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陸軍航空の情報センター

新しい緊急時の対応要領の導入について

少将 デビッド・J・フランシス
アメリカ陸軍航空教育研究センター(旧アメリカ陸軍航空学校)司令官
アラバマ州フォート・ラッカー

アメリカ陸軍の操縦教官は、緊急時における搭乗員の対応要領に関する訓練および評価を、50年以上にわたって同じ方法で行い続けてきた。その訓練の中心は緊急操作手順を暗記し、迅速に実行することであった。そうして生まれ育ってきたのが今日の陸軍航空パイロットたちなのである。そのことが過去半世紀にわたって多くの命を救ってきたのは間違いがない。特に冗長性が不十分で、機体のコントロールを維持するために継続的な操作を必要としていた初期の航空機においてはなおさらであった。しかし、航空機がより高性能で洗練されたものへと進化をとげた今、航空搭乗員の訓練方法にも進化が求められるのは当然のことなのである。

2019年、アメリカ陸軍航空教育研究センター (United States Army Aviation Center of Excellence, USAACE)は、緊急時の対処要領に関するそれまでの訓練方法の見直しを開始した。障害物や地形地物に近いところの飛行頻度がこれまで以上に増大する大規模戦闘作戦(Large Scale Combat Operations, LSCO)を想定した訓練を続ける中、緊急時の対処要領に起因する事故が複数発生したからである。超低空飛行中に緊急事態が発生した場合には、特にその飛行状態に適応した対処が求められる。そういった複雑な飛行状態におけるリスクを軽減するため、アメリカ陸軍航空教育研究センターが策定したのが、ERM(Emergency Response Methodology, 緊急時対応要領 )と呼ばれる、2つのフェーズからなる対処要領である。それは、緊急事態における搭乗員の対応要領に変革をもたらした。

フェーズ1で焦点となったのは、すべての回転翼機搭乗員に共通する基本的な緊急事態対処要領を定義している回転翼機共通タスク1070「緊急事態への対応」の改訂であった。タスク1070の改訂版に記載されたFADEC-Fと呼ばれる緊急時の対応要領は、あらゆる緊急事態に適応した基本的な考え方を示すものである。この要領に従えば、航空機のコントロール維持を最優先としつつ、搭乗員間の意思の疎通を図りながら緊急事態に対応することができる。単なる丸暗記では手順を誤ったり抜かしたりしがちな困難な状況においても、適切な対応ができるようになる。

いかなる場合においても、最初に行わなければならないことは航空機を飛ばし続けることである。タスク1070は、「Aviate-Navigate Communicate(まず操縦、そして航法、通信)」という古くからあるパイロットの格言を、搭乗員が訓練・実践すべき正式な対応要領として成文化したものであるといえる。アメリカ陸軍航空教育研究センターは、2020年に発行されたすべての回転翼機搭乗員訓練規定の一部にフェーズ1のタスク1070に関する改正事項を盛り込んだ。それには実施要領を明確にしたSTACOM(standardization communication, 標準的コミュニケーション要領)やすべての部隊に適用される標準的な訓練要領などが含まれている。今回の取り組みにおいては回転翼機の訓練規定が優先されたが、すべての陸軍航空機を対象としたタスク1070の改訂も予定されている。大規模戦闘作戦で要求されるいかなる飛行にも対応するためには、固定翼機を含めた航空科職種全体を包括した緊急時の対応要領が確立されなければならない。

F – Fly the aircraft.(航空機を飛ばせ)
A – Alert the crew to the problem.(問題発生を警報せよ)
D – Diagnose the emergency condition or system malfunction.(本当に緊急状態なのかを判断せよ)
E – Execute the emergency procedure.(緊急操作手順を実施せよ)
C – Communicate.(情報を共有せよ)
F – Fly the aircraft.(航空機を飛ばせ)

フェーズ2はまだ進行中の段階であるが、タスク1070に示された緊急時の対応要領の実行を容易にするため、現在使われている搭乗員チェックリストの見た目やデザイン、内容を変更することが主眼となっている。アメリカ陸軍航空教育研究センターは、他の軍種および民間のチェックリストを分析したうえで、FRC(flight reference card, 操縦士チェックリスト)形式のよりスマートで直感的な搭乗員チェックリストを作成した。それには、通常手順や特別手順だけではなく、緊急操作手順も記載されている。緊急操作手順のセクションには、ワーニング(警告)、コーション(注意)、アドバイザリ(勧告)、および任務用搭載機器の故障に関する記述が論理的にグループ化され、色分けされたタブ付きのページに掲載されている。必要な緊急操作はシンプルに表現され、その状況において重要な情報が強調されており、搭乗員の故障診断および状況判断を容易にするように考慮されている。改訂されたFRC形式の搭乗員チェックリストは、厳しい飛行条件下においても必要な情報に迅速にアクセスできる、直感的かつ合理的なものとなっている。タスク1070(FADEC-F)が緊急事態に対する乗組員の対応を明文化するのに対し、FRCは緊急事態における必要な情報へのアクセスを容易にし、その情報に基づいた診断および緊急操作手順の実行を可能にすることになる。

緊急時の対応要領に関する搭乗員の訓練が洗練されれば、単に記述されたとおりの緊急操作手順を行うのではなく、安全な飛行の実現に真に役立つ判断ができる、すぐれた思考力を有する陸軍航空搭乗員の育成につながる。それは、陸軍航空全体の生存性を向上させ、その思想に変化をもたらすことが期待されている。この変化をこの組織の隅々にまで行き渡らせるためには、我々全員が搭乗員の訓練および評価方法の改革に積極的に取り組まなければならない。搭乗員たちに状況に応じて緊急事態に対応することが求められるのと同様に、我々にも状況に応じて搭乗員を訓練することが求められているのである。暗記した緊急操作手順を迅速に実行できるかどうかをもって搭乗員の練度を把握する時代は、過去のものにしなければならない。実行速度の向上は必ずしも生存性の向上をもたらさない。我々が何より重視しなければならないのは、何よりまず航空機を飛ばし続けられる、すぐれた思考力を有する航空機搭乗員の育成なのである。

                               

出典:FLIGHTFAX Special Edition, U.S. Army Combat Readiness Center 2020年04月

翻訳:影本賢治, アビエーション・アセット管理人

備考:本記事の翻訳・掲載については、出典元の承認を得ています。

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3件のコメント

  1. 管理人 より:

    3年前の記事ですが、改めて大事なことだと思ったので翻訳してみました。

  2. えみし より:

    時宜に適した内容です。航空機の操縦を第一義とし、緊急時における対応をより容易にする工夫を継続的に考えることは重要です。一方、航空機は複雑化し、緊急事態の認識や対応もまた複雑化しています。既に、人間の能力を超えているようにも思えます。限られた時間内で対応を余儀なくされる搭乗者の視点から緊急操作を見直すことも必要になってきているように思ってます。