テクニカルトーク:テール部の空気力学
ヘリコプター業界に入った私が最初に与えられた仕事は、ある先輩の空気力学者と協力しながら、テール部の設計を行うことでした。
その仕事では、操縦性、動力学、構造、機体設計および試作機製造工場などの、さまざまな分野の技術者たちと協力しながら、候補となる数種類のテール部の形態を定義、設計、製造し、飛行試験を行いました。私が担当したのは、尾翼の面積、尾翼の断面形状およびテール部の迎え角の決定、ならびに各形態の性能評価に用いる機器の選定でした。飛行試験が初めての私は、試験を行えば、我々が行った各設計の有効性を確認できると信じていました。
試験初日の朝、いつもより早く起きると、試験技術者から示されたミーティング開始時刻よりも早めにブリーフィング・ルームへと向かい、勢いよく中に入ってゆきました。その部屋には、すでにふたりの先客が居ました。ベトナムでヘリコプター・パイロットだった上級データ・エンジニアと、40年以上も開発飛行試験に携わってきた年配の男性でした。彼らは、自己紹介をすると、「ところで、君は、これらの設計案の中に、上手くいくものがあると本当に思っているのか?」と尋ねました。私はすぐに答えました。「もちろん、あると思っています。何か気になることでも?」その後すぐに明らかになったのですが、彼らは私の知らない多くのことを分かっていたのです。結果的には、最終設計案を決定するまでに、さらに10以上の新たな形態を試験しなければなりませんでした。困難かつ長期間の試験プログラムを通じて私が学んだのは、各尾翼周辺に生じる流れ場(flow field)の複雑さ、および各種設計要素がテール部の寸法、形状、配置および迎え角に及ぼす影響でした。
ヘリコプターのテール部周辺の流れ場を特徴づけるのは、多くの場合、その強度(動圧)と方向(角度)です。メインローターハブ、胴体など、テール部の上流に存在する機体構成品による空力干渉は、メインローターおよびテールローターの後流による空気流とあいまって、(自由流に対する)動圧およびテール部に沿った空気流の角度を変化させます。飛行試験および風洞模型試験による調査の結果、テール部の底部と先端部とでは、動圧および空気流の角度に大きな差異があることが判明しました。試験データは、その差異の大きさは、飛行条件および他の機体構成品に対するテール部の配置によって変化することを示していました。
空気流が持つこれらの特性を事前に予測することは困難であり、多くのヘリコプター開発プログラムに失望と混乱を引き起こしてきました。設計者たちが、自分たちの計算が間違っており、設計の変更が必要なことなことを理解するのに、そう時間はかかりませんでした。アパッチの設計を行ったレイ・プライティたちは、試作機のT型テール形態の設計に際して経験した苦闘を書き残しています。結果的には、可動式の水平尾翼を低い位置に配置し、テール・ローターを高い位置に配置する形態が採用され、生産されることになりました。アパッチのように飛行条件による流れ場の変化量が非常に大きな機体においては、少なくともひとつの尾翼を可動式にしなければ、機体の操縦性を維持し、十分な搭載重量を確保することができないことが分かったのです。
テール部の寸法(面積)は、通常、必要な操縦性を満たすように決定されますが、機種の特性または運用上の要求によっても変更が余儀なくされます。たとえば、アパッチやブラックホークでは、テール・ローターの推力が失われた場合においても、最低限の出力で水平飛行を維持できることが要求されていました。固定式の尾翼の迎え角は、トリムおよび搭載重量に関する要求に応じて決定する必要があります。可動式の尾翼またはエレベーターまたはラダーを備えている場合は、飛行性能、操縦性および搭載重量上の要求事項を満たすように迎え角の範囲を決定し、より幅広い飛行状態に対応することが可能になります。
現在の空力設計者は、さまざまな開発プログラムを通じて得られた豊富な経験だけでははく、特定の尾翼の周辺に生じる複雑な流れ場を(ある程度)事前に予測できる計算機も利用することができます。しかし、それでもなお、1996年の垂直飛行協会(Vertical Flight Society)技術報告書で引用されたテール部の設計に関するシャンタ・クマール博士の助言に従うのが賢明です。その助言とは、「テール部の設計および製造に関しては、開発途中での変更を予期して柔軟性を保持し、必要に応じヘリコプターの性能および操縦性を微調整できるようにしておくことが最善の手法である」というものです。
トーマス・L・トンプソン博士は、アラバマ州レッドストーン工廠に所在するアメリカ陸軍戦闘能力開発コマンド航空およびミサイルセンター(U.S. Army Combat Capabilities Development Command Aviation & Missile Center)航空力学システム即応維持部局(Aeromechanics Systems Readiness Directorate)のチーフエンジニアである。
出典:ARMY AVIATION, Army Aviation Association of America 2022年03月
翻訳:影本賢治, アビエーション・アセット管理人
備考:本記事の翻訳・掲載については、出典元の承認を得ています。
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