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陸軍航空の情報センター

海上でのデュアルエンジン・ロールバック

上級准尉3 マシュー・ホッパー

過去18年間、私は飛行中にたくさんの事象を経験し、それを書き留めてきました。その中でも特に印象に残っているのは、ホノルルVOR(Very High Frequency Omni-Directional Range, 超短波全方向式無線標識)のすぐ南にあるアラーナ・インターセクションの上空をUH-60Aで飛行中に経験した、悪名高いデュアルエンジン・ロールバック(dual-engine rollback,  両エンジンの非過渡的な回転数低下という事象です。

その飛行は、ハワイ島のブラッドショー陸軍飛行場から計器飛行方式で離陸することで、いつもどおりに始まりました。目的地は、オアフ島のウィーラー陸軍飛行場でした。機長は私でしたが、副操縦士も中隊で指折りの経験豊富なパイロットでした。私の総飛行時間は約2,000時間で、副操縦士の飛行時間は1,000時間に近づいていました。ご存知のとおり、1,000時間というのは、レディネス・レベルの昇格が期待できる飛行時間です。

離陸したあとは、VMC(visual meteorological condition, 有視界気象状態)をほぼ維持できる気象状況の中、オアフ島へと向かう2時間の快適な飛行が始まりました。高度500フィートのVFR(visual flight rules、有視界飛行方式)飛行で景色を楽しみながら飛行したいところでしたが、単機での海上のVFR飛行は旅団規則で禁止されていました。この事案が起こるまで、私にはその規則の意味がまったく理解できていませんでした。しかし、まもなくそれを理解することになりました。

飛行開始から1時間半の間は、何の問題も起こりませんでした。私たちは、進入管制官の指示に従って、高度10,000フィートから徐々に降下していました。ホノルルVORから南に約13マイル、海岸から12マイル離れたアラーナ・インターセクションの手前2~3マイルに到着した時点では、高度6,000フィートを飛行していました。アラーナ・インターセクションに進入し、VORに機首を向けるため右に旋回し始めました。その時、パイロットであれば誰もが聞きたくないと思っている、あのエンジン音の変化が聞こえてきたのです。

そこからは、すべてがスローモーションのようでした。エンジンがスプールダウンする音が聞こえた瞬間、操縦桿を握っていた私は、PDU(pilot’s display unit, 操縦士用表示装置)に視線を移し、エンジンおよびローター回転数が両方とも低下しているのを確認しました。最初は過渡的な回転数の変動だと思いました。それは以前にも経験したことがありました。しかし、3つの計器(訳者注:2つのNp(パワー・タービン回転数)およびNr(ローター回転数))がすべて95%を下回っているのが確認できると、回転数低下を発唱し、コレクティブをわずかに下げて、インクリーズ/デクリーズ・スイッチを前に押し続けました。後になって聞いたところでは、他の搭乗員は私がふざけて緊急操作をやってみせていると思っていたようです。

低ローター回転の警報音が鳴り響くと、搭乗員全員が実際の緊急事態であることを認識しました。私は、オートローテーションと発唱し、コレクティブを完全に下げました。それから12時方向にある雲に入らないようするため、右に急旋回しました。緊急事態が発生してからこの時点までの時間は、約5~10秒でした。私がオートローテーションを開始して右旋回に入ると、副操縦士のジェイソンはCDU(central display unit, 中央表示装置)およびコーション・アドバイザリ・パネル(注意・勧告灯表示装置)を確認し、何が起こっているのかを把握しはじめました。私は「ジェイソン、回転が下がったエンジンはどっちだ?」と尋ねました。ジェイソンは「マット、2つとも低い」と答えました。

それは予想外の答えでした。「両方のエンジンの回転数が低下して、停止しないことなんてことがあるだろうか? ジェイソンは計器を見間違っているに違いない。」そう考えながらも、定常オートローテーション状態の確立に努めました。110ノットだった速度を85ノット程度まで減じ、機首を下げると、海上をオアフ島に向かって進んでいる大型船の方向に旋回し始めました。後になって、なぜ船の方向に旋回したのかと聞かれましたが、船上に着艦しようと思っていたわけではありません。もしも泳がなければならなくなった場合に備え、何かに近づいておきたかっただけです。

私がオートローテーションを確立しようとしている間、ジェイソンはこの緊急事態の原因を探り続けていました。確かなことは、我々が直面しているのはこれまでに経験したことのない事態だということだけでした。私はジェイソンにもう一度尋ねました。「どっちのエンジンが低いんだ?」彼は「マット、言ったじゃないですか、2つとも低いんです」と答えました。当然のことですが、その声は前回よりも強く、少しいらついていました。瞬間的にCDUに目をやると、確かにどちらのエンジンも低いのが分かりました。すぐに目に入ったのは、Ng(ガス・タービン速度)の表示でした。2つのエンジンのいずれもが約65%を示していました。ブラックホークの場合、これはエンジンがアイドル状態にロールバックした(戻った)ことを意味します。

最終的なエンジン回転数の値は正確には思い出せませんが、ローター回転数は約102~103%を維持していました。私は機外に視線を戻してからジェイソンに言いました「何が起こっているのか分からん。」それに対してジェイソンは、言葉を選ぶようにしながら「同意します」と答えました。

ジェイソンは、No.2エンジンのロックアウト(訳者注:PCLを最前方まで押し出して、エンジン・コントロールをマニュアルに切り替えること)を行う、と発唱しました。私は「了解、No.2をロックアウト」と答えました。しかし、ジェイソンがエンジンのPCL(power control lever, パワー・コントロール・レバー)に手を伸ばしたとたん、エンジンの回転数が回復し始めました。言っておきますが、それはPCLとは無関係です。ジェイソンはPCLに手を添えただけで、何も動かしていませんでした。

エンジン回転数が上昇を始めるとすぐに、私はこう言いました。「待て。そのままにしておけ。」この決定に疑問を抱く人もいると思いますが、私の立場になって考えてもらいたいと思います。2つのエンジン回転数が同時に低下するというのは、これまで経験したことのない事象です。そして、今、それが復旧しつつあります。状況を悪化させる可能性のあることは、何もしたくありませんでした。さらに、高度はまだ4,000フィートほどあり、泳がなければならなくなるまでにはまだ時間がありました。

ジェイソンはPCLに手を添えたままでしたが、ロックアウトはしませんでした。エンジン回転数が約95%まで上昇するとすぐに(1時間くらいに感じられました)、コレクティブをゆっくりと引き始めました。ローターに負荷がかかるのが感じられ、ローターと再かん合したときのエンジンの鳴き声が聞こえました。

エンジンとローターが98%近くでかん合すると、再び両方のエンジンの回転数が低下しました。ただし、今回は90%まで低下しただけですぐに上昇し、100%まで回復しました。この挙動は、私にとって馴染みのあるものでした。私はジェイソンに提案しました。「おい、エンジンが反応しているようだ。もう一度コレックティブを引いてみて、どうなるか確認しよう。もしエンジンが95%以下になった場合は、No.2をロックアウトしよう。」ジェイソンは、OKと答えました。エンジンとローターが再びかん合すると、3つの計器すべてが約95%から最大102%まで変動してから安定しました。その後、高度2,000フィートから3,000フィートで水平飛行に移行しました。

その間にジェイソンは、ホノルル進入管制官に向かって無線で叫んでいました。オートローテーションに入った時点でメーデーをコールしていましたが、管制官たちが欲していた詳細な情報を伝える時間はありませんでした。ジェイソンは無線で状況を説明し、何度もやり取りを繰り返した後、ホノルルの4Rランウェイに着陸することを伝えました。管制官たちは、その要求をまったく歓迎していませんでした。そのままウィーラー陸軍飛行場に向かうことを望んでいたのです。しかし、ジェイソンと私はできるだけ早く地上に降りたいと考えていました。発生した事象は重大なものであったし、それが再発した場合の対処方法が分からなかったからです。

管制官と通話している間も、ジェイソンはNo2エンジンPCLに手を添えたままで、PCUからも目を離しませんでした。私たちは発生した事象について確認し合いました。エンジン出力の過渡的な変化については知っていましたが、今回の緊急事態は通常の過渡的な変化とは異なっていました。冗談ぬきに泳ぐことも覚悟する中、何よりもこれ以上に状況を悪化させたくありませんでした。

それからの10分に満たない飛行の間は、エンジン回転数が95%近くまで過渡的に変化するたびに眉間にしわが寄った以外には、ほとんど何も問題が生じませんでした。ホノルルに着陸した私達は、電話での報告を開始しました。最初に指揮官に電話し、それから他の関係者に電話をしました。すべての報告が完了し、機体と搭乗員の回収要領が検討され始めると、発生した事象を再確認する時間ができました。

搭乗員全員が集まって、話し合いを始めました。最も驚いたことは、緊急事態に対して過剰に反応した者が誰もいなかったことでした。クルー・チーフのアンドリューは、ジェイソンと私があまりに平静を保っていたので、ただ普通に会話しているだけだと思ったと言って笑いました。私は、本当のところは小便をチビりそうだったと笑いながら答えました。私たちは、クルー全員が訓練されたとおりの方法でそれぞれの能力を発揮できたことを確認し合いました。避けなければならないことは、緊急操作手順の実行に時間を割いて、状況をさらに悪化させることでした。私たちの場合は、十分な時間がありました。この緊急事態は高度6,000フィート、速度110ノットで発生したからです。最初は一方のエンジンをロックアウトしようとしました。しかし、故障状況が正確に把握できていない中、それが状況を悪化させなかったとは誰も言えないはずです。

それから数週間続いた上司や同僚たちによる原因究明は、耐え難いほどの苦痛をもたらすものでした。私の記憶が正しければ、大隊長が整備担当士官に発した最初の質問は「やつらは何を間違ったんだ?」というものでした。その発言は控えめに言ってもユーモラスなものです。航空機搭乗員である私たちに求められるのは、理解できないことを迅速に判断することです。また、なぜドアを投棄しなかったのか、という質問も何度も受けました。私はそのたびに「オートローテーション降下中に投棄したドアはどこに行くんだ?」と応えました。ばかげた質問だと思う人もいるかもしれませんが、実際のところは、これが事案発生後の私に対する最も一般的な質問のひとつでした。

さらに、ブラックホークにデュアルエンジン・ロールバックは起こり得ないと言う人が本当にたくさんいたし、今もたくさんいます。そういうことを言う人には、Flightfaxの1999年5月号の記事を読んで出直してこい、と応じています。改めて言いますが、デュアルエンジン・ロールバックは起こります。Googleで検索すれば、それに関する記事が簡単に見つかります。

今回の事象の原因についての私への説明は、1つの特定の原因によるものではないというものでした。ただし、アンチアイス・スタート・ブリード・バルブに漏れがあり、一方のエンジンのECU(Engine Control Unit)に熱損傷を発生させていたことが判明しました。また、エンジン・スピード・ポテンショメータに接続されているワイヤにも損傷が発見されました。

試験飛行操縦士ではない私では理解が不正確かもしれませんが、本事象は次のような経過で生じたとのことでした。一方のECUの過熱により一方のエンジン出力が低下し、ポテンショメータの不具合によりもう一方のエンジンもそれに追従して出力が低下した。ECUが冷えると、両方のエンジンが元の状態に復旧した。それは私にとっては十分に納得できる説明でした。

この事象については、関連する企業の担当者が情報を共有し、問題を解決するか、少なくとも同種事案の発生を防止できると言える対策がとられたと理解しています。私達の経験したデュアルエンジン・ロールバックが、90年代に発生したすべてのロールバックと同じ原因で発生したのかどうかはわかりません。しかし、両方のエンジンがロールバックしたことは確かです。もし、飛行高度が6,000フィートではなく500フィートだったら、オアフ島まで泳いでいた可能性も十分にあるのです。

デュアルエンジン・ロールバックという事象を把握できている今であれば、もっと短時間に発生状況を把握し、それに対処する自信があります。PCLがフライ(飛行)に設定されている状態で両エンジンのNg(ガス・タービン速度)が低下したならば、問答無用で一方のエンジンをロックアウトするでしょう。

付け加えておきたいのは、飛行中には何が起こるか分からないということです。運用規定の第9章に記載されていないからといって、そのようなことが起こらないまたは存在しないとは限りません。ちなみに、運用規定には、エンジン回転数が低い場合にはインクリーズ/デクリーズ・スイッチを確認するように記述されています。私達はもちろんそれを行いましたが、効果はありませんでした。私は、飛行中に実際に経験するまで、デュアルエンジン・ロールバックについて聞いたことがありませんでした。しかし、私が自分の経験を話すと、その事象をよく知っている人々からいくつもの話が聞こえてきました。1999年のFlightfax記事の存在を知ったのもその時のことでした。

騒ぎが少し収まった後、ロールバックに関する情報を入手しようとしたジェイソンは、Hawkdriver.comにそれに関する記事を投稿しました。何人もの人々がそれに反応してくれました。ただし、今日に至るまで「そんなことはありえない」という以外の言葉を見たことも聞いたこともありません。そういった投稿には「あなたは間違っている!」と丁寧に返信するようにしています。

                               

出典:Risk Management, U.S. Army Combat Readiness Center 2015年11月

翻訳:影本賢治, アビエーション・アセット管理人

備考:本記事の翻訳・掲載については、出典元の承認を得ています。

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6件のコメント

  1. 管理人 より:

    昨年4月6日に発生した陸自UH-60JA航空事故の調査結果について、「ロールバック」という事象の発生が要因であったとの発表があったことから、関連する記事を翻訳してみました。
    ただし、本記事は左右両方のエンジンに同時に「ロールバック」が発生するDER(デュアル・エンジン・ロールバック)に関するものであり、陸自の事故とは事象が異なっています。
    「UH-60JAの航空事故調査結果について」(陸上幕僚監部)

  2. 飛龍ワンワン より:

    ロールバックについて事故調査結果を読んでも良く分からず、ネットで検索しても良く分からず、丁寧な翻訳を読んで理解できました。ありがとうございました。とてもわかりやすかったです。
    アメリカではロールバックが起きていて(しかもエンジンニ機ともロールバックもある)日本では今まで起きて無かったのが、何故なのか不思議に思いました。
    ロールバックの原因が複数あるのか、大体同じなのか分かりませんが、事故調査結果記載の空気圧ラインの一時的な異常が、エンジン制御系統の異常に繋がる理由の一つ(空気が漏れてECUという機器が加熱し制御系に異常)を理解できました。ありがとうございました。

    • 管理人 より:

      コメントありがとうございます。
      私の記事がお役に立てたのであれば、大変光栄です。

      なお、ご理解いただけているとは思いますが、陸自機事故調査結果の「エンジン制御系統又はそれに関連する空気圧ラインの一時的な異常(漏れ・詰まり)」は、本記事の「アンチアイス・スタート・ブリード・バルブの漏れ」とは別のものである可能性があります。

      調査結果には具体的には示されていませんが、HMU(燃料制御装置)にP3(コンプレッサー出口圧力)を供給するラインに異常があった場合が最も直接的に影響すると考えます(あくまでも個人の意見です)。
      P3が下がった場合、HMUは、コンプレッサーが十分な量の空気を燃焼室内に供給していないと判断し、燃料流量を減らすことになります(本当はもっと複雑みたいです)。

      今後とも、よろしくお願いいたします。

      • 飛龍ワンワン より:

        追加で解説頂き、ありがとうございました。より深く理解することが出来ました
        新聞各紙の記事も微妙に違い、事故調査結果も分かりにくく、調査結果が言おうとしていることは管理人さんが言われる、個人の意見のほうが燃料供給が減る原因に近いのだと思いました。
        仕方ないとは思いますが、民間機の事故調査結果報告に比べて分かりにくく、管理人さんの解説のお陰でロールバックの推定原因を深く知ることができ有り難いです。
        記事の内容も、どんな仕事にも当てはまるなと思いました。クルーコーディネーションは大切ですし、早く判断して早く安全な状態にする、想定外の事が起こるはずがないと思い込まないなど。製造業の工場勤務ですが自分に当てはめて活かして行きたいなと、思いました。ありがとうございました。

  3. 管理人 より:

    「デュアルエンジン・ロールバック」に「 両エンジンの非過渡的な回転数低下」という訳語を付記しました。