エラーの連鎖による整備上の不安全の発生
航空事故を防止するためには、エラーの連鎖を断ち切らなければなりません。この記事で紹介する不安全は、エラーの連鎖さえなければ、簡単に避けられるものでした。陸軍の安全管理計画に「幸運」という項目はありませんが、この不安全は航空事故に至る前にたまたまの幸運でエラーの連鎖を断ち切ることができました。
この不安全は、UH-60Aブラック・ホークのエンジン換装の工程において発生しました。試験飛行終了後、エンジンの調整が必要となったのですが、その際にFODを引き起こす可能性のあるボルトがエンジン・インレット下側に残置されているのを整備員が発見したのです。もしも航空機が飛行中に急激な左バンクを行っていたならば、エンジンに吸い込まれた可能性もありました。この不安全が発生するまでの一連の流れを振り返ってみましょう。
今回実施されたエンジン換装は、元々計画されていたものでした。取り卸し作業中に取り外された再使用可能なボルト類は、それが取り付けられていた部品に付けて保管することになっています。調査結果によれば、ボルトの入ったビニール袋が一つだけ部品に付けられていませんでした。新人の経験不足の整備員が多かったため、この手順に抜けが生じてしまったのです。経験豊富な整備員が他の整備に忙しく、新人整備員達を監督することができなかったのかも知れません。
次のエラーの連鎖は、エンジンの搭載作業中に起こりました。エンジンが載せ替えられた後、エンジン周辺の部品やカバー類を取り付ける工程において、一人の経験豊富な整備員がエンジン・インレット・カバーのボルトがカバーに付いていないことを指摘しました。しかしながら、ある未熟な整備員がよく確かめずに補給カタログで必要なボルトを調べて、部品の補給を受け、その新品のボルトでカバーを取り付けてしまったのです。
さらに次のエラーの連鎖は、新人整備員達が作業を終了した後の検査員による検査工程で起こりました。検査員がカバーの取り付け状態を確認する際に、新品のボルトで固定されているのを見れば、問題に気づいたはずでした。残念ながら、この不安全が発生した際には、このことに気づくことができないまま、全検査を終了し、最終検査完了の署名をしてしまいました。その検査員は、急いでいたか、もしくは忙しかった可能性があります。
そして、エラーの連鎖の最終段階が起こってしまいました。整備作業の完了後、操縦士は、整備記録とともにフォームを受領し、飛行前点検を実施しました。この不安全の直接的原因は、パイロン区域の上面に置かれたボルトの入ったビニール袋がインレット・カバーで隠れており、カバーを取り外さなければ、発見が困難だったことです。このため、不安全状態が気づかれないまま試験飛行が実施され、機体は次の整備手順に移行しました。
整備確認飛行の結果、エンジン換装とは無関係のエンジン調整が必要となりました。調整を実施するため、整備員がカバーを取り外すと、エンジン・インレット・カウリングの下からボルトの入ったビニール袋が発見されました。直ちに整備工程は中断され、航空機は非可動となりました。機体上に他の工具や部品がひとつも残っていないことを確認するため、機体全体のFODチェックが実施されました。すべての安全点検が完了するまでの間、エンジン換装の完了時期は延期され、航空機の運用にも影響を及ぼしました。最初の段階で作業が適切に行われていたならば、こういったことは起こらなかったのです。
この不安全を発生させた要因を整理しましょう。新人の整備員は、取り外し作業中に必要な手順を抜かしてしまいました。その後、取り付けの工程において、別の整備員が再使用するボルトが部品についていないことを見過ごしてしまいました。検査員は、検査作業中に新品のボルトが使用されていることに気づかず、部品が取り付けられる前にボルトが残置された部分の点検も行いませんでした。操縦士は、完全な飛行前点検を実施しませんでした。
もしも、エンジンの調整が行われなければ、そのボルトはどれだけの期間、デッキに残置されたままだったのでしょうか? 幸運なことに、この工程が追加されたことによってエラーの連続が断ち切られ、早期に不安全を解消することができたのです。この不安全から得られた教訓は、「エラーの連続を断ち切ること」と「安全の確保を幸運に委ねないこと」なのです。
出典:KNOWLEDGE, U.S. Army Combat Readiness/Safety Center 2014年07月
翻訳:影本賢治, アビエーション・アセット
備考:本記事の翻訳・掲載については、出典元の承認を得ています。
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