航空事故回顧-HH-60Mでのワイヤーストライク
当該HH-60Mは、演習場内でのNVG(night vision goggle, 暗視眼鏡)を用いた超低空航法訓練を実施中、あるヘリコプターLZ(landing zone, 降着地域)に有視界気象状態で進入する際に高圧送電線に接触した。メイン・ローター・ブレード1枚が損傷し,テール・ローターおよびテール・ローター・ギアボックスが破断し,右側のスタビライザーが損傷した。着陸時の衝撃により、機体がさらに損傷し、搭乗員および搭乗者が軽傷を負った。(クラスB)
飛行の経過
当該機の任務は、近郊の演習場で実施していた部隊訓練の一環として、夜間の超低空飛行を練成することであった。1200頃、搭乗員は当該HH-60Mの飛行前点検を開始し、危険見積シート(risk assessment worksheet)を作成した。ブリーフィングが実施され、当該夜間飛行任務はFMAA(final mission approval authority, 最終任務承認権者)による承認を受けた。気象は、風速6ノットでバリアブル(変動あり)、視程6法定マイル以上、近傍にシャワー(にわか雨)が発生、雲高15,000フィートでブロークン(とぎれとぎれの雲)と予報されていた。その後、風向350度、風速11ノット、視程5法定マイル、ライト・レイン(小雨)、オーバーキャスト(全雲)に修正された。
1830頃、搭乗員は、搭乗員および搭乗者ブリーフィングを実施した。1900頃、地上試運転が完了し、10分後に飛行場を離陸して近郊の演習場に向かった。当該機の搭乗員は、超低空飛行訓練地域に進入する前後に、低照度環境について確認し合った。予定していたLZの上空に到着すると、LZの周辺に高圧送電線があることを確認し合った。ただし、LZの真横にいると認識していたため、高圧線から離れていると考えていた。機長はFMS(flight management system, 飛行管理装置)をリシーケンス(再設定)してLZを表示し、副操縦士は左旋回を開始してLZに戻る左パターンに入った。送電線の目視での確認は、できていなかった。機長は、超低空飛行高度まで降下すると、機体下部の衝突防止灯を消灯し、ポジション・ライトを減光して、コントラストが改善したことを確認した。1922頃、副操縦士は、LZを視認しつつ、進入を開始した。1924、当該機は、高圧線の上部にあるスタティック・ワイヤーに接触した。機長は、送電線に接触した直後に操縦を交代し、オートローテーションに移行して、地面に落着するまで左90度方向に機体を滑らせながら降下させた。後方に28ノットで移動しながら、15°の機首上げ、30°の左バンク、毎秒107°の右ヨー、毎分688フィートの降下率で降着装置から地面に落着した。1925、エンジンが停止され、搭乗員が機体から脱出した。11.4Gと推定される衝撃は、そのすべてが左主脚と尾脚のストラットで吸収された。
1930、搭乗員は、携帯電話で運航指揮所に事故発生を連絡し、事故対処手順を開始した。運航指揮所は、不測事態対処計画を発動し、搭乗員を回収するための調整を開始した。
搭乗員の練度
機長の総使用時間は938時間、H-60の飛行時間が854時間、NVG飛行時間が189時間、戦闘状況下での飛行時間が118時間だった。副操縦士は、レディネス・レベル1、飛行活動カテゴリ (Flight Activity Category, FAC) 1、総飛行時間270時間、H-60の飛行時間が188時間、NVG飛行時間が67時間であった。気付整備員の総飛行時間は622時間で、NVG飛行時間は151時間、戦闘状況下での飛行時間は42時間であった。
考 察
NVGを使用した訓練飛行に際しては、既知の障害物に対する注意配分を適切にすることが重要である。本事故においては、着陸点に固執し、注意の配分を適切に行えなかったことが、機体の位置を適切に把握できていなかったこととあいまって、潜在的な危険性を著しく増大させてしまった。搭乗員は、相互に行動を監視し、高圧線の位置を把握するなど、危険見積(risk assessment)を積極的かつリアル・タイムに実施することが重要である。また、状況判断(decision-making)を適切に実施しなければならない。状況判断とは、ある問題を解決するための行動方針(plan of action)を明らかにすることである。そこには、危険見積も含まれていなければならない。任務の計画段階および実行段階における状況判断(decision-making)および問題解決(problem solving)の質は、利用可能な情報、時間の制約、搭乗員の積極性および搭乗員間の情報共有の度合いによって左右される。これらの条件の元で適切な状況判断を行うための搭乗員の能力は、その後の行動の選択および質に大きな影響を及ぼす。搭乗員は誰もが状況判断および問題解決プロセスに関与する必要があるが、最も重要な役割を担うのは機長であることを忘れてはならない。
出典:FLIGHTFAX, U.S. Army Combat Readiness Center 2022年09月
翻訳:影本賢治, アビエーション・アセット管理人
備考:本記事の翻訳・掲載については、出典元の承認を得ています。
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