AVIATION ASSETS

陸軍航空の情報センター

計器進入中の誘導中断

上級准尉3 ダニエル・クルス
第82戦闘航空旅団第17騎兵連隊第1飛行隊B隊
ノースカロライナ州フォート・ブラグ

執筆者注:以下に述べる不安全は、2014年の春ころに韓国のピョンテク市で発生したものである。当時、ワシントン州ルイス・マコード統合基地に所属していた私は、9ヶ月間にわたり、韓国の4-6攻撃偵察飛行隊に派遣されていた。

その日の飛行は、いつものとおりに始まりました。任務に関連する書類の作成、ブリーフィングにおける口頭での指導受け、機体の飛行前点検などを行った後、計器飛行の技量評価を受けることになっていました。その技量評価は、私にとって、レディネス・レベル昇格後、2回目のAPART(Annual Proficiency and Readiness Test, 年次技量査定)であり、自信を持って臨んでいました。ブリーフィングでの指導受けなどはうまくできたと思っていましたし、飛行についても問題なくできると確信していました。

飛行開始から約1時間後、技量評価は順調に進んでいました。教官操縦士から要求されたとおりの飛行を行い、その質問にも特に問題なく回答できていました。カイオワの計器飛行に十分な知識や経験を有しているとは言えなかった私は、APARTを受検するにあたって、もう一度勉強し直してきました。このため、PAR(Precision Approach Radar, 精密進入レーダー)による進入を開始したならば、最終進入までの誘導間は少なくとも1分に1回、最終進入間は5秒毎にGCA(ground-controlled approach system,地上誘導着陸装置)の管制官からの指示があることが理解できていました。また、技量評価を受ける数週間前から、PARを用いて、これと全く同じ進入を何回も行っていました。

今回の飛行がこの数週間に行ってきたものと異なっていたのは、デジデーリオ陸軍飛行場と我々の空域の北側にあるオサン空軍基地の双方の周回経路に多くの回転翼機と固定翼機が存在していたことでした。来年には、機長資格を得るための試験を受験したいと思っている中堅の上級准尉であった私は、トラフィックの状況を良く把握し、状況認識を適切に行おうと思っていました。オサンでは数機のFA-18が飛行しており、前方ではもう1機のカイオワが計器飛行を行い、デジデーリオの近くでは少なくとも2機のブラックホークと1機のチヌークが飛行していました。また、12時の方向の空域外に1機の消防ヘリがいましたが、それは我々の高度よりかなり低いことがGCAから知らされていました。計器飛行訓練用ゴーグルを装着していた私は、教官操縦士にそれらのトラフィックについて説明し、その目視確認に努めるように依頼しました。

最終進入経路に向けて、指示された方向に機首を向けた後、GCAからの指示がなかなか来ないことに気が付きました。時間を測ってはいませんでしたが、1分以上が経過したと思われました。質問をしようとしていたその時、GCAが我々の前方にいる計器飛行中の機体を誘導し始めました。GCAとの無線がふさがっている間、教官操縦士は私に計器飛行に関する質問をし始めました。教官操縦士と私は、それに気を取られ、GCAに質問するのを忘れてしまっていました。

今にして思うと、GCAが我々のことを忘れているのではないか、と疑い始めるまで、5分以上が経過していたと思います。その時点で、我々は飛行場から約10マイルに位置していましたが、それは、場周経路での誘導としては、異常に遠く離れていました。教官操縦士に、GCAに誘導を依頼する、と報告した途端、教官操縦士が「降下、降下、降下!」と叫びました。

指示されたとおりにしながら、ゴーグルの隙間から何が脅威なのかを確認しました。すると、腹側を見せながら、接近編隊で我々とすれ違う2機のFA-18が見えました。我々よりも300~500フィート上空に見えましたが、もっと近かったかも知れません。その速度を考慮すると、恐ろしいくらいに近く感じました。我々は、GCAから忘れられており、F-18はオサンに進入中だったのだと考えられます。我々の飛行場からの距離からすると、オサンに直接進入する経路が我々の経路と交差してもおかしくないのです。

GCAとコンタクトすると、新しい(正しい)誘導が行われ、やっとのことで最終進入が開始されました。この不安全に関する議論は、安全に着陸してから行うことにした我々は、残りの計器進入に集中しました。その後は、異常なく飛行を終了しましたが、教官操縦士と私は、我々にとってだけではなく、FA-18にとっても、事故が起こる寸前だったことを改めて認識しました。我々もF-18の方も、不安全事項報告書は提出しませんでした。F-18の方からは、進入の角度や視界の制限のため、我々を発見できなかったと思われます。我々が不安全事項報告書を提出しなかったのは、我々がPARの進入手順に従っていなかったのではないか、という疑念を生じさせると考えたからでした。

この不安全から学んだ教訓は、次の4点です。

1. 航空管制機関を命を賭けてまで信頼すべきではない。常に自分自身でも気を配り、状況認識を継続し、指示された事項に疑問があれば直ちに質問すること。

2. 定められた規則と手順に従うこと。それらには、必ず理由がある。最終進入に際し、1分間以内の通信を確保していれば、そもそもGCAが我々のことを忘れることはなかったのである。

3. その教官操縦士は、特に航空機に危険が迫っていない場合には、喋り好きなことで知られていた。「進入を開始する際に必要な手順は何か?」という議論を行うには、それにふさわしい時間と場所がある。GCAに要求をすべき状況において、このような質問を行うことは、適切ではなかった。

4. プライドを捨て、誤りを認めること。不安全事項報告書を提出するか、少なくともGCA管制官と非公式にでも情報交換を行うべきであった。複数の機関がそれぞれの航空機と通信を行っている空域が複雑に接している場合は、レーダーによる分離が重要である。管制官のちょっとした見落しのために、4名が死亡し、3機の航空機が失われる事故を引き起こすところだったのである。プライドは、自分の命に値しない。ましてや、他人の命には絶対に代えられない。

それから5年間、私は、数えきれないほどのPARによる進入を安全に行ってきました。その間、計器飛行を一緒に行ってきた者には、私がPARでの進入で得たこの教訓をもれなく伝えてきました。ほんの小さな誤りや見落しが、状況を急速に悪化させ、不安全を引き起こすものなのです。これからは、自分自身の教訓を伝えるのではなく、誰か他の人が語る教訓から学べることを願っています。

                               

出典:Risk Management, U.S. Army Combat Readiness Center 2019年06月

翻訳:影本賢治, アビエーション・アセット管理人

備考:本記事の翻訳・掲載については、出典元の承認を得ています。

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2件のコメント

  1. 匿名 より:

    計器飛行で進入末期の誘導中断は考えられないですね・・。管制官も時には、計器飛行中の航空機に同乗し、パイロットは管制塔の業務手順などを相互に研修し、相互信頼を高めることが重要ですね。不安に思った際は、相互確認のための通信を厭わない事です。最近の航法装置はほぼ全自動になってきているが、システムダウンの場合を常に考慮しておく必要もあります。