もしも人員が乗っていたら...
夜が近づくにつれ、我々搭乗員達は、NVG訓練飛行の準備を始めました。今夜の訓練課目は、ホイスト吊上げに関するレディネス・レベルの査定でした。(訳者注:レディネス・レベルとは、米陸軍における回転翼パイロットの訓練練度の段階である。レディネス・レベルは、3段階に区分されており、レディネス・レベル3は操縦技術は修得しているが戦術的訓練は実施していないレベル、その上のレディネス・レベル2は特定の機種について操縦技術及び戦術を修得しているレベル、最上位のレディネス・レベル1は派遣を予定している地域の環境に適合した訓練を終了しているレベルである。)
NVGの調整とUH-60のエンジン始動が完了した時点では、これから開始するいつも通りのリッター(担架)吊上げ訓練において、特別な事態が発生するとは、誰も予想していませんでした。我々にとって、レディネス・レベルの査定を実施することは、なんら特別な事ではありませんでした。搭乗員達、特に新人の搭乗員達は、しばしば、期待と興奮をもって、このような訓練課目に臨んでいました。その夜も、私の航空機に搭乗する新人パイロット(副操縦士)は、ホイスト訓練の実施に必要な低高度航空偵察に関するレディネス・レベルの査定を終えたばかりでした。
搭乗員の編成にも問題はありませんでした。副操縦士1名だけは経験が不十分でしたが、ベテランの機長と上級レベルの機付長は、この訓練課目を今までに何回も経験していました。飛行計画も、いつも通りのものであり、副操縦士は機長及び機付長に飛行ブリーフィングを実施しました。飛行訓練に関し、問題点を感じた搭乗員は、誰もいませんでした。この飛行訓練が終了したならば、副操縦士はレディネス・レベル1に格上げされることが予定されていました。
この訓練は、レディネス・レベル査定のための飛行であると同時に、空中離脱時のリッターの吊上げ要領に関する地上要員の教育も兼ねていました。副操縦士は、機体を地上50フィートでホバリングさせ、機付長は、ホイスト装置を格納位置から使用位置にセットしてから、リッターを地上の訓練要員のところまで下ろし始めました。(訳者注:陸自のUH-60JAは機外固定式のホイストを装備しているが、米陸軍のUH-60はUH-1と同じ機内格納式のホイストを装備している。)この時、一部の地上要員が、リッターに乗って、ホバリングしている航空機まで吊上げられてみたいと言い出しました。しかしながら、それは最終段階で実施すべき訓練であり、当初の段階においては、一連の操作が問題なく実施できることを確認するため、実員を乗せない状態での上昇・下降訓練を数回実施することが義務づけられていましたので、その提案は採用されませんでした。
ケーブルが地面に下ろされると1回目の上昇・下降訓練が開始され、人員が乗っていないストーク社製リッターは、航空機に向けて上昇し始めました。上昇中、リッターが前後方向に振れ始め、航空機に近づくに従って、明らかに振れが大きくなり、コントロールできない状態となりました。機付長は、手袋をはめた手を伸ばし、リッターの前後方向の動きをコントロールしようとしましたが、その努力もむなしく、振れは止まりませんでした。機付長は、次に両手を使って振れを止めようと試みましたが、無駄でした。
機付長は、体全体を使ってリッターの振れを止めようとしたため、脚が航空機のドアの外側にぶら下がった状態になりました。突然、機付長の脚がホイスト・ケーブルとキャビン・フロアの間に挟まれました。すると、いきなりリッターが大きく振れ、機体のどこかに衝突した途端に、ホイスト・ケーブルの張力がなくなり、リッターが長さ約3フィートのスチール・ケーブルが付いたままの状態で地面に落下しました。
幸運にも、人員の負傷や、装備品の損傷はありませんでした。航空機が安全に着陸してから、機付長は脚の軽い怪我の手当を受けました。UH-60の機体には、ケーブルで削られたことによる若干の塗装のはがれが発生していました。
搭乗員が地上の訓練要員と合流した際、誰もがこのリッターに「命がけ」で乗った者がなかったことに、心の中で感謝の祈りを捧げていました。整備員は直ちに機体を点検し、なぜケーブルが突然切れたのかを確認しました。詳細な点検の結果、ケーブルは自ら破断したのではなく、航空機のホィールから飛び出したボルトにより切断されたことが分かりました。これがケーブルに損傷をもたらし、リッターが70フィート落下した原因でした。
教訓事項
直ちに事案を調査した大隊安全将校は、さらにもう一つの問題が本件に関係していることを確認しました。機付長は、機内通話装置のスイッチを「ホット・マイク」位置にしていなかったため、クルー・コーディネーションが不十分となり、リッターに振れ防止のための処置をしないまま、ホイスト・ケーブルを降下させてしまったのです。このため操縦士とのクルー・コーディネーションがとれない状態となり、リッター操作の問題を大きくしてしまったのでした。
ケーブル損傷の原因となった突き出したボルトは、整備員により締め付けが行われました。大隊長は、当該中隊の全航空機を点検し、本来の位置よりも飛び出しているボルトがないか確認するとともに、全ての整備作業が整備実施規定に基づいて実施されていることを確認するように指示しました。幸いなことに、他の航空機では飛び出しているボルトは発見されませんでした。
次の日、大隊長は、安全確保のための飛行停止を命じ、本事案から得られた教訓を討議し、全航空搭乗員にヘリコプターを飛行させることが危険な仕事であることを再認識させました。その際、大隊長は、次の事項を強調しました。
・ 搭乗員は、任務遂行のための計画作成及び搭乗する航空機の飛行前点検を細心の注意を払いながら実施しなければならない。危険見積は、単にチェック・リストをチェックするだけのものであってはならず、搭乗員を航空事故から一歩でも遠ざけるものでなければならない。
・ 今回の事案では、幸いなことに、誰も負傷することはなかったが、地上要員ももう少しで死ぬところだったことをしっかりと認識しなければならない。もしも、リッターに人員が乗っていたら大変な事故になるところであった。「おもしろそうだから」といって、ホイストに乗って航空機まで上昇しようとすることなど、考えること自体が常識を外れている。
・ この事案は、我々が日々実施している仕事が非常に危険なものであることを示す好例である。また、気まぐれで実施要領を変更することが、任務遂行上のリスクにいかに影響を及ぼすかを思い起こさせてくれた。今後の任務を計画する際にも、常識を働かせることを忘れないでもらいたい。たったひとつの非常識な思いつきが、全てを台無しにしてしまうかもしれないのだ。
出典:KNOWLEDGE, U.S. Army Combat Readiness/Safety Center 2010年05月
翻訳:影本賢治, アビエーション・アセット
備考:本記事の翻訳・掲載については、出典元の承認を得ています。
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