テクニカルトーク:境界層がローター性能に及ぼす影響
コーヒーカップを車の屋根に置いたままにしておくと(最初に曲がったときや停車したとき、または速度を上げたときに)落ちてしまうのに、車についたほこりはどんなに速く走らせても吹き飛ばすことができないのは、どうしてでしょうか?
その理由は、境界層にあります。
境界層とは、いったい何なのでしょうか?
空気が物体表面の上方を移動しているとき、せん断応力の発生により、表面に近いところにある空気は移動しません。この状態は、すべりなし条件(no slip condition)と呼ばれます。一方、その表面からの遠くにある空気は、自由流れと同じ速度で移動しています。この状態は、自由流速度への到達(achieving the free stream velocity)と呼ばれます。
境界層とは、このような速度分布領域において、物体の表面から空気が自由流速度に達する距離までの層をいいます。その厚さは、物体表面の前縁部ではほぼゼロですが、前縁部から離れるに従って徐々に増加します。
空気流は、何らかの理由で乱流(不規則な変動や混合があり、なめらかでない流れ)になるまで、層流(規則的な経路を流れる、なめらかな流れ)の状態を維持します。また、乱流境界層は、層流境界層よりも厚くなります。
層流から乱流への遷移が生じる最大の要因は、表面粗さです。それは、砂塵、土砂、その他による物体表面の欠陥や残留物により増加します。そのような遷移の原因となるものの位置が前縁に近いほど、境界層は厚くなります。そして、層流から乱流に移行した空気流が層流に戻ることは、ほぼありません。
物体の表面に置かれた物体は、その厚さが境界層を超えた場合、自由流れに直接さらされ、その速度の2乗に比例する空力抵抗を受けます。その物体の抗力が、その物体がその場にとどまろうとする力を超えると、これらの力の差分によって物体は下流方向に移動しはじめます。物体が移動を始めると、より小さな力で動かすことができるようになります。コーヒーカップが車の屋根から滑り落ちてしまうのは、このためなのです。
これに対し、細かい砂塵は境界層の厚さよりもはるかに小さい粒子でできているため、それがさらされる空気の速度は自由流の速度よりもはるかに遅くなります。このため、砂塵に生じる抗力は、それがその場にとどまろうとする力に打ち勝つことができません。車を速く運転することでほこりを吹き飛ばすことができないのは、このためなのです。
さて、このことがどのように航空に関係するのでしょうか?
境界層は、それ自体も抗力を発生し、それは境界層が厚いほど大きくなります。ヘリコプターの場合、境界層が厚くなると、回転面内でのローターブレードの形状抵抗が増加することになります。つまり、境界層が厚いほど、ローター回転数を維持するためにより多くのパワーが必要になるのです。また、乱流境界層は揚力係数曲線にも影響を及ぼし、より小さいピッチ角でも失速が起こるようになります。
通常は、ローターブレードにわずかな凹凸があったとしても、それによって運用に影響が及ぶことはありません。ただし、全備重量が重く、前進対気速度が速く、かつ密度高度が高い状態では、最大水平飛行速度への到達や後退ブレードの失速が通常よりも遅い対気速度で発生する可能性があります。
境界層によって及ぼされる悪影響を軽減するため、整備手順には、定期的にローターブレードを洗浄し、ほこりや汚れなどの汚染物質を除去することが定められています。ローターの性能を維持するためには、適切な間隔で洗浄を行うことが必要なのです。
また、前縁部に腐食が生じると、さらに重大な悪影響が生じる可能性があります。このため、この部分に腐食を発見した場合は、整備担当士官に通知し、それが許容内にあるかどうかを判断してもらうことが必要です。
フレッド・バンクスは、アメリカ陸軍戦闘能力開発コマンド・航空およびミサイルセンター・システム即応部局の技術担当副所長です。
出典:ARMY AVIATION, Army Aviation Association of America 2021年11月
翻訳:影本賢治, アビエーション・アセット管理人
備考:本記事の翻訳・掲載については、出典元の承認を得ています。
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