T53-L-13BエンジンにおけるP1マルチプライヤ・コネクタの不具合
1971年以来、T53-L-13Bエンジンを搭載したヘリコプターにおいて、P1(コンプレッサー入口圧力)マルチプライヤ(乗算器)・コネクタの不具合が12件発生している。そのうちの6件は、航空事故を発生させてしまった。高度や時間の余裕がなかったため、ガバナ(調速機)の不具合による出力低下に応じた緊急操作手順を行っても、機体の制御を回復し、安全に着陸することができなかったのである。
T53エンジンの燃料制御装置においては、P1マルチプライヤ・ベローズ(蛇腹)が圧力および高度の変化を感知し、エンジンへの燃料流量を自動的に調整するようになっている。ところが、P1マルチプライヤに不具合が生じると、プレッシャ・コンペンセイティング(補正)・リンケージが最小流量位置に移動し、燃料流量を制限してしまう。このため、エンジンの運転を維持するために必要な最小限の燃料流量は確保されるものの、飛行を継続するために必要な出力を発生することはできなくなってしまうのである。
P1マルチプライヤに不具合が発生した際のエンジン出力の状態については、さまざまな報告がある。ただし、いずれの場合においても、不具合の最初の兆候として、出力低下によるヨー方向の機首振れがあったことが報告されている。
P1マルチプライヤの不具合に際し、適切な緊急操作手順を行うためには、状況を速やかにかつ正確に把握することが必要である。そのうえで、取扱書(ダッシュ10)に記載されている手順に従って、エマージェンシ・ガバナへの切り替えを行わなければならない。N2(パワータービン)ガバナの不具合による回転速度低下とP1マルチプライヤの不具合とでは、N1(コンプレッサー)の回転速度が安定するポイントが異なっている。P1マルチプライヤの不具合の場合、N1が25%まで低下した場合もあったことが報告されている。N1回転速度が40%以下になる前に、マニュアルによるスロットル操作を行わなければ、排気ガス温度が制限値を超える前に十分なコンプレッサー回転速度を回復することが極めて困難となる。
現在、コーパス・クリスティ陸軍工廠(Corpus Christi Army Depot, CCAD)から供給されているすべての燃料制御装置は、この不具合の発生を防止するように再設計された改良型のP1マルチプライヤ・アセンブリへの交換が完了している。(改良型P1マルチプライヤに変更された燃料制御装置は、データプレートに「A-7」と刻印されていることで識別できる。)
すべてのT53-L-13エンジンの燃料制御装置が改修されるまでの間、この種の不具合が生じた場合は、取扱書に従って、N2ガバナの不具合による回転速度の低下に応じた緊急操作手順を行うことが必要である。この際、N1速度が約50%で安定するとは限らないので注意されたい。このため、マニュアルによる適切なスロットル操作をできるだけ速やかに行う必要がある。何よりも重要なのは、行動方針を決定したならば、着陸が完了するまでそれを断行することである。
編集者注:この事例にも、FADEC-Fの原則を適用することができる。ローターの回転数を維持するように飛行することによって、ローター回転数とエンジン回転数を回復するための操作を適切に行うことが可能になるのである。
訳者注:この記事は、FLIGHTFAX 2021年2月号に再掲載されたものです。
出典:FLIGHTFAX, U.S. Army Combat Readiness Center 1976年12月
翻訳:影本賢治, アビエーション・アセット管理人
備考:本記事の翻訳・掲載については、出典元の承認を得ています。
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2件のコメント
飛行停止の処置を行うことなく、「燃料制御装置が改修されるまでの間、この種の不具合が生じた場合は、取扱書に従って、N2ガバナの不具合による回転速度の低下に応じた緊急操作手順を行うことが必要である」なんていう注意喚起をしながら飛ばしちゃうところに、70年代のおおらかさを感じてしまいます。
T53エンジンの燃料制御装置(通称Fコン)の構造図がネット上にあるのを見つけました。
What Makes Up the Lycoming T53 TA-Series Fuel Control System?
図の右上のベローズとバルブを組み合わせた機構がP1マルチプライヤの部分です。
右下のパワータービンで駆動される機構がN2ガバナです。
P1マルチプライヤに不具合が生じるとN2ガバナによる加速ができなくなるのが分かります。
一番左の電磁バルブのある機構がエマ―ジェンシ・ガバナへの切り替えを行う部分です。
エマ―に切り替わると、左上のパワーレバーで直接燃料流量を調節できるようになります。