医療後送任務中の意図しない計器飛行状態

その日の夜勤は、航空医療パイロットにとっていつも通りに始まりました。午後7時までにログインし、下番するパイロットから日中の活動について申し受け、天候、航空情報、一時的な飛行制限といった関連情報を確認しました。VFR(visual flight rules, 有視界飛行方式)になるのは21時以降と予報されていたので、それまではテレビで面白い映画が見られるだろうと楽しみにしていました。看護師や救急救命士とのクルー・ブリーフィングは、静かな夜、あるいは少なくとも普段通りの夜になりますように、という冗談めかした祈りで締めくくられました。数時間後に航空医療業務における死亡事故の主要因の一つとなっている状況に陥ってしまうとは、知る由もありませんでした。
23時に電話が鳴り、静かだった夜の終わりを告げました。地元の町で刺傷事件が発生し、航空輸送が要請されたのです。天候を確認すると、高度2,500フィートに雲が散在し、視程は6マイルでした。レーダーには点在するにわか雨がいくつか映っていましたが、クルーや私が任務を断るほどのものではありませんでした。われわれは、ベル206L4(訳者注:TH-67クリーク)まで早足に向かい、現場へと離陸しました。飛行中の天候は、離陸前に受け取った情報が正しいことを裏付けていました。この任務は、現場に到着し、患者を収容し、病院に戻るという、迅速かつ容易なものになるはずでした。もしかしたら、朝の交代時間までに数時間眠れるかもしれないとさえ思っていました。
現場に着陸するとすぐに、任務が変更されました。病院の救急治療室が満室なので、患者をさらに遠い医療施設へ搬送せよという指令を受けたのです。天候を素早く再確認すると、その目的地はさらに良い状態であることがわかりました。燃料は十分にあり、患者の状態も安定していたので、その変更を了承しました。数時間眠るという望みは絶たれましたが、航空医療業務において任務の変更は日常茶飯事です。
われわれは患者を収容し、離陸しました。高度2,000フィートまで上昇し、飛行を続けていると、突然、完全に雲に包まれていることに気づきました。地上灯火が徐々に消えていくというような前触れはありませんでした。恐怖と否定の感情に襲われた私は、何もできませんでした。私の口から出た最初の言葉は、「IMC(instrument meteorological conditions, 計器気象状態)に入った!」でした。航空医療要員たちの最初の反応は、完全な沈黙でした。彼らもまた、現実を受け入れられずにいたのだろうと思います。私のあらゆる本能は、雲から抜け出すためにコレクティブを下げたがっていましたが、それまでの訓練がそれを許しませんでした。私は「まず機体を飛ばせ」と自分に言い聞かせました。
180度旋回してVMC(visual meteorological conditions, 有視界気象状態)に戻ろうと試みましたが、うまくいきませんでした。できるだけ早く雲から抜け出す方法を探りながら、IFR(instrument flight rules, 計器飛行方式)飛行に気持ちを切り替えるのに苦労しました。私は、IIMC(inadvertent instrument meteorological conditions, 意図しない計器気象状態)手順を開始し、地元の進入管制機関に窮状を打ち明けました。激しい雨が機体を叩き、稲妻が光る中、状況は悪化し続けました。発達中の雷雨に突入してしまったのです。私は管制官に、この天候から抜け出すための進路指示を要求しました。管制官は、数マイルで雷雨を抜けられるはずだという言葉で安心させながら、進路指示を行ってくれました。
事態は急速に進行していました。私は常に「まず操縦、次に航法、最後に通信」と自分に言い聞かせなければなりませんでした。高度、対気速度、機首方位を維持しながら、計器状態で夜間進入を行うために必要なアビオニクスのセットアップを行うことが、これほど困難だとは予想していませんでした。それは、便利なガーミン430 GPS(Global Positioning System, 全地球測位システム)を使っていても、単独で飛行するパイロットにとって困難なタスクでした。幸いにも、管制官の情報は正しく、計器着陸装置への進路指示を受けながら嵐を抜けることができました。管制官に有視界状態への復帰を報告し、動揺はしたものの、無事に着陸することができました。
教訓
あの夜を振り返ると、苦労して得た教訓がいくつか思い浮かびます。第一に、悪化する天候状況の中で、いつIMCへの移行を決心するのかという問題について、自分の中で全く整理できていなかったということです。今回は決心することを余儀なくされましたが、次回はそれほど明確ではないかもしれません。どうしてVMCを維持するために減速し降下しようとしてしまうのでしょうか? それは個々のパイロットの判断に委ねられていることです。しかし、その状況が発生したとき、それは議論の時となるのでしょうか、それとも行動の時となるのでしょうか? 事前に決めておけば、緊急の計器状態への気持ちの切り替えがはるかに容易になるでしょう。
第二に、緊急事態のストレスが、薄暗いコックピットでGPSに進入方式を入力するといった単純なタスクをいかに困難にするかということです。いざ本番となって頭が真っ白になったときに、このストレスを軽減してくれるのは、訓練の積み重ね以外にありません。
最後に、天候が回復傾向にあったことが、私の油断につながりました。私は警戒を解いてしまい、捕まってしまったのです。あの夜、私は事前対応型ではなく、事後対応型にならざるを得ませんでした。次に計画が変更されたときには、より良く準備しようと決意しつつ、この経験から立ち去りたいと思います。
出典:Risk Management, U.S. Army Combat Readiness Center 2025年08月
翻訳:影本賢治, アビエーション・アセット管理人
備考:本記事の翻訳・掲載については、出典元の承認を得ています。
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