OH-6の思い出
<<この記事は、JWings2020年6月号(イカロス出版)に「追想OH-6」という題名で掲載されたものです。>>
はじめに
OH-6は1963年に初飛行し、1965年にアメリカ陸軍に採用された観測ヘリコプターです。アメリカ陸軍への納入は1970年に終了し、その後はOH-58が代わりに納入されるようになりました。
陸上自衛隊には、1969年から1979年まではOH-6J、1980年から1997年まではOH-6Dが納入されました。その装備機数はUH-1に次いで多かった(2004年度防衛白書によれば、155機)ため、見かけたことのある方が多いと思います。1997年以降は後継機としてOH-1の納入が開始され、少しずつ機数を減らしてきましたが、2019年3月をもってすべての機体が退役しました。
陸上自衛隊で航空整備に関わってきた者として、このOH-6がどんな機体だったのかを紹介したいと思います。
軽小短薄
OH-6の特徴は何と言っても小型・軽量なことでした。全長は、9メートルあまりですが、メイン・ローター・ブレードを取り外せば7メートルほどでした。このブレードの取り外しは、2~3名の隊員で数分で取り外すことができました。また、燃料を満タンにしても、機体の重量は800キログラム程度でした。このため、平らなところであれば人力でも簡単に機体を移動できました。
機体の移動は、直径30センチメートルほどの車輪を両側の降着装置に取り付け、レバーで車輪を押し下げて機体を持ち上げて、2~3名の人員で手押しで行います。ただし、このレバーの操作には、ちょっとしたコツが必要で、入隊したばかりの隊員はまずこれを習得しなければなりませんでした。特に、降ろす時に不用意に操作すると体が飛ばされてしまうので注意が必要でした。また、機体を押す場所にも注意が必要でした。薄いアルミ板でできている外板は、変なところを押すとすぐに変形してしまうのです。
フレームは頑丈
OH-6の外板はペラペラですが、操縦席と後席の間と後席の後方に外板に沿って頑丈なフレームが入っていましたので、全体的な機体構造としては非常に高い強度を持っていました。
1980年代の半ばにアメリカ陸軍の将兵を案内して、OH-6を見学させたことがありました。当時、アメリカ陸軍の観測ヘリコプターには、すでにOH-58が使われていたのですが、ある下士官が「俺は、このOH-6のほうが好きだった。とにかく機体が頑丈だったからだ」と言っていたのを覚えています。
その後、私は、航空事故調査に関わる仕事もさせてもらいましたが、実際、機体がひっくり返っても潰れずに残り、搭乗員の命を守ってくれたことが何回もありました(ただし、機体は修理不能になってしまいましたが)。
案外多用途
OH-6には、前席の2名のパイロットに加えて、後席に2名の乗客を乗せることができました。
このため、主な任務は偵察でしたが、後席に指揮官や幕僚を乗せて人員空輸をしたり、ちょっとした荷物を載せて物資空輸を行ったりと多用途に使える航空機でした。飛行部隊が運用基盤を変更するための移動の際にも、到着後に機体を隠すための偽装網やその作業を行う整備員が一緒に移動できるので大変便利でした。
単独飛行可能
OH-6は前席に2名のパイロットが搭乗すると書きましたが、実際のところは1名でも操縦できる機体でした。
もちろん、他の機種もパイロットが1名でも飛行を継続できるようになっています(このことは、パイロットが被弾するかも知れない軍用機にとって大変重要です)。しかし、OH-6は副操縦士側の操縦桿をピンを抜くだけで簡単に取り外せるところが他の機体と違っています。
実際、整備が終わった後の試験飛行の際に整備員が副操縦士席に搭乗する場合には、記録用紙を挟んだクリップボードを膝の上に置けるように操縦桿を取り外してしまうことが多くありました。
パワステなし
OH-6は、軽量な機体とするため、あらゆる系統が単純に設計されていました。
特に他の機体と違うのは、操縦に油圧が用いられていないことです。パワー・ステアリングのない自動車のようなものです(といっても、今の若い人は、パワー・ステアリングのない自動車なんて、運転したことがないと思いますが...)。
その代わり、メイン・ローターの推力を調節するコレクティブ・スティックにはスプリングが装着されていて、飛行中のパイロットの操舵力を補うようになっていました。また、D型の場合には、テール・ローターの推力を調節するラダー・ペダルの操舵力を補うためのスプリングも装着されていました。
油圧がないので当然のことですが、AFCS(自動操縦装置)やSAS(安定性増大装置)も装備していません。パイロットにとっては大変な航空機だったと思いますが、整備員にとっては故障の少ない、本当に手間のかからない航空機でした。
熱いから気をつけろ
ヘリコプターのエンジンは機体の上の方に水平に取り付けられていることが多いのですが、OH-6のエンジンは後席の後ろに斜めに取り付けられています。このため、地面に足を付けた状態でエンジンの点検や整備を行うことができました。
ただし、エンジンを運転しながら調整する際には、排気管からの排出ガスに気をつけないとやけどをしてしまいます。整備の先輩が「ここに鉛筆をかざしてみたことがあるけど、あっという間に焦げちゃったぞ。気をつけろよ」と教育してくれたのを今でも覚えています。
また、エンジンを交換するときはエンジンを抱きかかえるようにして頭を突っ込み、手探りで配管を接続しなければなりません。でも、それが腕の見せどころみたいな感じで、整備するのが楽しい航空機でした。
居眠り禁止
エンジンが斜めに取り付けられているので、左右の後方座席の間を斜めにドライブシャフトが通っていました。カバーで覆われてはいるものの、耳から20センチメートルくらいしか離れていないところをドライブシャフトが毎分6,000回転以上で回転しているのはあまり気持ちの良いものではありません。居眠りしている間にヘルメットがカバーに触れると、高周波振動で目が覚めたものです。
また、同じく後方座席の下には90リットルの容量のある増加燃料タンクがむき出し状態で設置されていました。これも決して気持ちの良いものではありません。もちろん、タバコを吸う気になんかなりませんでした。
ただし、この後席のドライブシャフトも燃料タンクも事故や火災の原因になったことは聞いたことがありません。
軽いから気をつけろ
ドライブシャフトと言えば、テール・ドライブシャフトも特別でした。通常のヘリコプターの場合、このように長いドライブシャフトはいくつかのシャフトに分割され、カップリングを介して接続されていることが多いのですが、OH-6のテール・ドライブシャフトは、メイン・トランスミッションからテール・ローター・トランスミッションまでが1本のドライブシャフトでつながっています。
このドライブシャフトを初めて取り外す時、整備の先輩から「軽いから気をつけろ」と何回も注意されました。約4メートルもの長さがあり、直径も7センチメートルほどありますので、結構、重そうに見えるのですが、薄いアルミ材でできているので予想外に軽いのです。このため、必要以上に強い力を加えすぎて、カップリングを損傷させてしまう可能性がありました。
おわりに
OH-6は私にヘリコプターの基本を教えてくれた航空機でした。また、故障が少なく、いつでも人を乗せ、物を載せ、敵に対して目を光らせることのできるとても役に立つ航空機でもありました。
過去にはOH-6からOH-58に切り替えたアメリカ陸軍ですが、現在は武装化されたAH-6を特殊作戦部隊用に使用しています。まだまだ使える機体なのに残念な気もしますが、これまで長い間頑張ってくれたことに感謝してお別れをしたいと思います。
出典:Aviation Assets 2024年05月
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2件のコメント
はじめまして、こんにちは。売れない予備役軍事ライターをしている「あかぎ ひろゆき」と申します。いつも楽しく拝読しております。
さて、当方も陸上航空に関わった者として、米陸軍の事故事例など、大変参考になります。現役時代は部内誌の「航空安全情報」や「陸上航空」を読み放題でしたので(笑)、翻訳記事を楽しみにしていたものです。
連絡偵察機LR-1のラストフライト(20号機、機付整備員でした)の取材を機に、航空雑誌に寄稿して「航フ」や「JW」に進出したいと思うも未だ叶わず、戦車など未経験分野の執筆ばかりしています。しかし、軍事航空の分野では、読者の興味対象は軍用機のスペックに関することと、空対空戦闘(ACM)の他はパイロットの話題ばかり。
航空機整備、特に軍用機の整備に関しては、兵站にも直結するので、マニア諸氏には興味深いと思うのですが、殆ど関心がありません。機会があれば、軍用機整備に関する著書を上梓したいものです。
それでは、また。
コメントありがとうございます。
私も先日戦車の記事を初めて書かせていただいたのですが、自分が触ったことのないものについて書くのは難しいですね。
整備に関する著書、楽しみにしています。