隊の隊長であり、東日本大震災に際し編成された統合任務部隊指揮官の指揮下で、他方面航空隊からの派遣部隊を含む増強東北方面航空隊の隊長として、災害派遣活動を実施しました。
本記事は、管理人が東北方面航空隊長荒関1佐(当時)の記事を英文に翻訳し、アーミー・アビエーション誌に投稿したものを和文に再翻訳したものです。原文:Accomplishment of the Great East Japan Earthquake Mission
出典:ARMY AVIATION, May 2012, Army Aviation Association of America
翻訳:影本賢治, アビエーション・アセット
備考:本記事の翻訳・掲載については、出典元の承認を得ています。

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1件のコメント

  1. 管理人 より:

    当時、災害派遣活動に参加された皆様、大変お疲れ様でした。




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