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AH-1の思い出

Aviation Assets管理人

写真:陸上自衛隊HP

はじめに

AH-1は、1965年に初飛行し、1967年にアメリカ陸軍に採用された攻撃ヘリコプターです。その設計は、当時既に装備化が進んでいた多用途ヘリコプターのUH-1をベースとし、エンジンや動力伝達などに共通の部品を使用するように行われました。射手と操縦手のコックピットが前後に配置されたタンデム式コックピットを採用するとともに、機体側面に武装を搭載するためのスタブウイングを装備した、世界初の攻撃専用ヘリコプターでした。
日本の陸上自衛隊には、対戦車ヘリコプターAH-1Sとして1979年から2000年までの間に90機が配備されました。AH-1Sは、陸上自衛隊の航空科部隊を「戦う陸上航空」へと変革させ、陸上自衛隊の対戦車戦闘の重要な一翼を担ってきました。すべての方面隊に配備されたこの機体は、駐屯地記念日などにも引っ張りだこでしたので、その精悍なスタイルや派手なパフォーマンスをご覧になったことのある方も多いと思います。

対戦車ミサイルは有線誘導

AH-1Sは、機首に機関砲、スタブウイングに対戦車ミサイルと空対地ロケットを搭載できます。その中で最も重要な役割を担っているのは、TOW(トゥと発音します)と呼ばれる対戦車ミサイルです。このミサイルは、前席の射手が照準器で目標を狙い続けると、そこに向かって自動的に誘導されるようになっています。その誘導には、有線誘導方式といって、ミサイルの後端から細いワイヤーがヒュルヒュルと伸び、そのワイヤーが伝える電気信号でミサイルを操縦するという今では旧式になってしまった方式が使われています。ワイヤーが機体のローターに絡まらないのかなと心配になりますが、誘導が終了するとランチャーから自動的に切り離されるようになっているので大丈夫です。

機敏な操縦性をもたらす安定性増大装置

AH-1Sの機体構造は、UH-1と似ている部分が多いです。メイン・ローターにも、UH-1と同じシーソー・ローターが用いられています。ただし、UH-1と違って機体の安定を保つ働きをするスタビライザ―バーがありません。その代わりに搭載されているのが、SAS(サスと発音します)と呼ばれる安定性増大装置です。
スタビライザ―バーは、機体姿勢の変化に応じて、ブレードの迎え角を機械的に補正します。これに対して、SASは機体姿勢の変化をセンサーで感知し、アクチェーターを電気的に制御して、プレードの迎え角を変化させます。このため、操縦性や安定性が向上し、UH-1よりも高い運動性能を発揮できます。

快適なコックピット

航空整備員だった私は、整備完了後の試験飛行のため、AH-1Sの前席に同乗したことがあります。他のヘリコプターとの一番の違いは、コックピット内が静かなことです。コックピットの容積が小さく、ドアが完全に密閉されているので、エンジンやローターの音が伝わりにくいためです。また、足元に窓がなく、ちょうど乗用車に乗っているような感じで体が外板に囲われているので、他のヘリコプターにはない安心感があります。さらに、エアコンも装備されているので、暑かったり寒かったりすることもなく快適です。
というわけで、もし、私がどこかに出かける時に「どれでも好きなヘリコプターでお送りします」と言われたら、迷わずAH-1Sを選びます。ただし、手荷物を積むところがないのが残念ですが...

機体後方への接近は危険

ミサイルやロケット弾が装てんされた機体に、不用意に近づくことは危険です。ミサイルなどが飛んでいく前方も危険ですが、それ以上に危険なのは発射ガスが噴出される後方に近づくことです。「後方危険域」と呼ばれるこの領域への立ち入りは、厳しく制限されています。
射場で整備員が妙に遠回りして歩いていても、行先を間違ったわけではありません。

機体先端部の周辺も危険

機体先端部の機関砲の周辺も危険です。こちらも砲弾が飛んでいく前方も危険ですが、パイロットの操作などによって高速で旋回する砲身自体も危険です。このため、整備員が機関砲の周辺で作業を行っている間、パイロットは両手を頭の上に挙げて誤操作を防止するようにしています。
射場でコックピット内のパイロットが万歳していても、降参したわけではありません。

釣りざおが大事

AH-1Sのローターも、エンジン停止後は、UH-1と同じようにタイダウンと呼ばれるフックのついた紐でブレードの先端と機体とを結びつけて、動かないように固定する必要があります。ただし、UH-1よりもブレードの先端から地面までの距離が遠く、そのままでは手が届きません。このため、釣りざおの先端部分にタイダウンのフックを取り付け、さおをスルスルと伸ばしてブレードに引っかけてからタイダウンを引っ張ります。
AH-1Sの周辺で隊員が釣りざおを持っている姿を見かけても、魚釣りに行こうとしているわけではありません。

おもちゃのバットも大事

AH-1Sのロケット弾は、機体の前方側からロケット・ポッド内に挿入します。ロケット弾の種類によってはポッドよりも長さが短いので、ポッドの前端よりもさらに後方へ押し込む必要があります。そのときに活躍するのが子供用のプラスチック製バットです。先端部を切り取って環状にすると太さがちょうど良く、ロケット弾やポッドを傷つけずにスルスルと押し込むことができます。
AH-1Sの周辺で隊員がおもちゃのバットを持っている姿を見かけても、野球をして遊ぼうとしているわけではありません。

射撃はとにかく大変

当たり前の話ですが、AH-1Sは射撃ができなければ話になりません。その最大の晴れ舞台は実弾射撃ということになります。ただし、これが結構大変です。
まず、射撃には多くの準備が必要です。そのひとつがボアサイトと呼ばれる、操縦席にある照準装置と機関砲やロケット、ミサイルの方向が同じになるように調整する作業です。ボアサイトの善し悪しは、射撃の精度に大きく影響を及ぼしますので、整備員たちは万全を期して調整を行います。
次に、弾薬を準備しなければなりません。機関砲の弾は弾底部の電子信管に電流を流すことで発射するようになっています。また、ロケット弾やミサイルも電流で発射されます。このため、弾薬を取り扱う際には、静電気の発生に十分に気を付けなければなりません。作業は、静電マットと呼ばれる導電性のあるゴム性のマットにアースをつなぎ、その上で行います。また、静電気が生じやすい化繊の衣類も着られません。
さらに、射撃には、射手であるパイロットの他にも、射撃を指揮する隊員、弾薬や燃料を補給する隊員、機体や通信器材を整備する隊員、射場を警戒する隊員、その人たちのために食事を準備する隊員など、たくさんの人員が必要です。広大な射場の安全を確保しなければならないため、特に警戒にたずさわる隊員の数は非常に多く、若い隊員の中には、部隊に配属されて何年もたつのに、いつも警戒ばかりでヘリが射撃をしているところを一度も見たことがないというような者もいます。
射撃後の撤収も大変です。特にTOWミサイルのワイヤーは人が引っかかったりすると危険なので、すべて回収しなければなりません。広い射場を徒歩で移動しながら、見えにくい細いワイヤーを回収するのは大変な労力を要する作業です。

おわりに

1998年までの間に約90機が調達されたAH-1Sですが、耐用命数に到達したものから退役しており、2022年度末には44機まで機数が減っています。2018年度には新戦闘ヘリの検討が開始されましたが具体的な計画が策定されることはありませんでした。2022年度には無人機で置き換えられてゆくことが発表されましたが、それが実現するまでの間は貴重な対戦車戦力として大切に使われてゆくことでしょう。

           

出典:Aviation Assets 2024年05月

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6件のコメント

  1. U-1大好き より:

    質問よろしいでしょうか。
    SASの事が紹介されていますが、以前、米海兵隊が使用していたUH-1Nにスタビライザーバーがついていない(最初は付いていた)理由もSASの有無が理由なのでしょうか?

    UH-1H/Jや米空軍UH-1Nにはスタビライザーバーがあるのに何故海兵隊のUH-1Nにはないのか疑問に思っていたので、もしご存じであれば教えていただけないでしょうか。

    • 管理人 より:

      コメントありがとうございます。
      UH-1Nにスタビライザーバーがついていないものがあるとは知りませんでした。
      おそらく、名前は違うかもしれませんがSASのような安定装置がついているのだと思います。
      調べてみて、何か分かったら回答させていただきます。

    • 管理人 より:

      SCAS(Stability Control Augmentation System)を装備した機体には、スタビライザー・バーがないようです。
      The United States Marine Corps (USMC) modified a large number of their UH-1Ns with a Stability Control Augmentation System (SCAS) which provides servo inputs to the rotor head to help stabilize the aircraft during flight. This modification removed the gyroscopic “Stabilization Bar” on top of the main rotor head, instead relying on the computer system for stability.
      https://www.nhahistoricalsociety.org/uh-1n-bell-208-212-twin-huey-usmc-slick-helicopter/