クルーコーディネーションが崩壊した時
本記事は、私がまだパイロットとして未熟だった頃、経験は豊富だが無謀な飛行をする機長とペアを組んだときに、必要な意見具申ができなかったことにより発生した不安全を紹介するものである。
この不安全の発生前には、多くの事故と同様、さまざまな前兆があった。機長と副操縦士の関係が良好な場合は、チェック・アンド・バランス(抑制と均衡)が適切な状態となり、危険の前兆があった場合に、一方の操縦士が他方の操縦士に警告することが可能になる。しかしながら、経験豊富ではあるが危険な行為を行うパイロットと経験不十分な副操縦士が一緒に搭乗した場合は、このような関係を構築することが、極めて困難となる。
飛行前に発生した危険
当時、私が配属されていた韓国所在のVIP空輸部隊では、「直前の任務変更」だけではなく、「直前の搭乗割り当ての変更」も、よくある事態であった。状況が変化すれば、計画外の操縦士とペアを組むことが止むを得ない場合がある。
その日も、当初、私が予定していた任務が中止になったため、私とは異なる中隊の機長と、急遽飛行することになった。私の新しい任務に対する意欲は十分だったが、その機長とは今まで会ったことがなく、その任務についても何も聞かされていなかったことが気がかりであった。私が得ていた情報は、離陸までに残されている時間と、機長と合流する場所だけだったのである。本任務の1番目の問題点は、飛行の計画や準備のための時間が十分に与えられていなかったことであった。
2番目の問題点は、機長が飛行前の搭乗者ブリーフィングを実施しなかったことである。私は、身支度を整えると機長の所属する中隊に向かい、機長と合流した。機長は、時間が足りなくて、焦っているのが明らかであった。「お前が今日の副操縦士か?」と聞かれたので、「そうです。」と答えると、機長は私にRAW(risk assesment worksheet, 危険見積書)の用紙を差し出した。私は急いでRAWを記入し、機長に手渡した。機長は、それにザッと目を通すと、内容については何も言わずに、「機体の飛行前点検を実施して、俺が行くまで待っていろ。」と言った。結局、飛行開始前に搭乗者ブリーフィングや任務説明が実施されることはなかった。
私は、使用するUH-60の係留位置に到着すると、飛行前点検を開始した。チェック・リストを使用し、完全な飛行前点検を実施したつもりであったが、経験不十分な当時の私には自信がなかった。ところが、数分後に到着した機長は、フォームをつかみ取ると、それを見ながら機体の周りをぐるりと一周しただけで、すぐに座席に着いて、シートベルトを締めてしまった。私のような経験不十分なパイロットが飛行前点検を実施する際には、機長からいろいろな質問を受けながら、ダブル・チェックを行うのが通例である。私は、この機長は私の能力を過剰に評価していると思い、緊張感が高まるのを感じていた。
飛行中に発生した危険
シートベルトを締めると、機長と私は、エンジン始動の手順を開始した。通常、エンジン始動は、チェック・リストを使用しながら実施すべきであり、UH-60の操縦士トレーニング・マニュアル(Technical Circular(TC)1-237, Aircrew Training Manual, Utility Helicopter, H-60 Series)にも、そのように規定されている。しかしながら、機長はチェック・リストを使わずにエンジン始動を始めてしまった。
私は、旅団長が操縦士に対する教育において、「チェック・リストを使用しないパイロットを信頼することはできない。」と言っていたことを思い出し、こんなやり方は間違っていると思ったが、時間がないことが分かっていたので、機長には何も言わなかった。私のような未熟者が、自分の2倍以上の経験を有する機長に対し、その間違いを正すようなことを言えるであろうか?
エンジン始動を完了すると、人員空輸のため、人員の搭載地点までの飛行を開始した。飛行中は、すべてのことがスムーズに進み、定刻に搭載地点に着陸し、人員の搭乗を完了した。私は、飛行開始前よりも機長に対して安心感を持ち始め、それまで緊張していたのは、単に私自身の不安感が原因だったように思えてきた。目的地に到着すると、何の問題もなく、人員を卸下した。
基地に戻る途中、機長は、「滑走着陸で着陸するぞ」と言った。私は、本任務において、滑走着陸は全く必要ないことが分かっていたが、その実施に同意してしまった。機長は、私から操縦を交代し、滑走着陸の手順を開始した。操縦士トレーニング・マニュアルによれば、操縦していない方のパイロットは、進入開始前にブレーキの解放を確認することになっている。これは、この着陸要領において非常に重要な手順であり、UH-60取扱書の着陸前点検の項目にも明記されている。しかし、機長と私は、この時もチェック・リストを使用していなかった。そして、滑走着陸の経験がほとんどない私は、最も重要な手順である「パーキング・ブレーキの解除」を失念していたのである。
パーキング・ブレーキがかかったまま、高速で接地した航空機は、スリップして機体が大きく振れた。機長がパーキング・ブレーキに気づくまでの約3秒から5秒の間、航空機樟スリップし続けたが、機長がブレーキを解放するとコントロールを回復することができた。幸運なことに、搭乗していた人員に異常はなく、航空機にも損傷は発生しなかった。
エンジン停止後、飛行後点検を実施する間、機長も私も完全に無言であった。航空機の係留を完了すると、機長と私は、それぞれ別な方向に向かって歩き始めた。この飛行の最後の誤りは、飛行後ブリーフィング又はAAR(after action review)を実施して、「我々が何をすべきであったのか」を議論しなかったことである。
結 論
機長と副操縦士の組み合わせは、極めて重要である。この任務の実施には、飛行前から問題があった。機長と私は、一緒に飛行するのが初めてだったのであるから、機長は、完全な搭乗者ブリーフィングを実施すべきであったし、副操縦士の経験レベルを勝手に決め込むべきではなかった。また、私もこの任務の細部を機長によく確認すべきであった。
操縦士にとって、チェック・リストに従うことは、機長に従うことと同等の義務である。私は、飛行前点検及びエンジン始動に際し、点検に十分な時間をかけ、チェック・リストを確認することを機長に対し意見具申すべきであった。時間がない餌ことは、安全を犠牲にすることの言い訳にはならないのである。
また、飛行中は、機長に自分の意思をしっかりと言うべきであった。機長と私の相互のコミュニケーションがしっかり取れていれば、もっと協調性が高められたはずである。滑走着陸については、既に部隊操縦士としての訓練を完了していたにも関わらず、私がその要領について熟知していなかったことにも問題があるが、そもそも滑走着陸をこの任務中に実施することが適切でないと思ったならば、それを意見具申すべきであった。
機長よりも経験が浅いからと言って、事態が悪い方向に向かっているときに警告を発しなくていいという理由にはならない。私は、危険を回避することについて、機長と同等の立場にあったのに、機長に頼り切ってしまっていたのである。確かに、飛行任務の遂行は、機長の責任であるが、適切な手順に従うことは、搭乗者全員の責任なのだ。
後日、聞いたところによると、この機長の所属する中隊の中隊長が、別な任務においてこの機長が搭乗した航空機のエンジン停止手順が適切に実施されていないことに気づき、チェック・リストを使用していないことが発覚した。この機長は、以前から安全上問題があるという苦情が多かったことから、その中隊から転属させられたそうである。
編集者注:言うまでもないことだが、我々は、決して傍観者となってばならない。何事にも自ら積極的に関与し、正しいことを行って事故の発生を防止しなければならない。
出典:KNOWLEDGE, U.S. Army Combat Readiness Center 2008年02月
翻訳:影本賢治, アビエーション・アセット
備考:本記事の翻訳・掲載については、出典元の承認を得ています。
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