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陸軍航空の情報センター

訳者あとがき(「ドリーム・マシーン」より)

平成27年のある日のこと、当時、陸上自衛隊補給統制本部の一員としてオスプレイ導入業務に携わっていた私は、FMS(有償援助)契約による日本向けオスプレイの供給を担任しているNAVAIR(海軍システム・コマンド)のオスプレイ・チームのメンバーたちと一緒に食事を楽しんでいました。彼らを率いていたのは、いかにも米国人らしく常に明確に意見を述べる極めて聡明な女性でした。その彼女に本書の原書である「ザ・ドリーム・マシーン」を読んでいることを話した時、彼女は、隣の若い部下に向かってこう言ったのです。「それは、私たちオスプレイに関わる仕事をする者が必ず読むべき本なのよ」その時、私は、自分がオスプレイに関する知識を得るために、この本を読んでいたことが間違いではなかったと確信したのです。

かつて、ブラック・ホークの陸上自衛隊への導入に際し、米陸軍の整備課程に入校するなど、数々の貴重な経験をさせてもらってきた私は、過去15年以上にわたって、米軍の航空関連雑誌の記事を翻訳し陸上自衛隊航空科職種の部内誌に投稿するという活動を続けていました。その理由は、仲間たちが米軍の情報を理解するのを手助けしたかったし、後輩たちが英語を勉強するきっかけにして欲しかったこともありましたが、何よりも、自分自身が翻訳を好きだったからでした。ただし、本書のように長編の物語を翻訳したことは、これまでなかったのです。そんな私が、無謀にも、原書では450ページ以上、翻訳すると700ページ以上に及ぶこの本を翻訳し、出版することを自分のドリームにしたきっかけは、彼女からのその言葉だったのです。

それ以来、仕事の合間を見ては、本書の翻訳作業に没頭してきました。特に、自衛隊を定年退職してからは、その作業を何よりも優先して行ってきました。それは、私がこれまでの自分の人生の中で取り組んできたいかなる作業よりも、はるかに根気のいるものでした。このため、初めの頃は、この作業を最後までやり遂げる自信が全くなかったのです。それでも、翻訳を始めてから半年ほどで、3分の1くらいの下訳が終わると、「これは、ひょっとすると最後までやり切れるかもしれない」と思えるようになりました。

ただし、そのためのモチベーションを維持するためには、「これをやり切ったら、必ず出版できる」という確証が必要でした。近年では、電子出版などの普及により、自ら書いた本を出版することが、以前に比べてはるかに容易になっています。しかし、既に外国で出版されている本を翻訳し出版するためには、著作権の取得が必要であり、そのためには、複雑な交渉や手続きが必要なのです。そこで、(今にして思うと、これも極めて無謀なことでしたが)本書の著者であるウィッテル氏に直接電子メールを送り、私が「ザ・ドリーム・マシーン」を翻訳・出版することについて、許可を頂けるようにお願いしてみたのです。奇跡的に幸運なことに、ウィッテル氏は、私の願いを受け入れ、エージェントを通じた契約の締結に協力してくれました。その後、その手続きを請け負ってくれる日本側の出版社を探すのにやや苦労しましたが、鳥影社が自主出版の形で引き受けてくれました。私のドリームは、その実現に向けて大きく前に進み始めたのです。

ウィッテル氏に宛てた私のメールを読み返すと、「私は、あなたの『ザ・ドリーム・マシーン』を最も適切に翻訳できる日本人のひとりである」と書いています。今にして思うと、それは明らかに誇張でした。実のところ、私は、オスプレイや航空機の調達に関するある程度の経験や知識こそあるかもしれませんが、その英語力はこんな大作を翻訳出版するには実に心もとないレベルなのです。しかし、私は、そのくらいの誇張をしても、許されることだと思っていましたし、今でもそう思っています。なぜならば、この素晴らしい本を翻訳し、出版することを「他に誰もやろうとしなかった」からです。

結局、本書の翻訳には、約2年間かかってしまいました。その作業が終盤を迎えていた平成29年8月、米海兵隊のオスプレイがオーストラリア沖で墜落し、3名の海兵隊員が亡くなるという事故が発生しました。そして、その数日後、今度は米陸軍のブラック・ホークがハワイ沖で墜落し、5名の陸軍兵士が死亡しました。この2つの墜落事故の日本での報道のレベルには、大きな差がありました。言うまでもなく、オスプレイについては、大々的に報じられる一方で、ブラック・ホークについてはほとんど報じられることがなかったのです。このことは、日本でのオスプレイをめぐる世論の厳しさを改めて示すことになりました。

平成30年の後半には、陸上自衛隊へのオスプレイ導入が予定されていますが、それは、本書に描かれている暗黒の時代(ダークエイジ)に匹敵する厳しい環境の中で行われなければならないことを覚悟しなければなりません。本書の原書が出版された平成22年当時は、オスプレイが灰の中からよみがえり、ティルトローターの将来にも希望の光が見え始めた頃でした。ただし、それから7年が経過しようとしていますが、それらは、必ずしも当時の予想のどおりには進捗していません。ここで、その間のオスプレイやその他のティルトローターをめぐる動向について、簡単に紹介しておきたいと思います。
2011年11月、ベル社とアグスタウェストランド社が共同開発していたBA609の開発所有権がベル社からアグスタウェストランド社に移管され、航空機の名称もAW609へと改められた。
2012年4月11日、米海兵隊のMV-22Bがモロッコで離陸直後に墜落、2名が死亡した。低速状態でエンジン・ナセル角度を規定以上に前傾させたことが原因であった。
2012年6月13日、米空軍のCV-22Bがフロリダ州で旋回中に急降下し、落着した(死亡者なし)。先行機の後方乱流に入ったことが原因であった。
2013年4月、FVL(将来型垂直離着陸機) 計画に関し、ベル社がV-280バローと呼ばれるティルトローター機の設計概要を発表した。
2015年5月5日、米国務省が17機のMV-22BブロックCを日本に売却する事を承認し、同年7月14日、平成27年(2015年)度予算分の最初の5機を3億3250万ドル(約410億円)で購入する事に日本が合意したことが発表された。
2015年5月17日、米海兵隊のMV-22Bがハワイ・オアフ島で着陸時に墜落し、1名が死亡した。エンジンが砂塵を吸い込み、出力低下に陥ったことが原因であった。
2015年10月30日、アグスタウェストランド社のAW609がイタリアで試験飛行中に墜落し、2名が死亡した。
2017年8月5日、米海兵隊のMV-22Bがオーストラリア沖で着艦時に墜落し、3名が死亡した。事故原因は調査中である。
2017年12月、ベル社のFVL候補機であるV-280バローが初飛行に成功した。

原作者であるウィッテル氏は、本書の中でオスプレイの良いことと、悪いことの双方をとり上げ、それらの事実に自分自身を語らせようとしました。本書の標題である「ドリーム・マシーン」の「ドリーム」は、「素晴らしい性能を持つ」というような良いイメージだけではなく、「実現するわけのない」というような悪いイメージも持つ言葉として使われているのです。私も、原作者の方針に従って翻訳作業を行うように努めたつもりです。それでも、例えば、副題の「ノートリアス(悪名高き)」をどう訳すかは、まがりなりにもオスプレイの導入に携わっていた者として大いに悩みました。結果的には、オスプレイを何とか擁護したいという自分の気持ちを押さえつけ、そのまま直訳することにしました。その方が、本書を読む方に、このドリーム・マシーンに関わる事実を正しく認識してもらえると考えたからです。
本書に描かれている、米国でのオスプレイの開発や装備化の間に生起した数々の問題は、私の経験に基づけば、日本でも起こりうることばかりです。陸上自衛隊が米海兵隊のような悲劇に見舞われないためには、米国におけるオスプレイの負の歴史を正しく認識することが非常に重要だと思っています。
本書が、オスプレイの導入に賛成する人にとっても、反対する人にとっても、事実に基づいた実りのある議論を行い、悪名高きオスプレイが日本でも同じような悲劇を繰り返さないようにするために、ほんのわずかでも役立てば幸いです。

平成29年12月
日の丸オスプレイが日本の空を羽ばたく日を夢見て

影本 賢治

           

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4件のコメント

  1. 管理人 より:

    陸上自衛隊のオスプレイは、2020年5月に海兵隊岩国航空基地に到着しましたが、陸上自衛隊の部隊への配備は未了です。

  2. 山谷味平 より:

     御苦労様です。そして、有難う御座いました。
    流石、日本を代表する「最も適切な翻訳」で御座いました。
     あの、矢作君と同期の北方野整備隊に居た貴殿の姿が、今、懐かしく蘇生致しております。
    そして、定年後もその初志を貫徹されているとの事で、あらためて、母校YTSの教育方針は、的を得ていたと思っております。
     どうか、御身体に気を付け、いつまでも精鋭であって下さい。

    (いまだに陸自固定翼航空機等の熱烈ファン)

    • 管理人 より:

      ご無沙汰しております。

      コメントありがとうございました。
      おかげさまで、まだもう少し頑張れる気がしてきました。

      今後とも、よろしくお願いいたします。

  3. 管理人 より:

    FMS(Foreign Military Sales)の訳語を防衛省が使用している「有償援助」に修正しました。