心身状態の把握
自分が所属する部隊の他の隊員の疲労やライフイベントなど、その心身の状態を把握することの重要性を理解できていますか? 私はできています。そのきっかけとなった、あるできごとについてお話ししましょう。
それは、イラクでの典型的な一日でした。少なくともそのように始まりました。私のチームは、当時、深夜から早朝にかけてのシフトを割り当てられていました。私が飛行準備を行うため、指揮所に到着したのは0300でした。その日は、中隊の操縦教官と一緒に飛行することになっていました。
その日は、私の誕生月の最終日で、年次技量査定の実技試験を行わなければならない期限に到達する日でもありました。9月生まれのパイロットは他にも数人いましたので、その操縦教官は、それぞれのパイロットと順次に任務を遂行しながら、査定を行っていました。その日予定されていたのも、そんな飛行のひとつだったのです。
予定では、4時間の偵察任務を行ったのち、飛行場に帰投して、技量査定のための飛行を行うことになっていました。私とその操縦教官が所属する部隊は、イラクへの15か月間の派遣期間のうちの12か月目を迎えていました。毎日が忙しく、ほとんどのパイロットが睡眠不足に陥っていました。また、その日一緒に飛行する操縦教官は、祖国に残してきた婚約者との間に、ある「問題」を抱えていました。操縦教官は、そのことを小隊長に伝えていましたが、あまり詳しくは説明していませんでした。それが何だったのかについては、後ほどお話ししたいと思います。
その日の任務は、キャンプ・スペイチャーからディヤーラ県までの約1時間の飛行で始まりました。その途中で、補給幹線タンパの偵察を行いました。飛行中は、機内の多目的表示器と目標捕捉表示器の画面に集中していました。画面上に映し出された道路や村を何時間も見続けていいると、ボーッとしてくるものです。
ディヤーラ県に到着すると、そこに展開している部隊と無線連絡をとりました。その夜は特別な行動が予定されていなかったので、区域全体の偵察を依頼されました。僚機と偵察区域を調整し、次のシフトと交代するまでの間、その任務を行いました。いつものとおり、特別な状況の変化は見られなかったので、キャンプ・スペイチャーまでの1時間の飛行のために燃料補給を行ってから離陸しました。
キャンプ・スペイチャーまでの飛行の間、操縦教官から航空機の基本性能に関する質問をされました。疲れ切っていたので、キャンプに到着したならば、それで終わりにしたいところだったのですが、実技課目を完了するためにはいくつかの操縦操作を確認する必要がありました。編隊を離脱すると、搭乗員訓練マニュアルに記載された基本操縦操作を行いながら、数種類のトラフィックパターンを順次に飛行しました。
それが終わると、今度は戦闘機動飛行を行うためにメモリアルレンジと呼ばれる訓練場に向かいました。複数の機動飛行課目を行ったのち、最後の課目である「ピッチバックターン」を行いました。私の操作は、基準を満たした一般的な要領によるものでした。すると操縦教官が操縦を交代し、基準の範疇で、もう少し攻撃的な機動を展示してやろうかと言いました。私は、お願いしますと答えました。
すると、操縦教官は、対気速度を上げて急なピッチアップ上昇を始めました。それから、左に90度ロールさせ始めました。それは、適切に行われれば機体に正のGがかかり続けますが、そうでない場合にはフラップジャッキングと呼ばれる現象が生じる操作でした。機体がロールし始めると、フラップジャッキングにより無重力状態になったことが感じられ、対地約1,000フィートの高度で機体が裏返しになってしまいました。
操縦教官は、直ちにロールさせて機体を立て直しました。しかし、対気速度を完全に失った機体は、高降下率で降下し始めました。機体をダイブさせることにより対気速度を獲得し、対地高度の残りがわずか数百フィートになったところで、コレクティブを引きました。機体は、さらに2~3数百フィートを降下し続けました。急速に地面が近づく中、最後の力をふり絞って再度コレクティブを引きました。すると機体の後方に砂塵を残しながら、寸前で地面をかわすことができました。2回にわたってオーバートルクしていましたが、キャンプまでの距離が近かったので、そのまま駐機場に向かいました。
さて、その操縦教官の抱えていた問題とは何だったのでしょうか? その前の晩、自分の婚約者から、婚約を破棄し他の兵士と結婚すると告げられたのです。何とか関係を修復しようとした操縦教官は、ほとんど一晩中電話をしていました。しかも、その後、ベッドに入っても、なかなか寝付けませんでした。小隊長はこのことを知っていましたが、技量査定を行える操縦教官は、彼しかいなかったのです。
重要なことは、兵士やパイロットたちの心身の状態を把握するためには、わずかな兆候をも見逃してはならないということです。指揮官には、心理学者であることも求められているのです。ただし、あのフラップジャッキングの原因は、教官操縦士が祖国での出来事に気をとられていたからだったのでしょうか? そんなことはないと思います。安全に任務を遂行できないと感じたならば、自分自身を飛行停止にすることがパイロットの責務なのです。危険にさらすことになるのは、自分の命だけではないことを忘れてはなりません。
出典:Risk Management, U.S. Army Combat Readiness Center 2021年04月
翻訳:影本賢治, アビエーション・アセット管理人
備考:本記事の翻訳・掲載については、出典元の承認を得ています。
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1件のコメント
「フラップジャッキング」(flap-jacking)は、そのままカタカナにしています。ネットで検索しても、不適切な用法しかでてきません(閲覧注意)。
https://www.google.com/search?q=flap-jacking&sxsrf=ALeKk03pmB66qYI0dnolTHyhB15cO3f6uA:1619384908654&source=lnms&tbm=isch&sa=X&ved=2ahUKEwifi_DxpprwAhWSFogKHWuFCnoQ_AUoAXoECAIQAw&biw=1920&bih=937” rel=”nofollow ugc
恐らく「金玉が縮みあがる」というのが一番近いなのかなと思いますが、航空用語での適切な訳語をご存じの方がいらしたら、教えてください。