無理な飛行はするな
多くの若者がそうであるように、10代のころは私も友達から羨ましがられるようなスポーツ車を欲しがりました。16歳になって運転免許を取得したとき、両親からは「無理な運転はするな」とよく言われたものでした。皆さんの中にも、同じように言われた人がきっといると思います。ただし、この言葉が慣れない機体の操縦を行うパイロットにも当てはまることを理解している人は、はたしてどのくらいいるでしょうか?
現役を退いた後、新型コロナの影響で航空会社への就職が遅れた私は、ロビンソンR-66ヘリコプターの降着装置を損傷するハード・ランディング事故を起こしてしまいました。ロビンソンR-22およびR-44の場合、機長として飛行する許可を受けるパイロットは、認定飛行インストラクターによる10時間のトレーニングを受ける必要がありました。この許可制度は、1994 年に連邦航空局 (FAA) によって制定されたものです。事故統計の結果、ロビンソンはローG状態での飛行中に生じたマスト・バンピングなどによる致命的な事故の発生率が、他機種よりも50パーセント高いことが判明したからでした。
比較的安価なロビンソン・ヘリコプターは、十分な訓練を受けずに飛行したことで多数の医師が死亡したことから、「ドクター・キラー」と呼ばれてきました。新型のR-66モデルには、この10時間の訓練は要求されていませんが、それまでの機体と同じく吊り下げ式のシーソー型ローター・システムが搭載されており、引き続き同じ状況が発生する可能性があります。
2020年6月、私は、フロリダのビーチ沿いをヘリコプターで巡るツアー・パイロットに就職することが決まりました。それは、(陸軍操縦課程の初期段階で操縦したベル206を除くと)それまで民間ヘリコプターを操縦したことがなかった私にとって、とても刺激的な機会でした。初日にチーフ・パイロットと会い、慣熟飛行を行うことになりました。最初に、その機体の飛行前点検、機能、制限などの一般的基本事項について教育を受けました。地上での教育を終えた後、エンジン始動を行い、離陸しました。パイロットの出力管理と操縦感覚を向上させるためには、高高度山岳環境訓練が最適であると良く言われます。確かに高高度山岳訓練は高性能機の特性を把握するための素晴らしい訓練ですが、私は、低出力機であるロビンソンR-66を操縦することも素晴らしい訓練であると思っています。この機体の油圧式サイクリック・コントロールは、私がこれまで経験した機体の中で最も敏感なもののひとつです。それは、敏感すぎると言っても良いでしょう。ホバリングの技術を「習得」できたら、次は緊急操作手順とオートローテーションの訓練に移行しました。4時間の慣熟訓練と移動および見学経路の把握を完了すると、実業務に就くことが許されました。
翌朝、空港に到着した私は、飛行するのが待ちきれない気持ちでした。パイロット・グループとのモーニング・ミーティングと徹底した飛行前点検を完了すると、R-66に飛び乗り、初めての乗客を迎えました。午前10時半までに、私は数グループの飛行を完了し、順調に業務をこなしていました。
夏の沿岸の空港は、非常に混雑するものです。その小さなクラスD空港から離陸すると、管制塔と飛行または進入中の航空機との会話が数多く聞こえていました。管制塔は、航空機を空域に出入りさせながら、左右両方のパターンを使って侵入させていました。私は、空港に帰投するため、管制塔に進入許可を申請しました。許可を受けた後、北側のエプロンに向けて着陸を開始しました。ところが、ダウンウインド・レグに入った時、乗客の一人が私のヘッドセットのコードに手を引っかけ、プラグを抜いてしまったのです。手探りでプラグを差し込むと、使用滑走路を横断してしまっているので、「直ちに」着陸するようにという管制塔からの指示が聞こえました。私は「了解」と返答し、直ちにエプロンへの進入を開始しました。
慌てていた私は、着陸中の航空機を回避しながら使用滑走路を横切ろうとして、通常よりも速い速度で進入していました。この騒ぎの間、強い横風(約15〜17ノット)も吹いていました。速度を落とすためにフレアーをかけると、LTE(テール・ローターの効果喪失)に陥り、20 度の機首振れが発生しました。陸軍の操縦課程ではゴーアラウンドは無料だと教えられ、すべてのパイロットがそのように叩き込まれます。この混乱の中、私にとって最初の、そして唯一の考えは、ゴーアラウンドを実行することでした。
しかし、ストレスの高い状況においては、わずか数秒の時間に驚くほど多くのことを考えられるものです。LTEが収まり始めたと感じた私は、別の選択肢を検討し始めました。最初はゴーアラウンドを行うつもりでしたが、そうしないことにしました。左側には燃料貯蔵タンクがあり、前方には電線とダウンウインド・トラフィックがあり、右側には地上滑走中の航空機があったからです。前進速度が高すぎたので、反転することも不可能でした。残された唯一の選択肢は、そのまま着陸することでした。
重量が重く、対気速度が低く、出力設定が高い状態では、何が起こりやすいでしょうか? そうです...セットリング・ウィズ・パワーです。この時点では、対気速度が下がっていて、降着地域に機首を向けていました。あとは、40〜50フィート降下して接地するだけでした。しかし、セットリングから回復するためのパワーが無く、その状態から抜け出す余裕がありませんでした。ローター回転数を維持するためにコレクティブ・レバーを下げ、約10フィートのところで、着陸時の衝撃を和らげるためにコレクティブ・レバーを一杯に引きました。ハード・ランディングになってしまいましたが、乗客たちに怪我はなく、何が起こったのかも分かっていないようでした。私は冷静さを保ち、乗客たちが機体から降りる時には、微笑みながら搭乗への感謝の言葉を述べることができました。
乗客たちがエプロンから離れると、エンジンを停止しました。左右のスキッドを接続するチューブが曲がった以外に損傷はありませんでした。FAAの安全検査官とエプロンのビデオ映像を確認すると、私たちが安全に着陸し、機体が破壊されずに済んだのは奇跡だと言われました。私と話した人は皆、私がその状況から「立ち直った」ことを褒めてくれました。しかし、私自身は、自分が起こしてしまったことについて、決して良い気分ではありませんでした。
この事案は、私が機体に慣れていなかったこと、タスクが飽和状態にあったこと、空域が混雑していたこと、そして最終的には、300馬力(270 馬力に制限されている) の非力なロールスロイス エンジンが要求に応じて生み出せるパワーを過大評価してしまったことが原因でした。UH-60を800時間以上飛行すると、GE-701シリーズのエンジンが発生する運動エネルギーと位置エネルギーを当たり前のことのように感じるようになります。総飛行時間が 1,700時間を超える人は、どうでしょうか? これは、誰にでも起こり得ることなのです。
機長たる者は、自分自身と航空機の両方の限界を認識し、理解できていなければなりません。管制塔に「できません」と返答していれば、この事案は防げたかもしれないのです。患者後送などの戦術任務(実際の戦闘任務を含む)を経験すると、適切な状況把握ができるようになったと思い込みがちですが、実際にはそうではないのです。一歩下がって、自分自身に何ができて何ができないかを知るために真剣に努力することを怠ってはなりません。最優先に考慮しなければならないのは、常に、乗客の安全であり、航空機に損傷を与えないことなのです。エアコンの効いた管制塔に座っている人たちに遠慮して、安全を犠牲にすべきではありません。
私は、この事案で経験したことを謙虚に受け止め、実業務では、ハリウッド映画と同じようには物理学が機能しないことを学びました。プロのパイロットならば、自己評価を適切にし、「できない」と言うべき時がいつなのかを判断できることが必要なのです。操縦技量に自信を持つことは、私たち全員が目指すべきことですが、無理な飛行をするのはやめましょう(Don’t Fly Faster Than Your Guardian Angel)。
出典:Risk Management, U.S. Army Combat Readiness Center 2024年09月
翻訳:影本賢治, アビエーション・アセット管理人
備考:本記事の翻訳・掲載については、出典元の承認を得ています。
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