「生死を分けるほんのわずかの境界線!」

陸軍航空搭乗員クルー・コーディネーション訓練 (Aircrew Coordination Training, ACT) の根底には、「航空安全とは、意図的で積極的、かつ絶え間ない努力によってのみもたらされる」という揺るぎない真理があります。毎年義務付けられているこの訓練は、クルー・コーディネーションと意思の疎通に焦点を当て、すべての航空搭乗員 (Aircrew Member, ACM) にこの安全の原則を徹底させるものです。クルー・コーディネーション訓練では、意思の疎通、状況判断、リーダーシップ、チーム・ワーク、そして状況把握を重視します。これらは航空事故の引き金となる人的要因(ヒューマン・ファクター)に対処するものであり、安全管理(リスク・マネジメント)の直接的な支えとなります。
1. 航空搭乗員クルー・コーディネーション訓練の概要
これまで、クルー・コーディネーション訓練では原則を定着させるために、個別事例(ビネット)を用いたディスカッションが行われてきました。しかし、陸軍航空の進化に伴い、クルー・コーディネーション訓練もまた進化し続けています。その狙いは訓練の本質を変えることではなく、航空搭乗員同士が直接対話するためのツールとして、その効果と価値をさらに高めることにあります。最近のアップデートでは、実際の現場が抱える課題に向き合い、経験豊富なパイロットたちの知見を活かすことで、より実践的で状況に即したダイナミックな訓練へと生まれ変わろうとしています。
2. 前年からの変更点
昨年の訓練では、従来の個別事例を用いた座学の枠を超え、操縦士等へのインタビューや上級幹部によるパネル・ディスカッションを新たに取り入れました。これにより、事例の背景をより深く理解できるようになり、航空搭乗員は、機種や部隊、作戦環境の垣根を越えて、経験豊富なパイロットたちの率直な意見に触れることができました。
皆さんも、部隊全体で見受けられる傾向について、評価標準化局 (Directorate of Evaluation and Standardization, DES) からのメッセージを耳にしたことでしょう。評価機関である評価標準化局は、陸軍航空全体のあらゆる部隊の活動を俯瞰できるという、独自の立場にあります。クルー・コーディネーション訓練は、そこで得られた知見を共有するための場として活用されていきます。当事者へのインタビューは、不安全事態の発生前、発生中、そして事後に何が起きていたのかを深く理解する手がかりを与えてくれました。単なるデータ分析とは異なり、こうした生の声は「何が起きたか」だけでなく「なぜ起きたのか」という重要な文脈の空白を埋め、航空搭乗員の深い理解を助けます。また、パネル・ディスカッションでは、一つの事象に対して多角的な視点や指導的助言が提供され、このアプローチをさらに確固たるものにしました。単一の事例にとどまらず、そこから派生する幅広いテーマへの議論が促されるのです。このような活発な議論こそが、航空に関する対話と学びを共有するフォーラムとしての、クルー・コーディネーション訓練の真の価値を示しています。
3. 拡大するメッセージ発信の手段としてのクルー・コーディネーション訓練
クルー・コーディネーション訓練が進化を続ける中で、この訓練は単に基本原則を確認する年次義務という枠を超え、特別な役割を果たす機会をもたらしています。この場が、幅広い専門的な議論を行うための理想的なフォーラムであることは既に証明済みです。全ての航空搭乗員が毎年受講するという特性と相まって、航空幹部陣から部隊の即応性に直結する重要なテーマを伝達するための、極めて確実で強力なチャンネルとなっています。
今後の訓練においても、インタビューやパネル・ディスカッションを軸としつつ、従来の枠にとらわれない、より的を絞ったメッセージ発信の場として活用していく方針です。これにより、指揮官らは新たな課題や組織としての優先事項を、全航空搭乗員に対して直接語りかけることができます。その代表的な例として、今年は「航空界におけるメンタル・ヘルス」に関する議論が追加されました。精神不調に対する偏見(スティグマ)の払拭、ストレス要因の早期発見、そして支援サービスの周知といったトピックが含まれます。訓練の中でこうした問題を取り上げることは、「健全なメンタルがなければ、安全で効果的な航空任務は遂行できない」という事実を強く再認識させるものです。

4. 今年のテーマ:「生死を分けるほんのわずかの境界線」
今年のクルー・コーディネーション訓練を貫くテーマは、「生死を分けるほんのわずかの境界線(Inches and Seconds)」です。航空事故が、たった一つの致命的なミスによって引き起こされることは稀です。コールアウトの漏れ、手順の飛び越し、根拠のない思い込み、そして、遠慮がちであったり、遅れたり、そもそも行われなかった意思疎通など、日常に潜む小さな綻びの積み重ねが事故を招くという事実を、このテーマは強調しています。
これらのエラーと密接に結びついているのが、人間が情報を処理するために要する「時間」です。予期せぬ事態が発生した際、搭乗員が危険を察知し、状況を評価し、行動を起こすまでに、貴重な数秒間が失われてしまいます。一つひとつの遅れは些細なものに思えるかもしれませんが、それらが積み重なれば致命的な結果をもたらします。不明瞭なコミュニケーションによるものであれ、状況認識の遅れによるものであれ、いかなる躊躇も、安全な回避と大事故の明暗を分ける「わずかな空間と高度の余裕(マージン)」を削り取ってしまうのです。今年の訓練では、事故を未然に防ぐための「生死を分けるほんのわずかの境界線」を守り抜くには、規律あるクルー・コーディネーション、タイムリーな意思疎通、そして早期の介入が不可欠であることを再確認します。
5. 結論:航空の即応性の柱としての積極的なコーディネーション
従来の事例研究から脱却し、上級幹部や搭乗員の生きた経験を取り入れることで、クルー・コーディネーション訓練は単なる年次義務を超越しました。今やそれは、安全とオープンな意思疎通の文化を築き上げるための中核を担っています。この進化により、訓練は二つの目的を同時に果たします。すなわち、クルー・コーディネーションの基本原則を底上げすること、そして幹部陣が組織の喫緊の課題に直接アプローチするための重要なチャンネルを提供することです。
しかし、この「学びを共有する文化」を真に根付かせるためには、あらゆる部隊からの積極的な参加が欠かせません。極めて価値のある教訓の多くは、公式な報告書に上がるほどではない、日常のちょっとした不安全事態や「ヒヤリ・ハット(危機一髪)」の中に潜んでいるのです。何か特筆すべき事象が発生した際は、各部隊から積極的に情報を提供していただくよう強くお願いします。現場の「ヒヤリ・ハット」を共有することが、将来の事故を防ぐための、部隊全体にとっての貴重な教訓へと生まれ変わるからです。このようなオープンな対話への姿勢は、我々の目的意識を研ぎ澄まします。そしてすべての航空搭乗員に対し、「卓越した技能とは、日々の基本動作を規律正しく完遂することに他ならない」と自覚させるとともに、進化したクルー・コーディネーション訓練が、陸軍航空のプロフェッショナリズムと即応性にとっていかに不可欠であるかを深く刻み込むのです。
出典:FLIGHTFAX, U.S. Army Combat Readiness Center 2026年02月
翻訳:影本賢治, アビエーション・アセット管理人
備考:本記事の翻訳・掲載については、出典元の承認を得ています。
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