テクニカルトーク:PPMx(予後および予測整備)
PPMx(Prognostic and Predictive Maintenance, 予後および予測整備)は、現在行われている事後対応型の整備体制から、将来を予測した意思決定に基づく手法への移行を目的としたアメリカ陸軍の施策である。従来の整備は、予期していなかった故障の修理と定められたスケジュールに従った予防整備を組み合わせたものであった。これは、ジョージ・ワシントン将軍とアメリカ陸軍が、バレーフォージにおいて、何の前触れもなく訪れた残酷な寒さに対応したのに似ている。それから200年以上が経ち、天気予報は、我々にとって日常生活の一部となっている。それは、毎日何を着るかを決めたり、飛ぶのが安全かどうかを判断したり、任務への影響を予測したりするのに役立つ。普段、あまり意識することはないが、数日間先の天気を高い精度で予測するためには、高度なモデリング能力を有するレーダー網が用いられている。
PPMxの成熟は、天気予報の進歩に似ている。レーダーや気象観測所が気象状態を把握するのと同じように、センサーで故障の兆候を察知することで、機体の状態をより的確に把握できるようになった。将来においては、気象状況のモデリングが日々の天気を予報するように、予後システムが機体の状態を予測できるようになる。現在および将来の機体状態についてのこの情報は、現時点において実施すべき整備、あるいは、運用要求に応じた態勢を維持するために今後実施が必要となる整備について判断することを容易にする。機体の現在の状態および予測される状態に基づいて、将来の整備を計画することを予測整備という。PPMxの利点は、定期的整備手法への移行を可能にすることにより、可動率を向上し、ライフサイクルコストを削減し、任務の中断を減少できることにある。
リスクの定量化
予測整備を実現するためには、構成品に故障が生じる可能性およびそれが機体システムに及ぼす影響を科学的に評価するフレームワークを構築した上で、一連の決定を行うことが必要となる。このアプローチは、陸軍の複合リスク管理と類似している。リスクは、確率(構成品の故障率)と重大度の積として定義される。
重大度は、故障の重大度によって測定され、搭乗員の負傷および各系統の損傷、修理時間、修理費用、および任務中断の可能度といった要因によって示される。それぞれの要因の重み付けと組み合わせは、信頼性工学を用いた損失関数として定義される。リスクは、正式には、損失関数からベイジアン・フレームワークを用いて算定される。故障率は、運用中に収集されたデータによって更新され、その重要度に応じて処理される。そのうえで、機体全体に対するリスクが推定される。次に、各構成品のリスクから機体全体のリスクが合成される。データの要求事項やその計算方法についての細部は、さらに技術的な記事において触れられるべき問題である。ただし、現在の整備手法を継続するか、あるいは新しい手法に移行するかを決定するうえで、複合リスクの最小化が非常に重要であることは理解しておくべきである。このフレームワークにおいては、その予測が正確に評価され、かつ適切に制限され、指揮官、整備員、および補給員に伝達される。
リスクの活用による整備決定の近代化
将来についての予測を行うことは、本質的に確率的な作業である。予測の対象となる時期が先になるほど、確実性は低くなる。これは、誰もが経験していることである。天気予報は、先のことになるほど、信頼性が低くなるものである。摩耗や疲労が生じるローター、操縦、機体、エンジン、動力伝達、兵器などの系統の構成品にも、同じことが言える。図1のグラフは、飛行時間(Flight Time)の増加に伴い摩耗が蓄積し、故障率(Probability of Failure)が増加することを示している。実際には、機体に搭載された診断システムが現在の状態を推定することになる。次に、予想される運用方法および予後モデリングにより、故障がさらに進展する時期が予測される。
図1のグラフには、PPMxにより算定された整備不要運用期間(Maintenance Free Operating Period, MFOP)も示されている。緑の網掛けがされている整備不要運用期間(MFOP)の部分では、整備により中断されることのない継続的な運用が可能である。オレンジ色の回復期間(Recovery Period)では、複数の整備項目を統合して実施することになる。回復期間に入る際に知りたいのは、「各構成品が次の回復期間まで故障しない確立はどのくらいなのか」ということである。このため、機体の状態を評価するための測定(Measurement)が回復期間中に実施される。この測定は、自己診断装置と非破壊検査(non-destructive inspections, NDI)の組み合わせにより実施される。次に、推定された状態と予想される運用方法との組み合わせにより、推定残存使用可能時間(Predicted Remaining Useful Life, 推定RUL)が推定される。将来の予測は不確実なものであるため、故障発生の可能性は、幅を持たせて計算される。その範囲は、青色で塗られた正規分布で示されている。現状から将来に向かって伸びる点線は、当該構成品が少なくともその時間まで故障しない確率を表している。最も可能性の高い故障時間(正規分布の最高点)は、期待推定残存使用可能時間(期待推定RUL)と呼ばれる。だたし、当該構成品は、正規分布の範囲内であればいつでも故障する可能性がある。
青色で網掛けされた部分が示すとおり、当該構成品がMFOPの終了までに故障しない可能性(chance of success)は90%であり、故障する可能性(chance of failure)は10%となる。将来のリスクは、この10%の確率と構成品の重要度の積で求められる。この将来予測は、現時点での整備を適切に決定するために必要な情報を整備員に提供する。将来のリスクが許容できない場合は、フレームワークを照会し、リスクが許容値(Failure Threshold)を超える個々の構成品を把握することができる。
不確実性がもたらす効率の低下
PPMxにおいては、推定残存使用可能時間(推定RUL)が不確実であるため、整備の決定が複雑になる。天気を例とすると、旅行者は、5日間の降水確率が40%であれば、スーツケースに傘を準備するだろう。予測が不確実であることは、将来のリスクを回避するための行動に影響を及ぼす。重要なことは、予測された推定残存使用可能時間(推定RUL)の変動幅が少ないほど、構成品が機体に搭載されている時間が長くなり、PPMxによる利点も得られやすいということである。リスクの軽減は、PPMxの主要な目標である。安全を維持するためには、故障がほぼ発生しないことが必要である。PPMxを利用し、整備不要運用期間(MFOP)を設定している機体の場合、まだ故障していない部品があらかじめ取り降ろされる場合が生じる。そうすることによって、整備員は、経済的使用可能時間を犠牲にすることにより飛行任務の継続を得ることができる。これらの部品は、まだ許容値内で作動できるにも関わらず、次の整備期間までに故障することが予想されるため、取り降ろされるのである。
構成品が故障する正確な時期を把握できる度合いは、不確実性により定量化することができる。機体の状態に関する不確実性が増大すると、整備作業の実施を促進し、維持コストの上昇と可動率の低下をもたらす。不確実性が低減された、より優れた診断システムや予後モデルを使用すれば、推定残存使用可能時間(推定RUL)を最大限に活用してコストを節減し、任務の中断を最小限に抑制することが可能となる。
結論
PPMxを実現するためには、機体にセンサーを追加するだけではなく、現行の後方修理システムにさまざまな変更を加えることが必要となる。最も重要なのは、すべての要求事項(データ、精度、組織、および訓練)の源となる意思決定フレームワークを最初に形作ることである。将来の機体状態の確率論的評価を可能にするためには、方針的事項を新たに作成したり、変更を加えたりすることも必要となるかもしれない。また、ハードウェアの要求事項および規格を明確化することも必要となるであろう。さらに、将来のリスクに基づく評価の使用方法および情報提供の範囲に関する指導要員を育成することも忘れてはならない。
ダニー・パーカー博士は、アラバマ州ハンツビルにあるGTD Unlimitedの研究員です。中佐アンディ・ベロッキオ博士は、現在、ニューヨーク州ウェストポイントに所在するアメリカ合衆国陸軍士官学校の教職員です。
出典:ARMY AVIATION, Army Aviation Association of America 2022年01月
翻訳:影本賢治, アビエーション・アセット管理人
備考:本記事の翻訳・掲載については、出典元の承認を得ています。
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2件のコメント
かなり難解な論文で翻訳に手こずりました。多少、意味を取り違えている部分があるかも知れません。お気づきの点があったら、お知らせください。
阪神淡路大震災の時、災害派遣に送り出す機体の整備に際して、規定された交換時間に到達していない部品をあらかじめ交換するのに苦慮したことを思い出しました。あんなことを悩まなくて良い態勢が必要だと思います。