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陸軍航空の情報センター

着氷によるトルク、高度および対気速度の低下

上級准尉4 ジョセフ・ピカル
アメリカ欧州アフリカ陸軍安全事務局司令部

その冬、私の部隊は、旧ユーゴスラビアの紛争勢力が署名したデイトン合意の監視を任務とする部隊に対し、患者後送支援を実施するように命ぜられました。3機のUH-60Aブラックホークで編隊を構成して、ドイツのラントシュトゥール陸軍ヘリポートを離陸し、ミュンヘンで燃料を補給した後、オーストリアのリンツに向かいます。翌朝にリンツから離陸すると、オーストリアのグラーツで給油した後、ハンガリーのタサールに展開し、ボスニアに南下して任務を遂行できる態勢を整えることになっていました。

ヨーロッパ全体を覆う冬の雲とアルプス山脈によってもたらされる低シーリングのため、VFR(有視界飛行方式)での飛行は困難であり、IFR(計器飛行方式)とならざるを得ませんでした。また、気温が氷結温度に近く、軽度のライム・アイシングが発生しうると予報されていました。冬季においては、このような環境で飛行することは珍しいことではなく、パイロットであれば誰でも経験していることでした。機付長や整備員も、ブレード除氷システムを完全可動状態に維持するように細心の注意を払っており、たとえ着氷しやすい環境であっても安心して飛行できると考えていました。

私が搭乗するブラックホークの重量は、約19,800ポンドで、ホバリング・トルクは約91%でした。これほど重い機体重量で飛行することは、スリング訓練以外では経験したことがありませんでしたが、気温が氷点下に近く、2台のエンジンのトルク・ファクタ(係数)が1.0であることから、ホバリングや巡航飛行に必要なトルクを十分に確保できるはずでした。ただし、燃料消費率の増加には注意が必要だと考えていました。

ミュンヘンまでは、問題なく飛行できたのですが、1機が電気系統の故障により離陸できなくなってしまいました。このため、リンツには残りの2機だけで飛行を継続し、問題なく着陸しました。翌朝、次のフライトの準備を行いました。前日と同じような気象状態であることを確認した後、飛行前点検と地上試運転を行いました。地上試運転中に僚機の機体に整備上の問題が発生し、離陸できなくなってしまいました。我々には支援できることがなかったため、HITチェックを完了すると、IFRクリアランスを要求し、グラーツに向けて単機で離陸しました。

フライトレベル(FL)90(飛行高度9,000フィート)の巡航高度まで上昇し、水平飛行に移行しました。上昇している間に気温はマイナス4℃まで低下し、大気中の水分が目視できる状態になりました。ピトー・ヒーター、エンジン・インレット・アンチアイス、ウインドシールド・アンチアイスをオンにしました。その後まもなくして、「アイス・ディテクト(氷検出)」注意灯が点灯したので、ブレード除氷装置の電源をオンにしました。氷の堆積状態を把握するため、ドアの外にあるFMホーミング・アンテナとワイヤー・ストライク・プロテクション・システム(WSPS)デフレクターを観察するようにしました。約15分後には、それらの表面に1インチ近くの白いライム・アイシングが生じていました。こういった状態は以前に何度も経験していたので、それほど心配にはなりませんでした。

飛行経路の約4分の3を過ぎたころになって、雲の色が明るい灰色から暗い灰色に変わったことに気づきました。もっと上空にも雲があるかも知れなかったし、今後さらに雲が厚くなっていく可能性もあると考えられました。アイス・レート・メーターを確認すると、メーターの針が「ヘビー」まで急速に振り切れ、しばらくそこにとどまってから、ゆっくりと「ライト」に戻りました。FMホーミング・アンテナとWSPSを観察し、アイス・レート・メーターに表示された状態が本当に発生したのかどうかを確認しました。すると、白いふわふわのライム・アイシングが、クリア・アイシングでコーティングされているのが確認できました。

数分後、もう一層のライム・アイスがクリア・アイスの上に形成されはじめ、アイス・レート・メーターが「ヘビー」を示した後、1〜2分間その状態を保ってから「ライト」に戻りました。このサイクルが繰り返されることにより、アンテナとWSPSには、3インチのミックス・アイシングが堆積してしまいました。機体が降下し始めていることに気づいたので、副操縦士に警告しました。副操縦士は、パワーを増加して、高度と対気速度を維持しようとしました。ブレード上の氷の重量が増加したことにより、横方向の異常振動が発生し始めました。

ブレードや機体に氷が堆積するに従って、飛行諸元を維持するためにより多くのパワーを必要とするようになりました。着氷に関する予報は誤っていたのです。なんとかして、これ以上機体に着氷することを防止しなければなりませんでした。管制官に対し、過度の着氷が発生していることを通報し、FL70まで降下することを要求しました。気温があまり変化しないのは分かっていましたが、クリア・アイシングの形成を回避できるかも知れないと考えたのです。

しかし、FL70に降下してもミックス・アイシングの堆積は止まらず、さらに2インチも堆積してしまいました。すでに、最大利用可能トルクを使用しなければ高度と対気速度を維持できず、TGT(タービン・ガス温度)は30分制限の範囲内に入ったままの状態になり始めていました。管制官に対し、依然として氷の堆積が続いていることを報告し、飛行場へのレーダー誘導が可能な最低高度まで降下することを要求しました。管制官からは、高度はすでに限界まで低い状態であり、IFR飛行に必要な最低安全高度であると回答がありました。氷が堆積し続ける状態のまま、飛行を継続するほかありませんでした。

ローター回転数と高度が維持できなくなるたびに、対気速度を10ノット刻みで減少させ続けました。それから20分間で、指示対気速度は120ノットから90ノットまで低下しました。管制官に、これ以上高度を維持することは困難であると通報し、いつになったら降下が許可されるのかを質問しました。管制官からは、まだ山岳地帯の上空を飛行中であり、「降下してはならない!」という回答がありました。管制官の緊迫した声から、着氷を防止するために降下の許可を得るという選択肢がないことを悟りました。

その後、対気速度を80ノットに減速した時になって、管制官から、平均海面高度2,000フィートまでのクリアランスが与えられました。平均海面高度4,000フィートで雲中飛行から脱した時点では、約6インチのミックス・アイシングが堆積していました。しかし、気温が上昇するに従って氷が溶けはじめ、グラーツに着陸した時には、全く残っていませんでした。

エンジンを停止し、給油の準備を開始し始めると、やっと地面に降りられたと安心することができました。ミックス・アイシングの堆積、その堆積速度および重量、ならびにそれが機体性能に及ぼした影響は、それまでの飛行で経験したことがない、そして二度と経験したくないものでした。気象予報は不正確でしたが、搭乗員、機体、防氷・除氷システムは、極めて有効に機能していました。高度を維持するために対気速度を減ずる必要がありましたが、そうすることで山地から離れた安全に降下できる場所まで飛行できたと考えています。

                               

出典:Risk Management, U.S. Army Combat Readiness Center 2021年12月

翻訳:影本賢治, アビエーション・アセット管理人

備考:本記事の翻訳・掲載については、出典元の承認を得ています。

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