レスキュー中の悲劇
ある分隊において、敵との激しい銃撃戦により数名の負傷者が発生した。負傷者のトリアージ(患者の負傷程度に応じて治療優先順位を決めること)を実施した結果、一部の重傷者について、航空機による緊急患者後送を要求することになった。
当該要求を受領した飛行部隊は、速やかに航空機を離陸させ、患者収容地点に推進させた。現地に到着した機長は、偵察を実施し、患者収容地点が急峻な谷間であることから、レスキュー・ホイストによる吊り上げが必要であると判断したが、いくつかの問題点があった。まず、高温・高標高のため、地面効果外ホバリングをするために必要なパワーが不足していた。また、夜間であったが、敵の脅威にさらされていたため、ホイスト操作中もNVGを使用する必要があった。さらに、偵察中にも爆発が確認され、戦闘状態がまだ続いていることが明らかであり、患者収容地点の周辺にも敵が潜伏している可能性があるため、敵に暴露する時間を少なくする必要があった。
機長は、低高度ホバリングでのホイスト吊り上げにより患者を救助することに決心したが、機体の位置は負傷者の直上から少しずらすことにした。パワー不足の問題は、機内搭載貨物を可能な限り卸下したことと、飛行により燃料が消費されたことにより、地面効果外ホバリングの制限重量以下に全備重量が減少し、解決されていた。しかしながら、負傷者の直上にホバリングすると敵の脅威に暴露してしまうことが判明した。本来ならば、負傷者を直上から吊り上げられるような場所に移動させるべきであったが、地形が非常に錯雑しており、負傷の程度がひどく、移動は極めて困難な状況であった。最終的には、患者の位置から横方向に約3メートルずれた位置でホイスト吊り上げを実施することにより、敵に暴露することを回避することに決した。この位置のずれにより、吊り上げ中の患者が揺れることが予想されたが、患者を吊り上げている途中で揺れを止めることができると考えていた。
1回目のホイスト作業においては、まず救助員を卸下した後、1人目の患者を救助員と共に異常なく収容した。2回目のホイスト作業で吊り上げる患者は、1回目の患者よりも重傷であった。患者と救助員の吊り上げを開始したとたんに、ケーブルが大きく揺れ始めた。機付長は、懸命にケーブルの揺れを止めようとしたが、止めることができず、ケーブルが機体側面に擦り付けられてしまった。地形が錯雑しており、かつ、ケーブルが揺れ続けていたことから、機付長は、患者等を降下させることができず、吊り上げを継続した。患者等を吊り上げている間、ケーブルは機体側面に接触し続けていた。患者等が機体まで約2.5メートルのところに達したときにケーブルが切断し、約10メートル下の岩だらけの斜面に落下して、患者と救助員の2名が死亡した。
教訓事項
当該機のホイスト・ケーブルを調査した結果、ケーブル・ストランド(より線)が、複数の箇所で損傷していた。このことから、当該損傷は、ケーブルの異常に起因するものではなく、患者等が動揺することにより、ケーブルがドア・トラックの角部に接触したまま動揺したため、ケーブルの外皮が損傷し、強度が低下して患者等の重量を支えられなくなり、切断したものと推定される。
2名の勇敢な兵士を失ったこの事故は、通常の航空事故のように操縦や整備に起因するものではないが、そこから得られる教訓事項の重要性は何ら変わらない。ホイスト装置及び航空機整備記録を調査した結果、いかなる問題点も発見されなかった。UH-60A、UH-60L及びEH-60Aの取扱書(TM1-1520-237-10)の第4章には、「ホイスト・ケーブルが機体の側面に接触しないようにすること」という警告が記載されている。本事故発生時の吊り上げにおいては、最初の荷重が中心からずれた位置でかけられたこと、及び2名の兵士が同時に吊り上げられていたという2つの要因により、ケーブルの機体への接触を止めることが極めて困難な状況であったと推定される。さらに、錯雑した地形と敵情のため、患者を一旦卸下することが極めて困難であったことも、間接的な要因であったと考えられる。
UH-60用レスキュー・ホイストについては、カーゴ・ドア・トラックへのホイスト・ケーブル・ガード取り付けを含む改修(改修指示書(Retrofit Service Notification No.1001031)を実施中である。この改修により、ケーブルがドア・トラックに接触した場合のケーブル損傷の可能性を減少させ、本事故のように困難な状況下におけるホイスト作業中におけるケーブルの機能維持に有効であると考えられる。
本事故の場合のように、戦場におけるCRM(Composite Risk Management, 複合リスク・マネジメント)の実施は非常に困難な場合が多いが、所望の目的を達成するためには、「事故」と「敵の脅威」の2つのリスクを適切に管理することが重要である。そのためには、日頃から自己の限界まで訓練を実施し、2つのリスクを同時に克服できる可能性を見出さなければならない。
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編集者注:掲載した写真は、事故機のものではありません。
出典:Flightfax, U.S. Army Combat Readiness Center 2006年10月
翻訳:影本賢治, アビエーション・アセット
備考:本記事の翻訳・掲載については、出典元の承認を得ています。
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