AVIATION ASSETS

陸軍航空の情報センター

間違ったエンジンのシャット・ダウン

ある晴れた夜、2機のUH-60ブラックホークが海岸線に沿って海上を飛行していた。飛行開始から約15分後、2番機の搭乗員から長機に緊急無線が発せられた。「おい、No.2エンジンから火が出ているぞ!」2番機の搭乗員たちがどうすることもできずに見守る中、長機は、その無線に返答せず、海岸方向に旋回しながら高度を下げ、前進速度200Kt以上、降下速度約1,200ft/minで海上に墜落した。4名の搭乗員を乗せた機体は、墜落により爆発・海没した。

この悲惨な事故の原因は、No.2エンジンのガス・プロデューサー・タービンの不具合のためシングル・エンジン状態になった後の操縦士の不適切な緊急操作であった。操縦士は、正常に作動しているNo.1エンジンをシャット・ダウンしてしまったのである。

本事故の発生を受け、米陸軍は、「間違ったエンジンのシャット・ダウンに関する調査」を実施した。この調査は、「双発機におけるシングル・エンジン状態での操縦士の対応に関し、システム上の問題はないのか」及び「間違った対応によるリスクを軽減できないのか」を調査するものであり、その目的は、「シングル・エンジン状態において操縦士に間違ったエンジンをシャット・ダウンさせてしまったエラーが何だったのか」を分析することであった。

本調査は、2つの調査項目に分けて実施された。1つ目は現地調査であり、2つ目はフライト・シミュレータを用いて擬似的な緊急状態を作為するシミュレーション調査であった。

1つ目の調査項目である現地調査においては、4,000人以上の米陸軍双発機操縦士を対象としたアンケートを実施し、その回答を分析した。そのアンケートは、本調査に特に重要と考えられる次の2つの事項について質問するものであった。

「あなたは、シングル・エンジン状態に陥った時に正常なエンジンをシャット・ダウンしてしまう可能性があると思いますか?」
「あなたは、訓練状況又は実状況でシングル・エンジン状態となった際に、間違った方のPCL(パワー・コントロール・レバー)を操作した又は操作しようとしたことがありますか?」

アンケートの結果、70%を越える操縦士が「間違ったエンジンをシャット・ダウンする可能性があると思う」と回答し、40%が「訓練状況又は実状況のシングル・エンジン状態において、どちらのPCLを操作すべきか混乱したことがある」と回答した。更に、「混乱したことがある」とした操縦士の50%が「正常なエンジンをシャット・ダウンしたか、若しくはそのPCLを操作してしまった経験がある」と回答した。

また、間違った方のPCLを操作してしまった原因については、50%の操縦士が「不具合発生状況の分析不適切である」と回答した。

その他の原因としては、「PCLの設計」、「航空機の設計」、「NVG(暗視眼鏡)の使用」、「訓練の不足」、「誤った習性」、「慌てた操作」及び「手順書の不適切な記述」という回答があった。

間違ったエンジンを操作してしまうことを防止する手段としては、75%の操縦士が「訓練の充実」、25%が「設計の変更」と回答した。

2つ目の調査項目であるフライト・シミュレータを用いた緊急状態のシミュレーション調査においては、UH-60の資格を有する搭乗員に対し、通常の訓練又は任務飛行において発生の可能性があるシングル・エンジン状態発生の状況を付与した。この調査からは、「間違った方のエンジンの操作」の発生防止に繋がる設計又は手順の変更につながる有益なデータがもたらされた。操縦士に対する状況の付与は、まず、飛行任務に関するブリーフィングを受け、通常の飛行前準備を実施することから開始された。その後、2時間の訓練飛行が実施され、シングル・エンジン時の緊急操作が必要な6つの状況(エンジン火災、エンジン停止、過回転、コンプレッサー故障、増加方向のトルクスプリット及び減少方向のトルクスプリット)から無作為に選択された少なくとも1つの状況を与えられた。例えば、エンジン停止を模擬した状況では、オルタネーターの停止を示す兆候、エンジン・アウト警報灯の点灯及び警報音の発生が付与された。

驚いたことに、付与した状況の15%に対して、不適切な対応が行われ、その場合の4分の1は、両エンジンのパワー喪失をもたらし、シミュレーション上は墜落する結果となってしまった。緊急状態への対応状況を分析したところ、間違った対応の原因は、「当初の不具合発生状況の分析不適切」(47件中22件)及び「実施した操作の不適切」(47件中15件)であることが判明した。その他、「設計変更の不認知」、「緊急状態における目的地選択の不適切(帰投するか、速やかに着陸するか)」及び「手順の不適切」というエラーも発生していた。これらのエラーの結果としては、「直ちに間違いに気づいて修正できたもの」もあったし、「正常なエンジンをシャット・ダウンし墜落したもの」もあった。

シングル・エンジン時の緊急操作手順が必要とされる不具合が発生することは比較的まれであるが、本調査の結果、この種の緊急状態において、「6回のうち1回は、不適切な対応が行われる」ということが明らかになった。本調査の結果を踏まえ、米陸軍は、訓練の実施要領を次のとおり改善した。
・ クルー・コーディネーションに重点を置いた搭乗員の連携に関する訓練の増加
・ エンジン不具合の分析および緊急操作手順に関する教育の増加
・ シングル・エンジン状態を発生させる全てのエンジン故障に関する不具合の分析及び緊急操作手順を重視したシミュレータ訓練の増加
・ 緊急時手順を明確にするためのチェックリストの修正
・ 最終的な目的は「航空機を飛行させ、制御すること」であり、全ての手順はこの目的を達成するための手段であることを強調した教育の実施
・ 操縦士の練成訓練時間の増加

なお、これらの訓練上の改善に加えて、「間違ったエンジンをシャット・ダウンする危険性を減少させるための技術変更の可能性」についても検討が行われている。

                               

出典:FLIGHTFAX, U.S. Army Safety Center 1997年06月

翻訳:影本賢治, アビエーション・アセット

備考:本記事の翻訳・掲載については、出典元の承認を得ています。

アクセス回数:11,480

コメント投稿フォーム

  入力したコメントを修正・削除したい場合やメールアドレスを通知したい場合は、<お問い合わせ>フォームからご連絡ください。

7件のコメント

  1. 管理人 より:

    「双発だから安全」と単純には言えないようです。

  2. Y.Y より:

    フライトレコーダー機能は、搭載されていれば、より正確な、情報で、分析できるし原因究明とする手順の操作誤り、プライマリー・セカンダリエンジントラブル時の、墜落を、防止する羽の翼構造が、必要なのではないか。操縦士の訓練時間の、問題では、解決しないし、構造上の、緊急時のエンジンサードエンジンが、必要不可欠だし、それどころか、操縦士は、緊急信号を発信する前に、墜落が、先に行くのが、時間の問題だ。そう言ったエンジントラブル時における操縦士のシュミレーションが、必要だし、今後の課題です。
    双発の、落とし穴かも、しれないと感じましたですね。

    • 管理人 より:

      コメントありがとうございます。
      ヘリコプターの双発エンジンには、落とし穴がある。←そのとおりですね。

  3. RYU より:

    「陸自ヘリ墜落直前、エンジン出力が急低下」ってまさにこれが原因では??

  4. 管理人 より:

    出典へのリンクを追加しました。