DVEに遭遇!その時、何をすべきか?
准将、上等兵、すべての等級の准尉、何人かの海兵隊や空軍兵士たち。彼らに共通していることは何だろうか。それは、彼らの死を悼む家族、友人、同僚がいることである。彼らは、2002年以降、陸軍内で発生したDVE(degraded visual environment, 悪視程環境)での航空事故において死亡した129名の隊員のうちの、ほんの一部に過ぎない。
これらの事故の大半は、夜間に発生している。NVGには限界があり、昼間飛行に比べるとその視界が著しく制限されることは、よく知られている。それに加えて、雪、砂塵、霧、低照度などにより視覚的な目標物を失えば、最悪の結果につながりかねない。このため、夜間にDVEに遭遇した場合の対応に焦点を当てることは、特に重要なのである。
「自分には、そんなことは起きない」と考える人もいるかも知れない。しかし、次に示す一例は、同じように思っていた搭乗員たちに起こった悲劇である。彼らには、DVEに遭遇した際に発生した問題を克服することが残念ながらできなかったのである。
それは、暗い夜であった。空を覆う雲は、単なる霧とは比較にならないくらいに、明かりを完全に遮断していた。最悪の状況になるのが分かっていたが、そこはもうLZまで数マイルのところだった。
「真っ暗だな」
「何も見えなくなってきたな」
「くそ、入っちまった」
「対気速度は?」
「どうしたんですか?」
「高度を確認しろ」
「地図を見てください。旋回しています」
「直進状態を維持してください」
「もうだめだ」
「操縦を代わって下さい」
「パワーを確認しろ」
「急旋回しています」
「ダイブしています。引いて!引いて!」
もし、その夜、亡くなった2名の操縦士がなりたての機長と経験の少ない副操縦であったならば、貴官には怒りがこみあげてきたことだろう。「いったいぜんたい、どうしてこんな操縦士たちに、そんな状況において飛行することを承認したんだ? 離陸することすら許されるべきでない状況だ」また、「自分だったら、人の命でもかかっていない限り、そんな天候で夜間に離陸することはない」と思うかも知れない。
しかし、その任務は行わなけらばならないものであり、そのパイロットは貴官であったかも知れないのだ。貴官は、熟練した陸軍パイロットであり、4,000飛行時間以上を経験した訓練担当操縦士であったかも知れない。さらには、可能な限り最も優秀な副操縦士や最も経験豊富な機付長を捕まえたかも知れない。そして、指揮官からは大丈夫かどうかを何回も確認されていたかも知れない。しかし、強い責任感を持つ貴官は、指揮官に対し「いいえ、十分だとは思っていません。しかし、やらなければならないのです。地上部隊が敵と交戦中なのです。弾薬が欠乏した彼らにとって、我々は唯一の希望なのです」と言ったかも知れないのである。
確かに、仲間の隊員の命を救うために陸軍パイロットが危険を冒した例は、枚挙にいとまがない。しかし、私が述べた事例は、その類のものではなかったのである。この任務への搭乗員の割り当ては、我々が怒りを覚えるようなものではなかった。飛行時間の少ない、経験が不足したパイロットではなかったからである。彼らは、その部隊に所属していたパイロットたちのなかで、最も経験豊富なパイロットたちだったのである。さらに、彼らの死は痛ましいものではあるが、戦闘において重大な危機に直面している他の隊員を救うための行動ではなかった。彼らは、米国本土にいて、後になって天候が回復してからでも十分に行うことができる訓練を行っていたのに過ぎなかったのである。
この記事は、この悲劇的な夜に起こってしまった過ちをひとつひとつ指摘しようとするものではない。どんなに経験豊富なパイロットであっても、DVEの犠牲になりうることを理解してもらいたいのである。パイロットであれば誰でも、航空機から降り立った後に、飛行中に遭遇した悪天候について他のパイロットたちに語ったことが何度もあるに違いない。気象は、合法的なものかも知れないが、決して理想的なものではないのだ。航空機に乗り込み、離陸し、任務を開始する。その後、次のような会話が始まる。「今夜は、無茶苦茶に暗いな」「今日は、黄砂の影響で1マイル先の山も見えない」「予報よりも霧が濃いな」これらの言葉は、視程が低下し始めていることにパイロットたちが気づいていることを示すものである。問題は、「その時、何をすべきか?」なのである。パイロットが飛行開始後に視程が悪化し始めている、あるいは予想よりも悪くなっていることを口にしただけで、他のパイロットたちが対応するきっかけを与えることができるだろうか? そうではなくて、搭乗員に対し、「自分はIIMCに陥っている」と宣言すれば、緊急事態に直面していることを直ちに告知できるのではないだろうか? そうすれば、何の混乱もなく、他の搭乗員たちと情報の共有を図ることができる。また、他の搭乗員たちに何をやってもらいたいと思っているか、そして、他の搭乗員たちが私に求めているのが何なのかを明確にすることができるのである。
DVEに陥ったとき、通常、それだけで緊急事態であるとは認識できない。単なる異常、あるいは通常とは異なることくらいにしか思わないのである。その環境の変化が、直ちに脅威を与えるものだとは、感じない可能性があるのだ。この変化について搭乗員同士が会話する場合、比較的くだけた調子で話されることが多い。このため、変化があったことは分かるが、強く注意が払われることがないことが多く、予期したよりも悪化している気象の中での飛行へと変化が生じたにもかかわらず、計画どおりに飛行を継続してしまうのである。不幸なことに、この記事の始めに指摘したような死亡事故の多くは、比較的良くないというレベルの状況を、取り返しのつかない本当の緊急事態に変えてしまっているのだ。
他の緊急事態に遭遇した場合の対応と同じように、DVEに遭遇した場合には、どのような対応をするべきなのであろうか? 7700(緊急状態を示すATCトランスポンダーのコード)を宣言し、座席のイナーシャ・リールを固定すべきだというわけではないが、監視の方法を変更したり、DVEに遭遇することを予期して飛行したりすべきではないだろうか。先に紹介したコックピット・ボイスレコーダーからは、搭乗員たちがDVEについて言及していたにもかかわらず、適切な対応を行わずに自らを緊急事態に陥らせてしまったことがうかがえる。それより前の時点で、IIMC(inadvertent instrument meteorological conditions、予期していなかった天候急変等による計器飛行状態)という事態に入った際に、そのことを認識できていなかったのである。IIMCに陥ったことを認識できていれば、直ちに適切な回復操作を行うための手順を踏み、航空機、搭乗員および搭乗者たちを救うことができたかも知れないのだ。ただし、その対応は、実際の緊急事態に至るずっと手前の状況で行われる必要がある。もし、この事故機の中での会話が次のように行われていたらどうだったであろうか?
機長:「真っ暗だな」
副操縦士:「同意します。予期していたよりも暗いことを宣言します」
機長:「よし、DVEに遭遇したことを宣言する」
機付長:「了解しました。DVEに遭遇」
機長:「よし、監視を強化。姿勢確認、急激な旋回やバンクを避けよう。高度、地面を視認できるようにこの高度を維持。機首方位、前方にはワイヤーがあるぞ。2番機に右に旋回を連絡せよ。速度よし。ゆっくりとしたホバリングで真っすぐ前方に前進。PZまで編隊のまま帰投する。トルク、問題なし。トリム、問題なし」
IIMCに遭遇したことを宣言するだけではなく、DVEに陥ったことを宣言することによって、全搭乗員の注意を状況の変化に指向することができるのである。また、緊急事態に至る前に、パイロットの計器監視を強化し、それに至ることを防止できるのである。さらに、全搭乗員の監視を強化し、パイロットの操縦を助けることにもつながる。私がホンジュラス沿岸の海上を飛行したときには、常に機付長に対し、電波高度計を監視し、設定した最低高度以下になったら知らせるように指示していたものである。私と同じくらいの飛行経験がある彼らの、海上を飛行している間の援助には、率直に感謝している。
さて、ここからが、難しいポイントである。何をもってDVEと判断し、いつ搭乗員にそれに陥ったことを宣言すべきなのであろうか? IIMCに入るときは、それがいつ起こったかについて、迷いが生じることはない。たとえ、もう一人のパイロットはIIMCに入っていなくとも、その状態に入っていると自分が認識すれば、それを直ちに宣言すれば良いのである。一方、DVEに関しては、それは、空中の砂塵のわずかな増加かもしれないし、5マイル前方の視界の低下に過ぎないかも知れない。飛行諸元の修正は必要ないかもしれないが、状況を宣言し、その後の搭乗員の監視要領を変更することが必要かも知れない。砂塵がさらに増加したり、視程が3マイルまで低下したならば、DVEを宣言し、再度、指示を徹底することが必要であろう。断言できることは、優秀なパイロットであるためには、視程の低下について搭乗員と情報を共有している必要があるということである。あとは、すでに情報を共有している状況に応じて、手順を実行するだけなのだ。
DVEに該当する環境について、明確な規定は存在しない。その定義はあいまいであり、視程を低下させる要因にも多くものが存在する。TRADOC(訓練教義コマンド)航空旅団能力マネージャーが発行しているCDD(Capabilities Development Document,能力開発書)は、DVE(悪視程環境)を次のとおり定義している。
「通常のVMC(有視界飛行状態)に比して、状況把握および機体操縦を適切に維持できない視程の減少またはその可能性、あるいはその喪失の恐れのある環境」
簡単に言えば、自分自身、あるいは自分以外の搭乗員や搭乗者が予期されていなかった気象状態の悪化を口にした時には、DVEへの対応を準備すべきなのである。
視程の低下は、その度合いによっては、搭乗員たちの状況把握や機体の操縦に影響を及ぼし、あるいは後に影響を及ぼし始める。当たり前のことに聞こえるかも知れない。しかし、そうでなければ、私はこの記事を書けなかったし、過去14年間に129名もの命が失われることもなかったのである。
出典:Flightfax, U.S. Army Combat Readiness/Safety Center 2017年06月
翻訳:影本賢治, アビエーション・アセット
備考:本記事の翻訳・掲載については、出典元の承認を得ています。
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1件のコメント
前段の機内での会話は、誰により発言されたものであるかが明記されていません。このため、敬語の使い分けは、訳者の推定によるものです。