ユー・ハブ(操縦交代)
「ユー・ハブ(操縦交代)」あなたは、この言葉を聞いたことが何回ありますか? パイロットである皆さんは、この言葉が発せられることに常に備えているでしょうか、そして、操縦を交代する際にどんな問題があるかを考えているでしょうか? この言葉は、どんな時に発せられようとも、何か理由があるのです。それは、単なる問いかけではなく、その言葉が示すとおり、指示として発せられるものなのです。ユー・ハブと言われた時、どのように対応しますか? これから話すのは、私が経験した事例です。
この「ユー・ハブ」事件が起こった時、私は、パイロットとして前席に座っていました(どの機種かは、分かりますよね)。もちろん、この言葉を聞くのは、初めてのことではなく、通常は、驚くようなことではありませんでした。しかし、その時は、ちょっと違っていました。
その夜、私は、ガナー(射手)として、検定射撃を実施していました。いくつかのミスがあったものの、全体としてはかなり良い出来だと思っていました。いつものように30分程度かかった射撃検定は、もう少しで終わろうとしていました。機内の表示装置で次の目標を狙っていた私は、HDU(helmet display unit, ヘルメット・ディスプレイ・ユニット)を目から外し、サイクリック・スティックを格納していました。リモート射撃(remote engagement)を行おうとして座標を入力していたところ、機長が「ユー・ハブ」と言うのが聞こえました。最初に驚いたのは、機長の声の調子でした。直ちに操縦かんを取り、対応しなければならないことが明らかでした。
真っ暗な中で、機内だけを見ていて、飛行計器とは全く違うものだけに注意を集中している状況を想像してみてください。速やかに対応することが必要でした。サイクリック・スティックを握ろうとしましたが、それはあるはずの場所にありませんでした。格納されていたのです。HDUを外していたため、飛行諸元を見ることができませんでしたし、コックピット内の照明を明るくしすぎていました。とにかく、サイクリック・スティックを操縦可能状態に固定してそれを握り、HDUを外したままの状態で操縦を始めました。ただし、この状況をすみやかに是正する必要がありました。コレクティブ・ピッチから手を放し、HDUを下げ、素早くそれを調節しました。私が犯していたもう一つの過ちは、機長からの指示に従いホールド・モードをOFFにしていたことでした。操縦することは全く予期していなかったので、必死に状況を把握しようとしていました。
我々に起こっていた問題は、取扱書の第9章に記載されている緊急操作に該当するものでした。機長席のPNVS(Pilot Night Vision System, パイロット暗視センサー)に故障が発生したのです。一瞬で飛行諸元が確認できなくなって動転してしまった機長は、正しい緊急操作手順を行うことができませんでした。そのかわりに、操縦の交代を指示したのです。さらに悪いことには、機長も私も天候の悪化(霧の発生)に気づいていませんでした。
私が操縦を交代し、ホールド・モードを解除し、速度を上げようとしたときには、全く方向が分かっていませんでした。私は機体の水平を保ち、高度を維持するためにできる限りのことをしました。方向が分からないので、HDUに飛行ページを表示させようとしました。その時、TADS(target acquisition and designation sigh, 目標捕捉・指示照準装置)の映像が完全に消え、真っ白になってしまいました。見えるのは、飛行諸元だけになってしまったのです。私は、機長にIMC(instrument meteorological condition, 計器飛行気象状態)に入りつつあることを報告しましたが、機長からは、地上を見てタワーの明かりを探し、それに向かって飛行するように指示されました。そうしようとしましたが、霧の中には、たった1つの明かりがぼんやりと見えるだけでした。このため、上昇を開始し、水平を保ちながら機長にIMCに入ったことを報告しました。
それは、ほとんど最悪の状況でした。後席のPNVSが故障し、前席の操縦士は長時間にわたって機内しか見ていなかったため方向が分からず、コックピットの灯火が明るすぎ、HDUも正常に機能していない状態でIMCに入ってしまったのです。しかも、私が地上への衝突を避けるために上昇し始めると、機長からそれをやめるように指示されました。操縦かんを握っているのは、この私なのに! 私は、「なんだって? 冗談はやめてくれ! 地面がそこに迫っているんだ!」と思いました。しかし、機長ではない私には決定権がないので、上昇を中止し、IMCにも対応しませんでした。これらを止めてしまったことは、私の判断の誤りでした。幸運なことに、混乱した状況の中数分間飛行すると霧の中から抜け出すことができました。無事に着陸することができた我々が、この夜に発生した事象についてお互いに議論できたのは、ずっと後になってからのことでした。
教訓事項
この話をしたのは、皆さんの洞察力の向上に少しでも役立てばと思ったからです。まず、我々の行動には、いくつもの過ちがあったということです。機長は、緊急事態が発生した際に正しく対応できませんでした。それ以外の過ちは、操縦を代わった私が犯したものでした。次に、機長から指示されたからと言って、それが最も安全かつ懸命な判断であるとは限らないということです。訓練したとおりに行うこと、生き残るために必要なことを行い、自分自身を制御し、目の前にある状況に適切に対応することが重要です。最後に、IMCに遭遇したならば、または、IMCに陥ったと思ったならば、直ちにそれに対応するということです。議論する時間は、安全に着陸した後にいくらでもあるのです。
出典:Risk Management, U.S. Army Combat Readiness Center 2019年08月
翻訳:影本賢治, アビエーション・アセット管理人
備考:本記事の翻訳・掲載については、出典元の承認を得ています。
アクセス回数:5,148
コメント投稿フォーム
4件のコメント
AH-64のことや、操縦のことにはあまり詳しくないので、訳文に不適切なものがあるかもしれません。お気づきの方は、ご指摘いただけると助かります。
IFFを調べていて偶然このサイトに来ました。私は海自でHSS-2 (対潜ヘリコプター)、除隊しANAでB747-100/200/400、定年後Regional jet等の機長を務め、65歳でエアラインパイロットの定年(現在は68に延長)後は某大学からの委託訓練として学生のライセンス取得訓練に昨年3月まで従事し、現在は航空コンサルタント業についています。
パイロットでない方が翻訳された文としては非常に分かり易いと思います。
但し、IMCについてはご苦労されたと感じます。
飛行機が飛ぶ場合、原則として気象状態により飛行方式が変わってきます。
VMC (有視界気象状態 Visual Meteorological Condition=視程5000メートル以上) の場合は、VFR (有視界飛行方式)、IFR (計器飛行方式) のどちらでも飛行可能です。しかし、VMCであれば計器飛行(Instrument flight) を行なってはいけません。
IMC (計器気象状態であり飛行状態ではありません。視程5000メートル以下)では、VFRでは飛行出来ずIFRでなければなりません。
では、VFRで離陸し途中で飛行している地域がIMCになったらどうするか?まず、飛行の安全を最優先しなければ100%事故(墜落)になってしまいます。この場合、パイロットは有視界飛行から計器飛行に移行し機を安定させ、可能ならば計器飛行方式(IFR) に移行しなければなりません。
翻訳文にある、「IMCに移行・・」と
言う表現は間違っています。IMCとは気象状態ですからパイロットが移行する/しないの選択は出来ません。
パイロットでないと、計器飛行方式/有視界飛行方式(IFR/VFR)、計器飛行/有視界飛行(Instrument flight/Visual flight)、計器気象状態/有視界気象状態(IMC/VMC )、の定義上の区別がつかないので普通は混乱してしまいます。
長くなってしまいますので、これ以上の説明をお望みでしたら
*********@******.com
迄、ご連絡下さい。
訳文についてコメントがあればと下記にあるのでお送りしました。
ご指摘をいただき、大変有り難うございます。内容を検討させていただいて、訳文を訂正します。訂正が終わりましたら、こちらのコメント欄にて報告させていただきます。
ご指摘の部分について、確認させていただきました。
結論としては、「IMCに移行する」と翻訳していた部分は、「IMCに入った」および「IMCに対応する」の誤訳でしたので、修正をさせていただきました。
この部分の英文は、それぞれ「we were IMC」および「I commit to IMC」となっていたのですが、川本様ご指摘のとおり、「IMC」、計器飛行および「IFR」の違いが理解できていなかったために、誤訳してしまいました。
ちなみに「commit」は、「to be completely loyal to one person, organaization, etc. or give all your time and effort to your work, an activity, etc.」(Oxford Advanced Learner’s Dictionary)を意味していると判断し、「対応する」と訳しました。
今回は、ご指摘をいただき、大変ありがとうございました。
今後とも、よろしくお願いたします。