AVIATION ASSETS

陸軍航空の情報センター

メキシコ湾沖合でのIIMC(予期せぬ天候急変等による計器飛行状態)

少佐 ブライアン・ケリー
テネシー州陸軍州兵演習場コマンド志願兵訓練場-スマーナ
テネシー州スマーナ

航空学校を卒業したばかりだった私は、他のパイロットと同じく、新しい経験を熱望していました。順調に訓練が進み、ついに、最初の実任務を行うために必要な飛行時間を達成した私は、完全任務遂行能力(fully mission capable)を有すると認められました。そして、米国連邦航空規則(FAR) Part 135に規定された運航者として、メキシコ湾の上空をヘリコプターで飛行することになったのです。

沖合での飛行には危険が伴うものです。かつて、その任務についたことのあるパイロットたちから、自らの恐怖体験を聞くことも少なくありませんでした。その中には、強風で沖合の離着陸パットから機体が吹き飛ばされ、「やっとのことで」で緊急着陸できたというような話もありました。そのような話を聞くと、はたして安全に任務を遂行できのかが、心配になりました。訓練を終えると、中隊の初級パイロットであれば誰でも経験する、「最初の仕事」が割り当てられました。

その飛行は、出力が制約されるなどの様々な要因から、十分な技量を必要とするものでした。過去にも、テールローター効果の喪失など、数々の死亡事故が発生しています。この飛行の「お客さん」は、いかなる犠牲を払ってもパイロットに任務を遂行させようとする強引さで知られていました。このことが、私の状況判断を狂わせたのです。

それは雲に覆われたいつもどおりの冬の朝でした。0530に安全ブリーフィングを行い、飛行前点検を行い、日の出と共に離陸することになっていました。しかし、数日前からメキシコ湾の上空で生じていた気象現象のため、シーリングが低く、視程が悪化していました。朝のミーティングが始まった時点で、少なくとも昼食前には飛べないと確信していました。洋上飛行の最低飛行条件は、シーリング500フィート、視程3マイルと定めれられていました。いくつかの情報から沖合の気象を確認すると、その限界に近い状態であることが明らかでした。しかし、最低飛行条件に関する規定を知っているお客さんたちは、全く余裕のない状態であるにもかかわらず、飛行するように強く主張しました。私は、お客さんたちに離陸を遅らせるように言いました。しかし、お客さんたちはそれに納得せず、私の上司たちを説得し、飛行を無理強いしたのです。

目的地の着陸パッドは、沖合20マイル(約37キロメートル)にありました。着陸パッドには、沖合120マイル(約222キロメートル)にあるものもありました。それに比べればましだと考えた私は、飛行を決心してしまいました。最終的には引き返えすことになると分かっていましたが、お客さんたちを搭乗させて離陸し、着陸パッドに向かって離陸しました。高度約400フィート(約122メートル)で、前方の気象を確認しながら、ゆっくりと飛行しました。お客さんたちに、基地に引き返すことを伝えようとしたその時、霧の中に突っ込んでしまいました。

IIMC(inadvertent instrument meteorological conditions, 予期していなかった天候急変等による計器飛行状態)は、緊急事態です。研究によれば、人間は、その平衡感覚の80%を視覚から得ているそうです。何も見えない雲の中に入った場合は、計器しか頼れるものがありません。その場合、最初の30秒の対応が生死を分けることになります。

この状態から回復するための最も簡単な方法は、安全な高度まで上昇し、計器飛行に移行し、最も近い飛行場に計器進入で着陸することです。しかし、沖合を飛行していた我々には、異なる対応が必要でした。最寄りの飛行場は、あまりにも遠く離れていたからです。沖合での飛行経験が豊富な教官パイロットからは、こういった場合、徐々に高度を下げて雲から脱出するように教えられていました。それがうまくいかなかったら、来た方向に逆戻りし、気象状態が良好だと分かっているところまで戻るのです。それでもダメだったら、緊急フロートを作動させて、機体を海上に着水させるしかありません。

足元のチン・バブルからメキシコ湾の水面が見えなくなっていましたが、計器飛行に移行すると、落ち着きを取り戻すことができました。何を行うべきかは分かっていました。あとは、それを完璧に実行するだけです。機体のコントロールを保ちながら、何とか北側の海岸に向かって進路を変えることができました。海岸に到達すると、基地まで続く道路に沿って飛行し、安全に着陸することができました。お客様は、その間ずっと、まるで車の助手席で補助ブレーキを踏み込もうとする教習指導員のように、身を乗り出していました。そして、ヘリコプターから降りるときに、「死ぬほど怖かった」と漏らしました。何とか事態を乗り切ることができたものの、私も同じ気持ちでした。

安全教育では、スイス・チーズ・モデルについて教えられ、それがどのように事故につながるかを学びます。あの日、すべての穴が整列し、事故に遭遇する可能性が十分にありました。十分な経験はありませんでしたが、訓練のおかげで緊急事態から回復することができました。それまでIIMCを経験したことはありませんでしたが、あの時、間違いなくそれが起こっていました。適切な訓練を積んでいれば、不要な危険を回避し、たとえ危険が生じた場合でも、それを乗り越えることができるのです。

                               

出典:Risk Management, U.S. Army Combat Readiness Center 2022年11月

翻訳:影本賢治, アビエーション・アセット管理人

備考:本記事の翻訳・掲載については、出典元の承認を得ています。

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