ブラック・ホークに轢かれた事故
安全規律の重要性
常識。それは、我々が思っているほど常識ではありません。定められたSOP(standing operating procedures, 作戦規定)に従わなかったり、事故などが発生した後にそれを見直したり、変更したりしなかった場合には、避けられたはずの悲劇が起こってしまうのです。
機体の洗浄は、本来、危険な作業ではありません。しかしながら、そのための機体の移動には危険が潜んでいます。ヘリコプターに人が轢かれたという話は、めったに聞くことがありません。しかし、数年前の9月のある日、クウェートで、ある兵士がブラック・ホークに轢かれるという事故が発生しました。そんなことは、めったにあることではないと思うかも知れませんが、なんと、その6週間前の7月にも、同じ飛行場で、別な部隊の隊員が驚くほど似たような状況で轢かれていたのです。その事故で負傷した隊員は、けん引されている機体のキャビンに乗っている隊員と話をするために、機体に近づこうとしていました。転がっている車輪に接近していることを認識していなかったため、ズボンの裾がそれに引っ掛かり、左足が回転する車輪の内側へと引っ張り込まれたのです。足首が轢かれて90度ねじられ、膝蓋骨(しつがいこつ、膝の皿)を脱臼しました。
9月の事故を発生させた部隊の隊員たちは、この事故のことを知っていたのです。にもかかわらず、どうしてまた同じような事故がすぐに起こってしまったのでしょうか?
事故の発生状況
9月の事故が発生した時、洗機場から整備格納庫までエプロンに沿ってけん引されていたUH-60のキャビンには、1名の隊員が乗っていました。その隊員は、機体のけん引作業とは無関係な隊員でした。タワーから整備格納庫までの長い距離を歩くのがいやだったので、機体に乗せてもらうことにしたのです。
牽引車のドライバーを兼務していた作業指揮官は、その隊員が機体に乗っていることに気づかなかったと述べています。トーイング・バーは、機体の後輪に接続されて、機体を後ろ向きに引っ張ります。また、牽引車のドライバーがけん引中の機体を振り返ったとしても、スタビレーター(水平安定板)が下げられていたため、キャビンが全く見えない状態でした。しかも、牽引車のドライバーは、機体を移動している間、障害物を監視するため機体の進行方向を見ているのが通常なのです。
キャビンに乗っていた隊員は、機体の右側方に足をぶら下げた状態で座っていました。キャビンの床は、洗機の影響で濡れていたので、あまり濡れていない前方部分に位置していました。ズボンのすそが回転する車輪に絡まり、体が機体から引っ張り下ろされて主脚の下に引き込まれ、左足が轢かれて押しつぶされるとともに、右足の足の裏が骨から引き剥がされました。
なぜ事故が起こったのか?
そもそも疑問なのは、なぜ、この隊員がヘリコプターに乗っていたのかということです。SOPには、「けん引中の機体には、ブレーキ操作員以外が搭乗してはならない」と記載されています。作業の監督は、適切に行われていたのでしょうか?前回の事故を踏まえた手順の修正や徹底は、適切に行われていたのでしょうか?
リーダーには、危険を認識し、リスクを軽減する責任があるのです。7月の事故の後、側方監視員は、ローター圏外を歩くように指導されていました。機内にいる者と会話する必要がある場合には、牽引車のドライバーにそれを伝え、機体が完全に停止してから、ローター圏内に入ることになっていました。同じくクウェートに駐在している海軍救急航空(Air Ambulance)派遣隊では、側方監視員は、牽引車のドライバーに警告を発するためのホイッスルを携行するようにSOPで定められています。牽引車のドライバーは、けん引中、機体とは反対の方向を見ていることが多いからです。
人間が緊急事態に対応するためには、4~8秒の時間が必要なことが研究で分かっています。何か問題が生じたことに気付くまでに2~4秒、それに対して行動するのに2~4秒が必要なのです。どんなに反応の速い者であっても、手遅れになる前に、牽引車のドライバーに向かって「ストップ!」と叫ぶことは困難なのです。キャビンの前方に位置している主脚は、ゆっくり歩く程度の速度であっても、2秒間でキャビン全長の半分くらいを転がってしまいます。
重要なことは、機体が後方にけん引されている場合、キャビン区域全体が危険ゾーンであることを認識することです。主脚の車輪がキャビンの方向に向かって転がっているのです。これは直感に反することであり、後席に乗客として乗った経験しかない者にとっては、認識しにくいことなのです。
結 論
9月の事故の原因は、規律の欠如にあったと言わざるを得ません。仲間を機体に乗せてやろうと思った側方監視員は、牽引車のドライバーであり、けん引作業を任されていた下士官のブリーフィングでの指示を無視したのです。負傷した兵士は、この事故が発生した日に休暇で帰省することになっていました。結果的に、この事故により帰国することになりましたが、数か月に渡って勤務を中断しなければならなくなりました。緊急手術を受けた後、長いリハビリテーションに耐えなければならなかったのです。不幸中の幸いだったのは、事故の後遺症が残らなかったことでした。
この事故は、兵士としての日々の生活における安全規律の重要性について、痛々しい教訓を与えてくれました。必要なことは、積極的に危険を認知し、他者の過ちから学ぶことです。他者から学ぶことができなければ、そのつらい教訓を自ら学ぶことになるのです。残念なことに、この事故の教訓はまたもや生かされませんでした。さらに2週間後、同じ飛行場で、夜間、イラクに向かっていた展開部隊が3番目のけん引中の事故を起こしてしまったのです。
事故防止のための提言
・すべての機体の取扱書に「ブレーキ操作員に指定された者以外のけん引中の機体への搭乗を禁止する」という警告が追記されべきである。
・部隊SOPには、「側方監視員は、ホイッスルを携行し、牽引車のドライバーへの警告を行えるようにすること」という記述が追加されるべきである。牽引車のエンジン音やエプロン上で地上運転中の航空機の騒音で、牽引車のドライバーには、声が届かないからである。
・部隊SOPには、「側方監視員は、移動中の機体に歩行者が近づいた場合、それを制止しなければならない」という記述を追加すべきである。
・責任者である下士官は、機体のけん引前に安全ブリーフィングを実施し、「けん引作業中に機内に人員を搭乗させてはならない」という指導を繰り返し行う必要がある。
編集者注:この記事は、著者たちが、ユタ州ウエスト・ジョーダンの第211全般支援航空大隊第2大隊司令部中隊の一員としてクウェートに派遣されている間に執筆したものである。
出典: Risk Management, U.S. Army Combat Readiness Center 2019年03月
翻訳:影本賢治, アビエーション・アセット管理人
備考:本記事の翻訳・掲載については、出典元の承認を得ています。
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3件のコメント
航空機の車輪は、地上移動に係る作業員の安全性を考慮した設計とは、必ずしもなっていません。このような事故は、起こりがちだと思います。
文中に「海軍救急航空(Air Ambulance)派遣隊」という部隊がでてきます。「Air Ambulance」は、ドクターヘリに近いもののようですが、搭乗しているのは医者ではなく、衛生兵のようです。New Navy Air Ambulance Company Provides MEDEVAC Support
「すべての機体の取扱書に『ブレーキ操作員に指定された者以外のけん引中の機体への搭乗を禁止する』という警告が追記されるべきである。」という文の原文は、「A 2028 should be submitted for all airframe operators’ manuals with a warning to mandate that no one is to ride in a towed aircraft except the individual on the towing team appointed to ride brakes.」です。この「2028」の意味について、Risk Management編集部に問い合わせたところ、様式2028と呼ばれる改正提案書を指しているとのことでした。筆者は、この様式をもって、他の誰かから改正提案が提出されることを求めていることになります。