飛行性能データの整理手法
以前の記事「認定飛行性能モデル(Accredited Flight Performance Models)」では、飛行性能モデル(シミュレーション等で使われる計算モデル)で使用されるデータセットが、実際の飛行試験データに基づいたもので、その根拠が明確である(追跡可能である)べきだということを述べました。
どのような航空機開発プログラムであっても、求められる全ての性能範囲(エンベロープ)で実際に飛行試験を行うことには限界があります。それにもかかわらず、航空機の取扱書(Operator’s Manual)には「性能データ」の章があり、そこにはエンジンの出力管理や速度制限、予想される燃料消費量など、あらゆる飛行条件下での性能を示す何十ものグラフ(チャート)が掲載されています。
飛行に必要な出力(パワー)やトルクに関する膨大なデータセット(性能表)を作り上げるために、すべての条件でテストを行うことは不可能です。そのため、通常は分析に適した特定の試験条件を慎重に選んでテストを行い、その結果を、物理法則に基づいた計算式に当てはめて「無次元値(kgや馬力などの単位を取り払い、純粋な性能効率として表した数値)」や「換算値(気温や高度などの条件を補正し、標準的な状態での値に引き直した数値)」に変換します。こうすることで、気温や重量などの条件が異なるバラバラのデータを、ひとつのグラフ上に重ねて法則化(一本化)できるため、データが非常に扱いやすくなるのです。この手法により、少ない試験回数で、あらゆる気象条件や重量における性能を予測できる「汎用的なデータモデル」を構築することが可能になります。こうして得られた一般的な特性データ(共通の指標)を、取扱書に記載されている様々な気象条件や飛行状態へと逆展開することで、あらゆる状況に対応した数値を算出しているのです。ここで重要となるパラメータ(変数)は、GW (Gross Weight, 全備重量)、PA (Pressure Altitude, 気圧高度)、FAT (Free Air Temperature, 外気温度)、VTAS (Velocity, True Airspeed, 真対気速度)、そして特定の形態における NR (Rotor Speed, ローター回転速度)の5つです(回転翼機の場合)。飛行試験を行う際、これら以外のパラメータは一定に保たれます。もし空気抵抗の大きさ(抗力面積)が変わるなど、重要となるパラメータ以外の条件の変化があった場合は、数学的な計算処理により必要な修正(補正)を加えて予測される性能データを求めるようにしています。

Cw:Coefficient of Weight(重量係数)
Cp:Coefficient of Power(出力係数)
μ: Advance Ratio(前進比)
Test:実測値
Fit:適合値/モデル値(図中では曲面で表されている)
訳者注:ある重さ負担(Cw)の状態で、ある速度(μ)を出そうとしたとき、どれくらいのパワー(Cp)が必要になるかという性能曲面を描いたもの
回転翼機において、GW(重量)、PA(高度)、FAT(気温)、NR(回転数)の4つのパラメータの組み合わせがもたらす効果は、「換算全備重量(GWREF, Referred Gross Weight)」または「重量係数(CW, Coefficient of Weight)」という指標に集約(特性化)されます。前者は基準条件に換算した重量、後者は単位を持たない無次元値です。この換算または無次元化された重量パラメータ(重量項)は、実際の機体重量(GW, Gross Weight)に比例して大きくなりますが、高度と気温で決まる空気密度に反比例して小さくなり、さらにローター回転速度(NR, Rotor Speed)の2乗に反比例して小さくなるという性質を持っています。回転翼機の性能を表す他の用語(指標)も、同じような考え方で定義されています。ローターの回転速度を一般化する(特定の気象条件に依存しない普遍的な指標にする)ためには、「換算ローター回転速度(NRREF, Referred Rotor Speed)」や無次元の「チップ・マッハ数(MTIP, Tip Mach Number)」が用いられます。これらは、空気の圧縮性やブレードの失速といった影響を計算に組み込むのに役立ちます。飛行速度とローター先端の速度(チップ・スピード)の関係を示すためには、「換算真対気速度(VTASREF, Referred True Airspeed)」や無次元の「前進比(Advance Ratio)」が用いられます。これらは、様々な速度域で発生する空気抵抗によるロスを整理・計算するために使われます。さらに、飛行に必要な力を一般化した指標として、「換算軸馬力(SHPREF, Referred Shaft Horsepower)」や無次元の「出力係数(Cp, Coefficient of Power)」が使用されます。この手法を使うことで、5つの複雑な入力パラメータ(重量、高度、気温、速度、回転数)を、換算全備重量、換算ローター回転速度、換算真対気速度などの、たった3つの「換算項(基準化された値)」や「無次元項(単位のない係数)」へと整理・集約できます。これら3つの指標を使えば、あらゆる飛行条件下での必要出力を予測することが可能になるのです。これらのデータは通常、それぞれの NRREF(Referred Rotor Speed, 換算ローター回転速度)ごとに、図1のような複雑な曲面グラフとして可視化されます。
固定翼機(飛行機)についても、使われる用語は異なりますが、これと似たような手順でデータ処理が行われます。一般的なターボプロップ機の場合、巡航に必要な出力は、「重量独立法(Weight-Independent Method)」と呼ばれる手法で導き出された換算値によって特性を表すことができます。この場合、4つの入力パラメータ(重量、高度、気温、速度)は、「重量独立速度(VIW, Velocity Independent of Weight)」と「重量独立出力(PIW, Power Independent of Weight)」という2つの項へと集約されます。これらは文字通り、重量の影響を変数から切り離した速度と出力の指標です。これらを用いることで、空気密度や機体重量(GW)の違いを補正(正規化)した上で、対気速度と必要出力の関係を単純化して示すことができるのです。
飛行試験から、生の「換算データ」や「無次元データ」が得られると、それらがその機種として期待される特性(理論的にあるべき姿)と一致しているかどうかの分析が行われます。これは、実測値には必ず誤差やノイズが含まれるため、理論値との整合性をチェックする必要があるからです。従来の航空機における物理学的解析により、「性能曲線はこういう形になるはずだ」という数学的な予測モデルがすでに確立されています。このきれいな数式モデルを、多少ばらつきのある実際の試験データにうまく重なるように調整することで、性能予測に使いやすい、滑らかで整ったデータセット(曲線データ)を作成することができるのです。図1は、回転翼機におけるデータの典型的な形状を示しています。ターボプロップ機の場合、PIW(重量独立出力)と VIW(重量独立速度)の積(PIWxVIW)は、VIWの4乗(VIW⁴)に対して直線関係になるはずです。これは、「速度を2倍にするには、理論上はその何倍もの(4乗に比例する)爆発的なパワーが必要になる」という空気抵抗の壁を表しており、データが正しく取れているかを確認する重要な指標となります。
こうした一般的な法則(数式モデル)を用いて、チャート上の数値が「いつの試験で実証されたデータに基づいているか」という追跡可能性(トレーサビリティ)を確立・維持することが重要です。これにより、広範な条件をカバーする性能チャートが、単なる理論上の計算ではなく、事実に基づいた正確なものであることを裏付けることができます。
システム即応性総局(Systems Readiness Directorate)の航空力学課(Aeromechanics Division)では、航空機の安全性を保証する「耐空性(airworthiness)」に関する任務を遂行するにあたり、こうした飛行性能モデルを日常的に活用しています。これらのモデルは、AWR (Airworthiness Releases, 安全性改善通報) の評価、機体改修が及ぼす影響の分析、整備マニュアルの図表作成、実戦部隊での任務計画(ミッション・プランニング)用モデル、そして航空機の仕様適合性の確認において、その判断の基準となる「真実の源(source of truth)」として開発・維持されています。正確な飛行試験性能データの整理・分析は、航空戦士(現場のパイロットや搭乗員)の負担を軽減し、その能力を最大限に引き出せる、安全で信頼性の高いシステムを実現するという、航空力学課の技術的使命の基盤を形成しているのです。
ジョン・R・シムズ氏は、アラバマ州レッドストーン工廠(Redstone Arsenal)に所在する、米陸軍戦闘能力開発コマンド・航空ミサイルセンター、航空力学システム即応性総局の航空宇宙エンジニアです。
出典:ARMY AVIATION, Army Aviation Association of America 2026年12月
翻訳:影本賢治, アビエーション・アセット管理人
備考:本記事の翻訳・掲載については、出典元の承認を得ています。
アクセス回数:60