アンデス山脈上空でのオイル漏れ
コロンビアのボゴタでC-12を操縦するのには、国内とは違った難しさがあります。アンデス山脈は、標高20,000フィート(約6,096メートル)を超える、非常に険しい山岳地帯です。ほぼ毎日のように積乱雲がそびえ立ち、地雷原のように経路全体を覆いつくします。このため、飛行任務に際しては、常に、密度高度、気温および離陸重量を詳細に把握しなければなりません。また、航空交通管制にも問題があります。コロンビアでの航空管制は、ほぼ90%がスペイン語で行われます。20マイル(約37キロメートル)も後方を飛行するアビアンカ航空の機体のために、外国籍の機体を待たせることも珍しくありません。当時、新米機長であった私は、このような環境で緊急事態に遭遇することだけは避けたいと思っていました。しかし、まさにそんな事態が起こってしまったのです。
副操縦士と私は、その日に予定されていた3つのレグ(行程)のうちの最終レグを飛行していました。それは、北海岸のバランキージャから離陸し、ボゴタに向かって南に飛行するレグでした。1.5時間の飛行時間のうちの半分位を過ぎた頃、高度26,000フィートで飛行中に、No.2エンジンの周囲に液体の筋が付着しているのが右側の窓から見えました。最初は、大きな鳥が衝突したのかと思いました。しかし、すぐに思いなおしました。高度26,000フィートで鳥と衝突することは、ほぼ考えられません。
すぐにカウリングからのオイル漏れであると認識した私は、No.2エンジンの計器をチェックし、油圧が低下したり、タービンガス温度が上昇したりしていないかを確認しました。幸いなことに、いずれの値も通常運用範囲内で、平常値を示していました。私は、一旦、深呼吸をすると、副操縦士にその状況を伝えました。「おい、No.2エンジンからオイルが漏れている」今にして思うと、落ち着いた声でそれを言ったのは、必ずしも良いことではなかったかもしれません。副操縦士は、あたかも冗談の「オチ」を待つような表情をしていました。
次に行わなければならないのは状況判断です。副操縦士と私は、No.2パワー・コントロール・レバーを40%まで下げることにしました。そうすることで、現在の飛行高度を維持したまま、エンジン・オイル系統の圧力を下げられるはずです。エンジン油圧が60PSIを下回った場合には、No.2エンジンをシャット・ダウンするか、または、出力を最小限にして速やかに着陸する必要がありました。重視すべき考慮事項は、「環境」でした。もし、ここがアメリカの東海岸だったなら、ためらうことなく予防着陸したことでしょう。このような状況において十分な支援を提供できる飛行場がいくらでもあるからです。しかし、コロンビアのアンデス山脈上空では、まともな滑走路を持つ飛行場はほんのわずかしかないのです。しかも、そのほとんどは、問題を抱えた機体で降りたいと思うような場所ではありませんでした。
第1優先の目的地は、ボゴタのエルドラド国際空港にあるアメリカ軍の宿営地に決しました。次に行うべき手順は、航空管制官に状況を通報し、その目的地への最短経路での飛行を要求することでした。マイクをONにして無線通信を開始する時、緊張していなかったと言ったら嘘になります。できれば、このような通報は行いたくありませんでした。それでもしかたなく、常日頃の通話さえも困難な航空管制官に対し、今まで行ったことのない通報を行うことにしました。
驚いたことに、航空管制官は、実に的確に対応してくれました。直ちに目的地までの誘導を開始し、緊急事態を宣言するかどうかを聞いてくれました。すべての系統が運用範囲内であったため、緊急事態を宣言する必要はありませんでしたが、状況に変化が生じた場合は通知すると航空管制官に伝えました。また、整備員が対応を準備できるように、エルドラドのアメリカ軍施設に通報してくれるように依頼しました。「問題ありません!」それが管制官からの応答であり、その言葉どおりに実行してくれました。
あとは、油圧が低下しないことを祈りながら40分間飛行するだけです。ボゴタへの進入を開始するまでの時間を使って、オイル漏れに関連する緊急操作手順を確認することにしました。私は、チェックリストを取り出し、その内容を読み上げました。飛行中のエンジンのシャットダウン、エンジンのクリーンアップ、飛行中のエンジン火災、翼の火災、片発飛行などです。
すべての手順の確認を終えた頃には、アンデス山脈の最後の稜線を超えることができていました。航空管制官は、ボゴタ・アプローチに管制を引き継ぐ前に、改めて状況に変化がないかを確認してくれました。そこには、発生している状況が前もって通報されていました。また、必要ならば消防車を待機させる、という助言もしてくれました。飛行場への着陸は、有視界飛行状態の中、何も問題なく完了しました。
さて、オイル漏れの原因は何だったのでしょうか? それは、エンジン下部のスカベンジ・ラインにある直径1インチのOリングに生じた小さな亀裂でした。オイル漏れを発見してから40分以上飛行しましたが、喪失したオイルの量は2クォート(約1.9リットル)にとどまり、オイルの圧力は常に正常範囲を維持していました。プラット・アンド・ホイットニーのエンジンに感謝すべきでしょう。
この件を通じて改めて認識したのは、パイロットになってから常に言い聞かされてきた、「まずは、機体を飛ばせ」という指導がとても重要だということです。緊急事態は、そのすべてが即座に対応しなければならないものではありません。最初に行うべきことは、すべての諸元(機首方位、高度、対気速度、エンジン計器)が正常範囲内にあるかどうかを確認したうえで、機体を飛ばし続けることなのです。状況を把握し、飛行環境などの考慮事項について検討するのは、それからのことです。また、世界のどこを飛行しているかによって、緊急事態への対処要領が異なる場合もあることも認識しておくべきでしょう。
出典:Risk Management, U.S. Army Combat Readiness Center 2022年03月
翻訳:影本賢治, アビエーション・アセット管理人
備考:本記事の翻訳・掲載については、出典元の承認を得ています。
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1件のコメント
現役の頃、飛行中に不具合が発生したとしても、正直、横田や座間には降りたくなかったですね。