見つけられなかった猫
軍用機にとって、FOD(foreign object damage, 異物による損傷)は重大な問題です。CH-47の場合は、5名の搭乗員全員によるFOD(foreign object debris, 異物)点検をすべての飛行前に行って、飛行の安全を確保することになっています。搭乗員の練度にもよりますが、この点検には30分から1 時間半ほどかかります。それでも、毎回、確実に実施することが求められています。しかし、派遣先の同じことを繰り返すだけの単調なバトル・リズムに慣れてくると、その実施がおろそかになってしまいがちです。そのような状態は、すべての軍用機に壊滅的な被害をもたらす可能性があるのです。
数年前、私は東部地域コマンドの一員としてアフガニスタンのジャララバードに派遣されていました。その日もいつもどおりの1日が始まりました。起床して食事を済ませると、任務ブリーフィングに参加しました。ブリーフィングを終えて機体に向かうと、FE(flight engineer,機上整備員)、クルー・チーフ(crew chief, 機付長)およびドア・ガナー(door gunner, ドアガン射手)がすでに機体の準備を開始していました。私は機体の上にあがり、機体上部の飛行前点検およびFOD点検を約30分かけて行ないました。機体から降りた時、他の搭乗員はすでに点検を終わっていました。
私は、チェックリストを見ながら、搭乗員にその日の任務を説明しました。搭乗員たちは、自分の任務を理解すると、装具を装着しました。その後、クルー・チーフが機体の上にあがり、私が機体の周りを1週して最終確認を実施し、エンジン始動および離陸の準備を完了しました。すべては計画どおりに進んでいました。数か月間にわたって同じ任務を繰り返してきた私たちにとって、それは当然のことでした。
クルー・チーフから離陸準備完了の報告を受けると、コックピットに乗り込みました。右座席に座った私は、後方の機内が見えるようにミラーを調整しました。バッテリーをONにし、チェックリストに基づいて始動手順を開始しました。問題が発生したのは、それからでした。
左席の副操縦士がAPU(auxiliary power unit, 補助動力装置)をスタートさせました。機内は激しい騒音に包まれ、クルー・チーフはAPUが正常に始動したことを報告しました。APUが始動した瞬間、キャビン内の右前方座席の下から何かが飛び出しました。それは私の視界の片隅にも映りましたが、それが何であるかはわかりませんでした。私はクルー・チーフに「何だ、あれは?」と聞きました。機付長は、座席の下に猫が隠れていたことを笑いながら報告しました。APUの音に驚いた猫が、機体の外に逃げ出したのです。他の搭乗員たちも、皆、笑っていました。しかし、それが自分たちの飛行前点検が不十分だったことを意味することに気付くと、見逃しているものが他にもないかが心配になりました。
私達は、APUを停止し、全員で機体をもう一度点検することにしました。その結果、幸いなことに猫は1匹しかいませんでしたし、それ以外に問題となるようなFODも発見されませんでした。その猫は、それから先の派遣期間中、我々のマスコットになりました。数日おきに、搭乗員控所に姿を見せるようになったのです。ただし、機内に侵入することはもうありませんでした。私たちは、その猫を見るたびに、任務前の徹底的なFODチェックの重要性を思い起こしたのでした。
出典:Risk Management, U.S. Army Combat Readiness Center 2024年04月
翻訳:影本賢治, アビエーション・アセット管理人
備考:本記事の翻訳・掲載については、出典元の承認を得ています。
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