テクニカルトーク:新興技術における「バスタブ曲線」
すべての物理システムには、そのライフサイクル全体を通じて、コンポーネントやサブシステムの故障が発生し続けます。その発生率は、通常、システムが複雑になるほど高くなります。
複雑な物理システムである航空機にも、同じことが言えます。故障の発生およびそれがもたらす影響を最小化するため、これまでのシステム開発から得られた数々の手法が活用されています。その手法には、設計基準、試験および品質管理、資材管理、安全管理、工程管理、量産前・中における信頼性向上施策などがあります。
航空機の開発段階においても、想定されるすべての故障モードを根絶するための、たゆまぬ努力が続けられていますが、いまだに完全な結果を得ることはできていません。ほとんどの物理システムにおいて、開発を終了し、運用が開始されたばかりの時期は、故障率が高いのが通常です。新規に製造されたシステムやコンポーネントに発生する初期段階の故障は、「乳児死亡率(infant mortality)」の故障とも呼ばれます。これらの故障への対策として、コンポーネントの設計、製造工程または使用法の改善が必要とされる場合も少なくありません。故障率は、その初期の段階を過ぎると減少し、その後のシステムの耐用年数のほとんどの部分をほぼ一定の値で推移します。ただし、ランダムな故障が発生したり、本質的に「システム(systemic)」全体には影響しない故障が発生したりする場合もあります。その後、システムが老朽化すると、コンポーネントの摩耗が始まり、「寿命末期(end of life)」的な故障が多くなります。この傾向は、時間の経過に伴う故障率の変化をグラフに表した場合の形状から、「バスタブ曲線(bathtub curve)」と呼ばれます。
航空機のライフサイクル管理者は、あらゆる故障の発生を抑制することにより、曲線の左側をできるだけ早く通過し、曲線の「底(bottom)」をできるだけ低く保ち、曲線の右側での上昇をできるだけ遅らせようとします。また、当該機種の性能を回復し、効果的な運用を継続するため、「改良(upgrade)」、「改修(remanufacture)」、「改造(recapitalization)」などのプログラムを提案します。
この「バスタブ曲線」は、従来の電気機械システムで認知されたものですが、はるかに複雑な今日の統合システムにおいても同じ傾向が見られます。付加製造(additive manufacturing)、航空安全の確保および飛行性能の向上に不可欠なマルチコア・プロセッサ(multi-core processor)、機械学習、自律運転など、まだドリーマーたちの頭の中にしかないレベルの新興技術を利用したシステムであっても、時間の経過に伴う故障率の変化は、バスタブ曲線を用いることで予測できるのです。ただし、そこには一つの落とし穴があります。
航空機の開発・運用が始まったばかりの黎明期においては、今日よりも故障率がはるかに高く、乳児死亡率の段階が終わるまでの期間がはるかに長く、曲線の底にあたる定常状態の故障率がはるかに高く、そして寿命末期的な故障がはるかに早く生じていました。これまでは、過去の故障から得られた教訓を通じて開発されてきた優れた工程、基準、およびツールを活用することで、乳児死亡率を下げ、「平常(normal)」故障率をはるかに低くし、システムの耐用年数をはるかに長くすることができてきました。そういった改善は、現在も継続され、陸軍航空におけるコンポーネントおよびサブシステムの故障率をかつてないレベルまで低減し、クラスAおよびB事故の原因に器材の不具合が占める割合を極めて小さくしています。
しかし、技術が発達する速度は、その品質管理要領を確立する速度を遥かに上回っています。なぜならば、従来のシステムと同一レベルの信頼性を得るためには、相当なリソース(時間や資金など)を必要とするからです。実際、新しい技術の多くは、本質的に非決定論的であり、陸軍におけるリスク分析プロセスで用いられている従来の故障「確率(probability)」を適用できない可能性が大いにあります。一部のコンポーネントおよびサブシステムに故障が発生する状態の航空機が、そのまま部隊に納入される可能性も十分にあるのです。もちろん、これまでと同じように、システムが成熟するに従って故障は急速に減少します。ただし、故障率がこれまでと同じように低下しているという理由だけで、曲線の「底」が既存のシステムと同じくらいに低くなると思い込むことは危険です。新興技術に適合した品質管理ツールおよびプロセスの開発・改良を継続し、曲線の底をさらに低くするための努力が求められているのです。
Dave Crippsは、アラバマ州レッドストーン兵器廠の米国戦闘能力開発コマンド航空およびミサイルセンターシステム準備局の主任耐空性エンジニアです。
出典:ARMY AVIATION, Army Aviation Association of America 2022年06月
翻訳:影本賢治, アビエーション・アセット管理人
備考:本記事の翻訳・掲載については、出典元の承認を得ています。
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