オーバートレーニングになってはいないか?
この夏に行われた陸軍航空安全教育デー(safety stand-down day)での意見の中に、大規模戦闘作戦(large-scale combat operations)と訓練の両立に関する問題を指摘する声があった。この2つを同時に行おうとすると、必要な訓練時間や回復/再訓練時間を確保できないまま高度な訓練を行うことになり、運用リスクを高める可能性がある。
医学書には、体育訓練における過剰なトレーニングに潜む落とし穴に注意をうながすものが少なくない。国立衛生研究所は、この問題について次のように述べている。「能力の向上は、トレーニング負荷の増加によって実現される。ただし、負荷の増加が許されるのは、休息と回復の期間が確保されている場合、つまりトレーニングの期分けが適切に行われている場合だけである。トレーニング負荷が蓄積してオーバーリーチの状態になると、能力が回復するまでに数日から数週間を要すると考えられる。オーバーリーチ後に適切な休息を取ることが、結果的には能力の向上につながる。もしそれを行わず、過度なオーバーリーチ状態になり、さらなるストレスが加えられた場合には、オーバートレーニング症候群にいたる可能性がある。」
「スーパーシンキング」(ガブリエル・ワインバーグおよびローレン・マッキャン著)は、「限界的練習(deliberate practice)」という用語について、一貫したリアルタイムのフィードバックを得ながらさらに困難なタスクを練習することが「最高度の能力(expert performance)」を獲得するための最良の方策であると述べている。この考え方は、アメリカ陸軍の練成訓練の教義(這う→歩く→走る)と非常に似ている。この本に述べられているもう一つの重要な概念は「スペーシング効果」である。スペーシング効果とは、同じ量を短い時間で学習する (詰め込み) よりも、時間の経過とともに学習間隔をあけた方が学習効果が大きくなるという考え方である。
真の練度を高めるためには繰り返しが必要であるが、習熟度が高まるにつれて、その間隔を空けることが可能になる。このスペーシング効果の考え方は、陸軍における8段階訓練方式(8-Step Training Model)のうち、第7段階 (AARの実施) および第8段階(再訓練) に表されているといえる。訓練の前後に十分な時間が確保できなければ、まず最初に練成訓練を実施して、その教訓を吸収してから将来の訓練に必要な能力の向上を図ることができず、リスクを軽減することが難しい状態になる。
国外展開頻度が高い環境においては、訓練時間が不足し、訓練間の準備や回復のための時間が短縮されがちである。その結果、訓練の準備に十分な時間を確保できず、部隊の集中力が複数の任務に分散してしまう。複数任務の同時遂行は、能力発揮の遅延や能力レベルの低下をもたらしやすいのである。その状態でも簡単な任務であれば問題なく遂行できる可能性もあるが、そうでない場合はどうであろうか?アメリカ陸軍戦闘準備センターが実施した安全監察(safety investigation)においても、任務を安全に遂行するための準備が十分でなかったことが致命的な影響を及ぼしたケースが散見された。高い能力や集中力を必要とする任務を不適切に実行しようとしたことが、壊滅的な損失をもたらすこととなったのである。
ATP(Army Techniques Publication)5-19(安全管理)には、不要なリスクを受容してはならないと記載されている。不要なリスクとは、「受容することが任務の達成に寄与しない、あるいは人員または装備を不必要な危険にさらすリスク」と定義されている。このことを踏まえると、周到な練成訓練、練度不十分な訓練課目の再訓練、およびAARを行うために十分な時間を確保しないことが、任務達成に良い影響を与えることはない。不要なリスクを解消するためには、航空搭乗員訓練マニュアルに次のとおり記載されている航空安全管理に関する主要考慮事項に十分な着意をはらうべきである。
- 指揮官の適正な訓練および査定
- 指揮官の適正な配置
- 練成訓練の適正な実施(這う→歩く→走る)
- 任務および指揮に関する理念の共有
- 機長、編隊長、空中部隊指揮官の厳格な査定
部隊の即応性確立を主眼としたこれらの主要考慮事項は、大規模戦闘作戦の遂行に必要な訓練の複雑さを軽減するために非常に重要である。航空部隊が厳しい実戦的訓練を実施する準備ができていることを保証し、指揮官が現実の作戦環境において基準どおりの任務を遂行できる状態を生み出し、即応性の確立をもたらすことになるのである。ATP5-19には、次のようにも記載されている。「隷下部隊に安全管理を計画・実行するための時間を努めて多く与えることが、指揮官にリスクを特定させ、統制を徹底させ、その結果として作戦を成功させることにつながる。」
出典:Risk Management, U.S. Army Combat Readiness Center 2023年12月
翻訳:影本賢治, アビエーション・アセット管理人
備考:本記事の翻訳・掲載については、出典元の承認を得ています。
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