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陸軍航空の情報センター

航空医官に聞く:パイロットの妊娠

少佐(医官)ダグラス・R・ホゴブームおよび医師マイケル・T・アクロマイト

質問:先生、そろそろ子供が欲しいと思っています。妊娠することによって、搭乗勤務にどのような影響があるのでしょうか?

航空医官:まずはじめに、とても重要なことについて質問してくれたことに感謝します。多くの女性が妊娠中もパイロットとして安全に勤務していますが、それにはリスクが伴うことも認識すべきです。飛行中には、さまざまな外的要因(騒音、振動、温度変化、酸素の減少、重力加速度(G)、有毒ガスなど)にさらされるリスクがあります。このような外的要因が母体や胎児に何らかの影響を及ぼすことは分かっていますが、その影響の大きさについては良く分かっていません。その理由は、これに関する研究が倫理上の配慮から制約を受けてきたことにあります。ただし、航空環境およびそれ以外の環境において、自然にあるいは偶然に、予期せずにこのような外的要因にさらされてしまった事例から、それらがヒトの妊娠に及ぼす影響について、貴重な知見を得ることができています。また、動物実験からも、それを補完する情報が得られています。さらに、航空科職種内においては、航空安全の観点から妊娠に関する状況を把握するための調査も行われています。アメリカ陸軍航空医療機関(The U.S. Army Aeromedical Activity, AAMA)は、現時点における陸軍の方針と妊娠および安全に関するこれらの知見に基づいて、陸軍妊娠航空医療方針書(Army Pregnancy Aeromedical Policy Letter, APL)を作成・発簡しています。

妊娠の期間は、通常、約40週間であり、約3カ月ごとの3つの期に区分されます。母体と胎児に影響を及ぼす変化、経過、およびリスクは、それぞれの期によって異なります。妊娠初期は、胎児の臓器系の発達のために重要な時期であり、外的要因による影響を最も受けやすい時期でもあります。この時期は、自然流産または環境原因による流産のリスクが最も高くなります。妊娠中期および後期は、流産の危険性は低くなりますが、外的要因による早期陣痛、早期分娩などの可能性があります。

リスク

生理学的、医療的、および外的要因によるリスクは、妊娠期間の経過に伴って変化します。また、胎児の発育と成長を促進するため、母体の生理機能も変化します。これらの変化には、ホルモン、血液、心臓機能、血圧、呼吸機能、視力、および血液凝固代謝などの変化が含まれます。妊娠中におけるこれらの変化は、一般的には「正常」と見なされますが、妊娠中の飛行士には予期しないリスクをもたらす可能性があります。

ホルモンの変化は、つわりとして知られる吐き気や嘔吐を引き起こす可能性があります。これは、苦痛や注意散漫をもたらし、飛行安全上問題のある薬を飲むことが必要となる場合もあります。幸いなことに、通常、これらの症状は、妊娠初期だけに発生し、妊娠中期には収まります。

妊娠中には、胎盤の流れと血管の弛緩のため、血圧が低下します。このため、「失神」しやすくなり、飛行リスクを高めることになります。また、妊娠性高血圧症を発症する場合もあります。これは、胎盤や胎児の成長に影響を与える可能性があり、投薬が必要になる場合もあります。母体の腎臓などの器官に影響が及ぶと、妊娠高血圧腎症と呼ばれるようになり、頭痛、視力の変化、腹痛、精神状態の変化などの航空機の安全性に影響を及ぼす症状を引き起こします。症状が悪化すると子かん(しかん)と呼ばれる発作が起こることもあり、航空機の運航に重大な影響を及ぼします。

胎盤により多くの血液を供給しなければならなくなるため、血液などの体液の量が増加します。体液の増加は、腫れを引き起こす可能性があります。腫れなどによる体形の変化は、不快感を生じさせたり、安全装具の装着性を損なったり、機内からの脱出を困難にする可能性があります。また、母体の角膜に影響し、視力の低下をもたらす可能性もあります。

血しょう(血液の水分の多い部分)の増加量は、赤血球(酸素を運搬する細胞部分)よりも多くなるため、血液が薄くなります。この症状は、一般的に「妊娠中の貧血」と呼ばれています。妊娠による正常な状態と見なされることが多いですが、けん怠感、息切れ、視力の低下、さらには「失神」を引き起こすことによって、飛行安全に影響を及ぼす可能性があります。

妊娠中の血液は、凝固しやすくなります。この傾向は、妊娠初期に始まり、徐々に強くなり続け、出産後6週間まで続きます。このため、血栓のリスクは、出産の直前とその直後に最大になります。これは、出産時の失血を減少させるのに役立ちますが、突然に危険な血栓が生じる可能性もなくはありません。

妊娠による血液の状態の変化は、肺と腎臓にも影響を及ぼします。母体の呼吸パターンが変化し、肺に体液がたまりやすくなり、肺炎を起こしやすくなります。腎臓によって生成される尿が増え、頻尿となり、ぼうこうや腎臓が感染しやすくなります。

妊娠中のホルモンは、インスリンと血糖に影響を与え、インスリンが効きにくくなり、血糖値が上昇します。このことは、通常、成長期の胎児には良いことなのですが、血糖値が極端に高くなると、母体および胎児が危険にさらされる可能性があります。血糖値が異常に高い場合には、妊娠糖尿病と呼ばれます。通常、これらの変化は、産科医の検診によって把握され、必要な処置が行われます。ただし、パイロットの場合は、排尿の増加、視力の低下、けん怠感、「失神」などの症状の発生が懸念されます。

航空機の騒音や振動は、母体と胎児にリスクをもたらす可能性があります。胎児の聴覚器官は、妊娠18〜20週で発達し、影響を受ける可能性があるのです。動物実験では、母体の皮膚、筋肉、子宮および胎盤が外的要因からの影響を減少させることが確認されていますが、ヒトでは確認されていません。航空機以外の環境においては、振動が早産や成長阻害の可能性を高めるという研究結果もありますが、航空機については明らかにされていません。

妊娠前から貧血、高血圧、甲状腺障害、糖尿病、精神状態などの病気にかかっていた場合、妊娠によりその症状が悪化または変化する可能性があります。このことは、病気による飛行制限の免除を受けていたパイロットが、その後妊娠した場合には、特に重要です。

予 防

陸軍妊娠航空医療方針書は、これらのリスクを考慮し、飛行中の母体と胎児を保護するために必要な予防措置を定めています。妊娠12週までは、子宮外妊娠のリスクが高いため、フライト・シミュレーター以外での飛行は禁止されています。また、妊娠25週以降も、出産のリスクが高いため、同様となっています。妊娠12週から25週の間は、機内高度が海面上10,000フィート以下で、2発以上のエンジンを搭載し、射出座席を装備せず、2名のパイロットが操縦する航空機であれば、操縦ができます。2名のパイロットが操縦する航空機に限られているのは、妊娠状態の突発的進行、生理学的な変化、および血栓、「失神」、および視力低下に伴うリスクに対処するためです。機内高度の制限は、母体と胎児への十分な酸素を供給するためのものです。最後に、妊娠25週から出産までの間は、早産、破水、出血、血栓、妊娠高血圧腎症のリスクが高まるため、飛行任務の遂行が禁止されています。これらの制限は、産後6週間で解除されます。妊娠中の飛行に関しては、潜在的なリスクと安全上の制限に関する理解を確実にするため、航空医官または航空医師助手(アシスタントドクター)(flight surgeon/aeromedical physician assistant, FS / APA)の認証を受けることが必要です。妊娠合併症が発生した場合は、産科医からの情報を利用しつつ、航空医官または航空医師助手が対処します。

アメリカ陸軍以外の軍種においては、航空機の種類も異なり、関連するリスクも異なるため、妊娠を飛行資格の欠格事由とみなし、飛行制限の免除がなければ飛行させないのが一般的です。アメリカ陸軍では、完全に訓練されたパイロットであれば、合併症のない正常な妊娠である限り、飛行資格の欠格事由としては扱わないことが安全規定に定められています。ただし、航空医官などに妊娠を通知し、産科医の診察を継続的に受け、陸軍妊娠航空医療方針書および航空医官などの指示に従わなければなりません。また、安全確保のために追加の注意喚起、飛行制限の免除、または飛行停止が必要となる場合があるため、医学的変化や合併症があった場合は、必ず航空医官などに通知しなければなりません。

Fly Safe!(ご安全に!)

出典:https://taskandpurpose.com/news/military-pregnancy-deployment/

航空医官に質問はありませんか?

回答してもらいたい質問があれば、AskFS@quad-a.org に電子メールで送付してください。個人的な健康問題については、部隊の航空医官に相談してください。

ここに記載した見解および意見は、著者および研究者の個人的なものであり、特に明記されていない限り、陸軍省の公式な見解等ではありません。この記事には、米国エネルギー省とアメリカ陸軍航空医療機関の間の省庁間協定に基づき、オークリッジ科学教育研究所が管理している、アメリカ陸軍航空医療機関が実施する研究参加プログラムの成果が部分的に引用されています。

MAJ Douglas R. Hogoboom, D.O. 少佐(医官)ダグラス・R・ホゴブームは、アメリカ陸軍航空医療学校の航空医官である。医師マイケル・T・アクロマイトは、産婦人科および航空宇宙医学を専門家とする、アメリカ陸軍航空医療機関の上級研究員である。両名とも、アラバマ州フォート・ラッカーで勤務している。

訳者注:写真は、訳者が追加したものであり、本文とは無関係です。

                               

出典:ARMY AVIATION, Army Aviation Association of America 2021年06月

翻訳:影本賢治, アビエーション・アセット管理人

備考:本記事の翻訳・掲載については、出典元の承認を得ています。

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