AVIATION ASSETS

陸軍航空の情報センター

着氷(アイシング)による背面飛行

上級准尉3 ピエター・ブラック
アメリカ陸軍要人空輸隊
メリーランド州アンドリュース空軍基地

UH-60パイロットとしてイラクの自由作戦および不朽の自由作戦に派遣されたのち、RC-12固定翼機の教官操縦士の資格を得た私は、引き続き陸軍航空パイロットとして勤務していました。パイロットであれば誰でもするおとですが、着氷や、それに関連する事象について、多くの記事に目を通していました。それぞれの事例には、他と違う部分もありましたが、同じような部分もありました。その中には、着氷の重大さを理解できていなかったため、適時に対応できず、そこからから回復できなかった事例もありました。その私が、着氷の恐ろしさを身をもって経験してしまいました。かろうじて死なずに済んだ私の経験を、皆様の参考のために、お話したいと思います。

その飛行任務は、韓国において、陸軍のC-12キングエアの類型機で飛行場の周辺空域を飛行するという、ごく日常的なものでした。任務および飛行計画を作成する時点では、軽い着氷が予報されている以外に問題となりそうなことはありませんでした。私は、副操縦士と2人で飛行を開始しました。上昇し、水平飛行に移行してから1時間半の間は、何も問題が起こりませんでした。ただし、気象状況は、計器飛行状態になったり、それから回復したりを繰り返していて、着氷の可能性があることが明らかだったので、その兆候には十分に注意を払っていました。

1時間半を過ぎたところで、軽度の着氷が始まりました。エンジン防氷装置およびプロペラ除氷装置の電源をONにするなど、必要な対応を行いました。また、着氷の状況に応じて、出力と対気速度を調整しました。しばらくすると、着氷の状態が、わずか20秒ほどの間に、軽度のライム・アイシングから中程度のミックス・アイシングへと悪化しました。操縦かんがピッチ軸方向に振れ、機体が振動し始めました。尾翼の着氷が急速に進展し、気流に乱れが生じていると判断した私は、副操縦士に防氷ブーツを膨らませるように指示しました。

防氷ブーツが膨らむと、振動が収まりました。しかし、残念なことに、ほんの数秒で再び振動が始まりました。着氷の状態を把握するため翼を見ると、前縁部にはっきりとした光沢が生じていました。また、風防を見ると、防氷装置がない部分に氷が線状に堆積していました。

もう一度、副操縦士に、防氷ブーツを作動させるように指示しました。今回は、振動がおさまりませんでした。数秒後、ホールディング・パターン(待機経路)に進入すると、振動がさらに悪化し始めました。対気速度が減少したので、できるだけ出力を増加させました。ピッチ軸の振動は収まらず、着氷により水平尾翼が失速状態に近づいていると考えられました。非常に困った状況になったのが明らかでした。高度を下げたかったのですが、そうしようとすることで、尾翼を失速させる危険性がありました。

操縦は私が行い、オートパイロットはONの状態でした。その時、失速警報装置のビープ音が1回鳴りました。その装置は着氷状態ではあまり信頼できませんが、警報を解除した私は、270度の旋回をまだ約90度までで中断し、水平飛行に戻しました。対気速度は、依然として少しずつ低下しており、高度を下げた方が良いのは明らかでした。しかし、尾翼が失速している状態では、急速に降下すべきでないことが分かっていました。

対気速度を維持しつつ、操縦かんの震えに応じて降下速度を調節しながら、ゆっくりと高度を下げました。毎分約500フィートの速度で降下することができました。副操縦士に、もう一度防氷ブーツを運動させましたが、効果がありませんでした。最大出力を使いながら、ようやく高度を500フィート下げた時、再び失速警報装置の警報音が鳴り始めました。

最大出力で降下するという私の努力にも関わらず、着氷はさらに進行してしまっていたのです。失速警報装置が鳴り続ける中、機首が上がり始め、完全な失速状態に入るのが感じられました。瞬間的に対気速度計に目をやると、計算上の失速速度よりも約20ノット速い速度を示していました。機体は、急激に機首を上げたのち、制御不能な左方向へのロールに入ってしまいました。直ちにトリムボール(旋回釣合計)を見て、トリム状態にあることを確認しました。1年前に受けた訓練で、トリムが取れていれば、スピンは発生しないことが分かっていました。

機体が失速した時、「くそっ! くそっ!」と言ったのをはっきりと覚えています。機体が完全に背面状態になった時には、「ああ、神様!ああ、神様!」と叫びました。「もう、これで終わりだ」と思ったのも覚えています。1、2分ほどにも思える時間の間、キングエア200が背面飛行状態から回復できたという話は聞いたことがない、とか、出勤するときに妻に別れを言っておけば良かった、などということを考えました。長い時間のように思えましたが、実際には、ほんの1、2秒のことでした。それから、「何かをやってみなければならない」と思いました。

完全に背面状態となった機体は、木から落ちる葉のように地面に向かって落下し始めました。落下しながら、左右それぞれ約30度までロールを繰り返していました。トリムはまだ取れており、機体に加わるGを減じることで活路を見い出そうとした私は、操縦かんを前方に押して降下率を上げ、Gを下げようとしました。対気速度を維持するため、出力はそのままに維持しました。今、振り返ると、それは賢明な判断でした。背面飛行状態では、燃料流量に変化が生じると、エンジンが停止してしまう可能性があったのです。

トリムが取れており、Gを抑えられており、出力を維持できていることを確認した私は、機体がロールしようとしている方向に、できるだけすばやく機体をロールさせようとしました。約90度までロールさせることができましたが、機体はすぐに背面状態へと戻ってしまいました。機体が反対方向にロールする時、昇降計が振り切れているのが分かりました。もう一度右に傾き始めたので、トリムを確認してから操縦かんを押し、できるだけ速く右にロールさせ続けました。機体は90度に達すると、いったん動きを止め、落ち葉のように元の状態に戻りそうになりました。

なんとか、ロールを続けてほしいと願いました。幸運にも、機体は90度を超えてロールしてくれました。姿勢指示器の青い部分が元どおりに上側に表示された時の安堵感を忘れることができません。それまでは、極端に機首が下がっていたので、目盛線しか見えていなかったのです。副操縦士が、出力を上げるかどうかを聞いてきました。対気速度を確認すると、220ノット近くに達していました。私は、「いや、逆に下げたほうがいい」と答えました。それは、機体が背面状態になってから、初めて発した言葉でした。対気速度を減じるため、推力レバーを引き、操縦かんを後方に強く引きました。

機体はそれに逆らうように、機首を下げ、また背面状態に戻ろうとしていました。副操縦士の方を見ると、両手を上に上げながら、「ユーハブ!」「ユーハブ!」と発唱していました。それは、実に賢明な対応でした。彼は、自分が私と反対に操縦かんを操作してしまうのを避けたのです。操縦かんを引き続けると、機体はゆっくりと反応し始め、ピッチ角が80度から70度、そして60度と変化してゆくのが分かりました。地面にさえぶつからなければ、生還できるかもしれないと思い始めました。

高度計を確認すると、思っていたよりも降下していないことが分かりました。私の頭の中では、実際よりも時間が早く進んでいたのです。ついに機首が水平まで持ち上がり、元どおりに機体を制御できるようになりました。出力を増加しながら翼を確認すると、氷が剥がれ落ちてゆくのが見えました。ただし、風防の防氷装置の外側には、まだ氷の層が厚く残っていました。副操縦士に航空管制に状況を報告し、滑走路への進入を要求するように指示しました。高度が約5,000フィート降下するまでに3分間位かかったように感じていましたが、実際にはほんの数秒のことでした。

それから着陸するまで、コックピット内ではほとんど会話がありませんでした。私は、「俺たちは、背面状態になったよな?」と副操縦士に尋ねたのを覚えています。副操縦士は、「はい、なりました。(裏側に貼ってある)「中国製」の表示が見えるようでしたよ!」それから30分で無事に基地へと帰還することができました。その間に交わされた会話は、クルー・コーディネーションのための必要最小限のものだけでした。航空機から降りると、まだアドレナリンを放出している私たちの顔を見た地上勤務員が、「幽霊のように白い」と言っていました。

今日まで、長い時間を費やし、あの日の出来事について考え続けてきました。今、生きていられるのは、本当に幸運なことだと思っています。背面状態での飛行から回復する手段を与えてくれた訓練に、何よりも感謝しています。あの時、背面飛行になることを事前に回避する手立てはなかったのか、そこまでの事象を頭の中で何回もたどりました。結論としては、あの時得られていた情報と有していた経験では、事案の発生を回避することはできなかったと思います。結果が分からない状態で、得られた情報から何をすべきかを判断するのは、非常に難しいことなのです。あの時、私は最善を尽くしたし、今もってしても適切だったと思える決断を下したと思っています。もちろん、その後に生じた着氷状態が事前に分かっていたならば、もっと早く降下していたと思いますが...

私の経験から言うと、パイロットの意思決定には、部隊の雰囲気や文化が大きな影響を及ぼします。この事象が発生する前にすでに着氷を経験していた私には、着氷が及ぼす影響に鈍感になっていた部分がありました。その経験を説明することもできますが、着氷状態での飛行について十分な経験があったというだけにとどめたいと思います。その経験は、あの日、何の役にも立たなかったからです。

今では、着氷とそれを発生させやすい環境に十分な注意を払うようにしています。そして、任務に臨むたびに、異なる考え方でアプローチするように心がけています。飛行中にどのような環境に遭遇するかを予測することはできません。また、予測した以外の事象が起こらないとも限りません。この事案が発生するまでは、指揮系統上の圧力やパイロットに特有の文化のため、軽度の着氷状態でも任務を継続することがたびたびありました。今では、可能な限り任務を中止することにしています。重要なのは、気象というものは、指揮系統上の圧力や全体的な運用環境とは無関係に、非常に危険な状態になっている可能性があり、そのことに対して常に万全の注意を払う必要があるということです。

あの日、2人の人命と陸軍の機体を救うことに貢献できた者として、背面飛行訓練の実施を強く要望します。皆さんが、私の経験を参考にし、着氷による背面飛行状態を経験せずに済むことを願っています。ただし、不幸にもその状態に陥ってしまっても、生還できることを忘れないもらいたいと思います。

                               

出典:Risk Management, U.S. Army Combat Readiness Center 2022年01月

翻訳:影本賢治, アビエーション・アセット管理人

備考:本記事の翻訳・掲載については、出典元の承認を得ています。

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3件のコメント

  1. 管理人 より:

    「(裏側に貼ってある)「中国製」の表示が見えるようでしたよ!」の原文は、「I saw the made-in-China sticker!”」です。
    近年は、商品の裏側を見るとどれもこれも「中国製」のシールが貼ってありますよね。
    副操縦士は、「機体が、裏側を見る時の商品のように、すっかりひっくり返った状態になった」ということが言いたかったのだと思います。
    うまく訳せているでしょうか?

  2. 阿部晃成 より:

    なんともすごい事例ですね。
    それこそナショナルジオグラフィックのAir Crash Investigationで取り上げられても良いような。

    質問になるのですが、
    本件のような、事態がそのまま進めば確実にクラスA事故につながったかもしれない案件を、
    カウントしているような仕組みは米軍にあるのでしょうか?
    いわゆるヒヤリハット報告の一つになるのかもしれませんが、もしご存じでしたら教えていただければ幸いです。