デジタル時代の故障探求
特殊作戦航空連隊における装備品の性能向上に見合った整備能力の向上
今日の高度な航空機用アビオニクス・システムに故障や一時的不具合が発生した場合、アナログ式の単純なマルチメーター(回路計)だけで、十分な原因究明を行うことは困難です。今日の技術者は、そのシステムに見合ったレベルの試験器材や技術資料を保有し、単なる「部品交換」の域を超えた洗練された故障探求作業を行うことが必要なのです。
航空機用任務装備品は、パイロットが地上部隊指揮官の要求に応じた支援を行うために必要な、ハイテク技術を駆使したものへと急速な進化を遂げています。これらの新しい装備品には、故障発生を技術者に「知らせる」ための人工知能が備わっているため、整備作業を効率的に行うことのみが重視され、電気の基礎を理解するために必要な詳細な技術的知識が軽視されるようになってしまいました。一見、効率的な整備作業ができているように見えますが、実際のところは、無駄な費用を増加させ、航空機の維持整備に必要な予算に制約がある状況をさらに悪化させている場合もあるのです。そして、かつては部隊の整備員が行っていた構成品(コンポーネント)の故障探求や修理を企業が行うようになり、整備員が派遣先で効率的な運用を行うために欠かせない貴重な経験を積む機会が失われてしまいました。整備員の技量を向上させ、熟練した技術者を育成するためには、試行錯誤を繰り返すことが欠かせないのです。
整備対象の高度化
「賢い」システムが装備されるに従って、航空機の故障探求を行う機会は、急速に減少しています。2段階整備制度への体制改革や技術資料の欠如は、構成品が「なぜ」故障したのかという疑問を持つ機会をほぼ完全に消し去ってしまったのです。
単なる「部品交換員」ではない、真の技術者になるための第一歩は、「なぜ」なのかを考えることなのです。現在の整備実施規定は、問題解決に必要な一連の手順を記載するのみで、その理論を説明するものになっていません。このため、問題が発生した時、整備員は、配線や直接関係のない系統などの不具合が原因である可能性を検討することなく、マニュアルに示されたとおりにLRU(line replaceable unit, 部隊交換可能部品)を交換するしかありません。整備員たちは、技術者としての能力を身につける上で不可欠なアビオニクス系統に関する知識を失いつつあるのです。
自己診断機能は後ろ向きな機能ではないのですが、それだけに頼って故障探求を行おうとすると、LRUレベルでの「部品交換」だけを選択肢とする誤った手順を行ってしまいがちです。故障していると判断されたLRUを製造業者に後送し、試験を行っても、「故障状態再現せず(Could Not Duplicate, CND)」または「故障原因不明(No Evidence of Fault Found, NEOFF )」と判定され、そのまま官側に戻されてしまう場合が少なくないのです。このような状況が生じる原因は、整備員の技量の不足にほかなりません。「部品交換」のみに頼った故障探求は、コストの増大を招き、即応性の低下や兵站上の負担増加をもたらしているのです。
1553Bデータ・バス、マイクロ波、光ファイバーなどの複雑な配線システムは、整備員の理解を超えた問題を引き起こす場合があります。例えば、マルチメーターのような現有の器材で確認すると正常と思われる配線が、実際には故障の原因となっている場合もあるのです。これらの配線を正確に試験・判定・修理するためには、特殊な器材とそれを取り扱う技術が必要です。このような特殊工具は高額なものが多く、それを使用するためには整備要領を確立し、操作訓練を実施し、整備工数を増加させなければなりません。これまで、自己診断機能を備えたシステムが要望されてきたのは、これらの問題があったからなのです。
もちろん、自己診断機能を持つこと自体は、決して間違ったことではありません。実際、ほとんどの場合には、役立つものであることが確認されています。しかしながら、機体を速やかに可動状態に戻そうと意識するあまり、この機能に頼りすぎてしまうと、根本的な原因が何であるかを考えなくなり、故障の全体像を把握できなくなってしまうのです。自己診断機能のみで不具合を解消できる場合もありますが、それだけでは認識できない根本的な問題が存在し、LRUの交換とは別の解決策が必要となる場合も少なくないのです。
作戦用航空機に新しい能力を付加することは最も重要なことではありますが、常に進化し続けるシステムに技術的に追いつけずに苦労している整備員を放置するようなことがあってはなりません。新しいシステムが装備化されても、正式な整備訓練および教育課程が確立され、それが実施されるようになるまでにかなりの時間を要する場合が多く、中には1年以上もかかっている場合があります。せっかく、最先端のシステムを導入しても、それを可動状態に維持するために必要な経験、器材および関連資料が整備員に与えられなければ、何の役にも立たないことを認識しなければなりません。
技術資料の不足
部隊における整備員の技術力は、製造会社や現地派遣技術者(field service representatives, FSR)の支援を受けることによって補完されています。多くの新型システムについては、製造会社が特許を保有しており、故障探求マニュアルの作成に必要な技術資料を購入するためには予算上の処置が必要となります。このため、現状において、部隊の整備員は、システムの自己診断機能以外に、LRUを試験できる能力をほとんど有していないのです。陸軍特殊作戦コマンドおよび陸軍航空は、開発された航空機用システムの調達に際し、その技術資料の使用権を併せて取得することにより、この問題を克服しようとしています。技術資料の使用権を持つことで機体上での故障探求要領を改善して故障箇所を正確に特定するとともに、取り外したLRUの試験器材を開発・装備して「故障状態再現せず」というような事態が発生する頻度を減少できるものと考えています。
技術資料を取得すれば、任務装備品を維持するための費用および兵站上の負担を減少させ、整備員の技能の向上を図ることができるのです。特殊作戦航空連隊は、この初期費用への投資が、航空機の非可動時間を削減し、十分な利益をもたらすものであることを確認しています。適切なシステム試験装置を用いることにより、LRU内部の点検や、製造業者の規格に適合した修理および試験が実施できるようになり、全体としての修理費用を削減し、飛行部隊が使用可能な総部品点数を増加することができるのです。
現地派遣技術者の部隊への派遣は、新しいシステムの導入に際して有効な施策ではありますが、長期に渡ってそれに依存することは、整備員からそのシステムに関する深い知識を習得する機会を奪う可能性があることに注意しなければなりません。
低補給率環境下における精度の高い整備の追求
最も重要なことは、整備員に詳細なマニュアルを供給し、保有する任務装備品と同じくらいに先進的な技術訓練を受けさせることです。官民の協力により、整備員の権限を増大し、可能な限り最高の器材を使用させ、その整備技量を向上させることが必要なのです。この「人的」資本への小さな投資は、我々の「即応性」に大きな利益をもたらし、我々特殊作戦部隊が掲げる「5つの真実」のうちの1つである「人的資源は物的資源に勝る」の具現に貢献することができます。マルチメーターで導通を点検するアナログ時代の整備手法は、今日のアビオニクス化された航空機システムの世界ではもはや通用しないのです。
上級准尉3ブルース・シルバはケンタッキー州フォート・キャンプベルに所在するアメリカ陸軍特殊作戦航空コマンド(空挺)航空整備支援事務所(United States Army Special Operations Aviation Command (Airborne) Aviation Maintenance Support Office)の任務装備担当将校(mission equipment officer in charge)、2等軍曹カイル・ガードナーは同事務所の任務装備担当下士官(mission equipment noncommissioned officer in charge)である。
出典:ARMY AVIATION, Army Aviation Association of America 2019年06月
翻訳:影本賢治, アビエーション・アセット管理人
備考:本記事の翻訳・掲載については、出典元の承認を得ています。
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1件のコメント
もう20年以上も前のことですが、アメリカ陸軍のUH-60修理課程(初めて航空機整備に携わる兵士が主な対象)に留学した際、下士官の教官が「お前らは理由なんか知らなくていいんだ。マニュアルに示されたとおりに部品を交換するのがお前たちの任務だ」と教育していたのが印象に残っています。当時は、「これからはそういう時代なのかな」と思っていましたが、それもまた変化しつつあるのかも知れません。