限界への接近
機体の限界を追求することに潜むリスク
航空機を限界まで使用するには微妙なバランス感覚が求められます。
軍用機は、変化を続ける環境下においても適切に運用されなければなりません。この変化とは、新人の副操縦士が初めての離陸許可をもらうことかもしれませんし、ベテランの搭乗員がこれまでよりも危険な任務に取り組むことかも知れません。
航空機の限界を追求した場合に、その成功と失敗とを分ける要因にはさまざまなものがあります。その中でも安全かつ効果的な飛行のために不可欠なのは、パイロットがその航空機の制限を把握できていることです。
最近発生した訓練飛行中の事故は、その重要性を浮き彫りにしたものでした。私を含む搭乗員が機体の重要な制限事項を把握できていなかったために、機体の操縦を誤ってしまいました。最新のNATOPS(海軍航空訓練運用手順書)がエンジン出力が100%未満の場合を想定した任務計画を義務付けていることを把握していなかったのです。この知識の欠如により、山岳地帯での着陸において十分なエンジン出力を確保できませんでした。その結果、降下速度を制御できず、機体が地面に墜落して損傷してしまったのです。
飛行にはリスクがつきものであり、それはリスク・マネジメント(RM)およびクルー・リソース・マネジメント(CRM)によって管理されています。パイロットは、いかなる飛行においても、7つの重要なスキル(意思決定、主張、任務分析、コミュニケーション、リーダーシップ、適応/柔軟性、状況認識)を発揮しなければなりません。さらに、たとえ時間の余裕がない場合においても、リスク・マネジメントの4つの原則(不必要なリスクは受け入れない、利益がコストを上回る場合にだけリスクを受け入れる、地位に応じたリスク判断を行う、計画によってリスクを予測し管理する)と5つの手順(危険の特定、危険の評価、制御の確立およびリスクの判断、制御の実行、監督および評価)を活用しなければなりません。ただし、能力の限界に近い操作を行う場合には、一部の飛行プロファイルだけに焦点を絞り、ある程度のリスクを受け入れなければならないかもしれません。いずれにしても、重要なのはリスク・マネジメントおよびクルー・リソース・マネジメントを活用してリスクを適切に管理し、エラーを最小限にとどめることなのです。
この事故が発生したとき、私たちは救助チームの一員として、敵陣地の後方で撃墜されたパイロットを救助するための戦術行動を訓練していました。大まかなシナリオはあらかじめ決められていましたが、救助を行う正確な位置とタイミングは、学生のドッグファイトの結果に応じて決定されることになっていました。
訓練を管理していた統裁部(white cell)は、墜落により救助を待つパイロットの位置を事前には計画していませんでした。学生が撃墜されたことがシミュレートされると、その位置が統裁部によって示されました。救助任務の指揮官は決定されておらず、任務の詳細を収集するための通信も十分に確立されていませんでした。パイロットの位置を示された私たちは、その座標と標高を確認しました。
私たちは、救助を待つパイロットの上空で地面効果外ホバリングをおこなために必要な出力を計算しました。そのうえで、当該高度におけてホバリング可能な最大全備重量を把握しました。しかしながら、これらの計算はパワーを100%利用できると仮定したものでした。NATOPSの変更により高度1,000フィート以上で摂氏25度以下の場合に要求されていた95%のパワーでは計算を行っていませんでした。最近になって追加されたこの制限を把握できていなかったため、実際よりも多くのパワーを使えると思い込んで飛行していたのです。
救助を待つパイロットに向かって進入中、その手前にある尾根を越えるため、機体を上昇させました。その尾根を越えると、そのパイロットの座標位置は狭い谷間の中にあることが分かりました。その地点の上空を風向を確認しながら飛行し、要救助者を捜索しました。要救助者は、無線での呼びかけに応答しませんでした。このことをきっかけに、教官と学生の間のクルー・リソース・マネジメントが不十分な状態となりました。
目標地域における作業負荷が急増し、クルー・リソース・マネジメントと状況認識が崩壊しました。計画していたとおりに優先順位をつけるのではなく、個別のタスク(飛行と任務)に集中してしまいました。待機空域におけるでのの準備段階において、十分な調整を行っていれば、ここまでクルー・リソース・マネジメントが崩壊することはなかったでしょう。計画を詳細に見直すことにより、NATOPSに示された優先順位(飛行、航法、通信)に従って情報を共有し、相互の意思を疎通できたはずです。
私たちは、要救助者の上空を通過した後、ホイスト救助を行うため、谷に向かって降下を開始しました。しかし、出力が不足した(計画していた100% はなく、95%しか得られなかった)ため、降下を止めることができず、目標高度で水平飛行に移行することができませんでした。その結果、意図したホバリング位置を超えた場所に着陸せざるを得なくなり、緊急操作手順の実行が必要となりました。地面効果のおかげで、谷の中を機動し、谷底になんとか接地することができました。
リスク・マネジメントとクルー・リソース・マネジメントは、搭乗員の戦術的および非戦術的な環境における安全な飛行を支援するためのものです。緊急操作手順は、「動的かつ困難な環境における安全を確保する」ためのものです。この飛行では、NATOPSの変更による重要な脅威を見逃してしまいました。このため、予想よりも限界に近いところで航空機を飛行させることになり、エラーを把握できなかったのです。
この事故から学ぶべきことは何でしょう? 山岳地帯における可能出力の低下に関するNATOPSの制限が最近になって変更されていたことを十分に理解していれば、この事故の発生を回避できた可能性があります。搭乗員は、飛行業務に影響を及ぼすNATOPSの更新を継続的に把握し、常に最新情報を入手しておく必要があります。また、その情報を作戦準備室(ready room)内で共有するのも重要なことです。
さらに、山岳地帯での運用時には、風向よりも地形を考慮した進入経路の決定が重要になります。ホイスト高度に達するまでの進入経路を地形に対する降下率が最小になるように選択すれば、要求出力を大幅に低減することができます。
クルー・リソース・マネジメントおよびリソース・マネジメントは、すべての飛行および任務計画に不可欠な要素です。特にリスクの高い要因にこれらの原則を適用することで、安全マージンを大きく確保することが可能となるのです。
出典:APPROACH MAGAZINE, Naval Safety Center 2024年08月
翻訳:影本賢治, アビエーション・アセット管理人
備考:本記事の翻訳・掲載については、出典元の承認を得ています。
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1件のコメント
事故の発生状況が不明確(機種さえも明示されていない)なので、正しく原文を解釈できているかちょっと自信がありません。
お気づきの点があれば、お知らせいただけると助かります。