NVGの奥行知覚などについて
夜間飛行は、大きな困難を伴うものである。その困難を克服するために用いられるのがNVGであるが、それを使用することによってすべての問題が解決されるわけではない。あまり知られていないことであるが、NVGは、暗闇でも対象物を見えるようにする一方で、ある問題を生じさせる。NVGを装着すると、通常の距離知覚や奥行知覚が得られなくなるのである。
高高度を飛行しているときに、パイロットはどこを見ているであろうか? 通常は、航空機からずっと離れたところをみているはずである。この状態においては、NVGを使用していても距離知覚や奥行知覚に問題が生じない。問題が生じるのは、特にコントラストが低い環境において、地面に近づいた時である。いったいどんな問題なのであろうか?
距離知覚:対象物の絶対的位置の知覚
距離知覚と奥行知覚とは、それぞれが別々のものであるが、同じ道具を使って、同時に行われるため、まとめて論じられることが多い。距離知覚とは、対象物が観察者からどれだけ離れているかを見分ける働きをいう。これに対して、奥行知覚とは、視覚領域内のある対象物と他の対象物との相対的な位置関係を見分ける働きをいう。
照度が十分で、かつ、中心視野で対象物を捉えられている場合には、距離知覚や奥行知覚に必要な手がかりを得やすい。これに対し、照度が不十分な場合には、距離の判定能力が低下し、錯覚を起こしやすい。ただし、その場合でも、距離知覚や奥行知覚の手がかりに関し、そのメカニズムを理解しれば、適切に距離を判断できるようになる。
距離を推定するためには、何らかの手がかりを用いるか、またはさまざまな手がかりを組み合わせて用いることが必要である。搭乗員が距離を正確に判断するためには、潜在的要素の存在が欠かせない。これらの要素を理解し、それを他の手がかりとして使えれば、より正確に距離を推定できるようになる。
奥行知覚:他の対象物との相対的位置の知覚
距離知覚や奥行知覚には、近距離ゾーン(10メートル以下)と遠距離ゾーン(10メートルを超える)という2つのゾーンの間で違いがある。最も大きな違いは、脳が距離や奥行を判断するために用いる道具である。10メートル以下のゾーンでは、対象物が観察者に対してどの位置にあるのかを判断するために両眼(視差)手がかりが用いられる。これに対し、10メートルを超えるゾーンでは、その判断に単眼手がかりが用いられるようになる。
単眼手がかりとは、映画や写真を見る時に対象物がどこにあるかを判断する際に使われる手がかりのことをいう。この手がかりは、学習により身についたものであり、その能力は、訓練によって意図的に向上させることが可能である。ただし、NVGを使用した場合は、対象物が10メートル以下のゾーンにある場合でも、両眼(視差)手がかりによる判断が難しくなる。
両眼(視差)手がかりは、ある対象物をそれぞれの眼が捉える際に生じる、わずかな映像の差異によってもたらされるものである。このため、対象物が十分に近くて、両眼の視角の違いを知覚でき場合でなければ、有効に機能しない。前進飛行中においては、通常、対象物までの距離が非常に遠いため、この手がかりは役に立たない。この問題を学習や訓練で改善することは、ほとんど不可能である。
両眼(視差)手がかりが大きな効果を発揮するのは、地面の近くでの飛行(ホバリング、離陸、着陸)を行っている場合である。こういった状態において、奥行知覚に影響を及ぼすのは、ふくそう(輻輳)や立体視という両眼要素である。
ふくそうとは、2つの眼の間の物理的な角度の差である。これにより得られる情報は、10メートル以上の距離においては、ほとんど役に立たない。一方、立体視とは、2つの眼によって得られる画像を組み合わせ、比較することである。2つの画像の違いにより、距離と深度の情報を得ることができる。この立体視も、10メートル以下の距離においては、ほとんど効果がない。
ただし、ふくそうや立体視がもたらす効果は、NVGを装着しても変わらない。脳は、ふくそうと立体視で得られた情報を眼のピントを合わせるための機械的トルクと比較することによって、信頼できる距離および深度情報を提供しようとする。これらの情報に不一致がある場合には、距離や深度の判断が困難になる。
NVGを装着すると、この情報の不一致を生じさせることになる。NVGの接眼レンズはピント調整が可能であり、使用者の眼のピントを映像増強管に合わせられるようになっている。映像増強管がピントを合わせるには近すぎるため、接眼レンズは、光学的構造上、1.8メートル離れた対象物にピントを合わせていると眼が認識するようになっている。このため、対象物がそれよりも遠くにある場合、それが実際にどれだけ離れているかを判断することは、極めて困難になる。
次のような状況を思い描いてもらいたい
あなたは、まず裸眼で、3メートルの高度でホバリングしている。そして、6メートル離れた地面を見ている。脳は、ふくそうが6メートルを示していることに気づく。立体視も、6メートルに一致する。眼のピントは地面に合っており、その焦点距離も6メートルに一致している。脳は、地面が6メートル離れていると判断する。
次にNVGを装着する。ふくそうと立体視は、どちらも6メートルで正しい。しかし、問題はピント合わせである。NVGの焦点距離は、対物レンズアセンブリの光学的無限大である50メートルに設定されている。地面とは、6メートル離れている。眼のレンズの焦点距離は、1.8メートルになっている。これらの数値があまりにもかけ離れているため、脳は、それを処理できなくなり、地面との距離感覚が完全に失われてしまうのである。
これが、新人のパイロットがNVGを装着して初めてヘリコプターを操縦する時、3メートルのホバリングが、通常、約10メートルのホバリングになってしまう理由である。地面がどこにあるかを理解できなくなったパイロットは、賢明なことに、そこに近づかないようになる。
飛行訓練において、この問題を解決するには、2つの方法がある。ひとつは、双眼距離で単眼の手がかりを使用するように脳を再訓練することであり、もうひとつは、ディスプレイ(ヘッドアップディスプレイ(HUD)など)を使用することである。
この訓練の効果は、持続させることが難しい。このことは、NVG飛行の履歴管理が必要な理由のひとつである。また、できる限りHUDディスプレイを使用すべきである理由でもある。
砂漠などのコントラストが低い環境においては、単眼の手がかりを効果的に使用するための情報を十分に収集することが難しくなる。地面の近くでホバリングしているパイロットは、距離が判定できなくなり、その情報を探そうとし始める。その際、降着装置が地面の物体に接触し、ダイナミック・ロールオーバーが発生する危険性がある。ヘッドアップ・ディスプレイを使用すれば、地面近くにおけるホバリング時間を最小限に抑え、事故の可能性を減らすことができる。
必要となる訓練時間を短縮し、事故発生を回避し、人命を救うためには、奥行知覚などに問題が発生する原因とその回避方法を理解しておくことが欠かせないのである。
出典:FLIGHTFAX, U.S. Army Combat Readiness Center 2020年12月
翻訳:影本賢治, アビエーション・アセット管理人
備考:本記事の翻訳・掲載については、出典元の承認を得ています。
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1件のコメント
VRなどの普及に関連して、ネット上には奥行知覚に関する論文もいくつか掲載されています。それらを参考にしながら翻訳しましたが、不適切な部分があるかも知れません。特にパイロットの方で、違和感の感じる部分がありましたら、教えてください。