手抜きが常態化する時
逸脱の常態化がいかにして災害につながるか

標準からの逸脱の常態化がもたらす危険性
「標準からの逸脱の常態化」がもたらす危険性を考えるとき、「慣れが油断を生む(familiarity breeds contempt)」という古い格言が不気味なほど真実味を帯びてきます。社会学者のダイアン・ヴォーンが提唱したこの現象は、個人、グループ、または組織にとって許容できない行動、慣行、または状態が、徐々に正常なものとして受け入れられていくプロセスを表したものです。逸脱の常態化は泥棒のように静かに忍び寄り、それが不正行為であるという感覚を鈍らせます。それは通常、効率化、経費節減、あるいは単に「これがここでのやり方だ」という形で現れます。しかし、この標準以下の慣行を新たな常態として受け入れるという危険な傾向は、特に航空宇宙、医療、軍隊といったハイリスク分野において、壊滅的な結果をもたらす可能性があります。
受け入れられた逸脱の危険性
逸脱の常態化の真の危険性は、その巧妙さにあります。初めのうち、その逸脱は些細なことで、重要なことではないように見えるかもしれません。例えば、時間を節約するために手順を一つ飛ばすこと、「これまで問題になったことがないから」という理由で軽微な整備の実施を延期すること、あるいは忙しさを理由に車両運行管理規則を曲げて車両操縦手の訓練を省くことなどです。これらの些細に見える行為も、繰り返され、是正されないまま放置されると、安全マージンを侵食し、災害への道を開きます。これらの逸脱に対して異議が唱えられない状態が長く続くほど、それらは組織文化に深く根付き、根絶することがさらに困難になります。
アドバンスト・サーベイ・デザイン社のロバート・フィグロック博士は、2005年、軍の上級指導者たちに対し、ある的確な警告を発しました。「手抜きが日常となり、日常的な違反が常態となると、『ここではいつもこうやってきた』と認識されるようになり、もはや違反とは見なされなくなる。その慣行は、ルールの例外ではなく、ルールそのものになるのである。時が経つにつれて、正しいルールは失われてゆく。このような日常的な手抜きは、新人の隊員を訓練するために数多くのOJT(on-the-job training:実地訓練)を行う部隊にとって、大惨事発生への布石となる。」言い換えれば、逸脱が組織文化に根付くにつれて、それを根絶することは困難になり、チームを誤った安心感に陥らせ、最終的には悲劇的な結果を招く可能性を高めることになるのです。
組織文化:繁殖の温床
組織文化は、逸脱の常態化の助長または防止の双方において、重要な役割を果たします。手抜きを容認し、安全手順の遵守よりも業務の進捗や時間の節減を優先し、あるいはリスクに関するオープンなコミュニケーションを阻害する文化は、逸脱が根付きやすい肥沃な土壌を作り出してしまいます。その要因には、次のようなものが考えられます:
業務進捗への圧力またはオペレーション・テンポ(OPTEMPO): 不適切な計画や時間管理が、非現実的な締め切りや業績目標を生み出し、手抜きを促す。
経験への過信: 高度なスキルや経験を持つ隊員が、自分の専門知識によって安全に規則を曲げることができると考え、リスクを増加させる。
不文律の慣行: 逸脱が監督者によって対処されないまま放置されると、それが許容されるというメッセージを送ることになり、隊員が叱責を恐れることなく逸脱を続ける原因となる。
行動の正当化: 確立された逸脱が常態として受け入れられると、個人が危険な状況を認識したり、それに異議を唱えたりすることが困難になる。隊員は「いつもこうやってきた」とか、「これまで何も悪いことは起こらなかった」と考え、逸脱を正当化し、潜在的な危険を軽視しがちである。
壊滅的な失敗の不在: 組織が対応を余儀なくされるような重大な失敗や災害が発生していない場合、逸脱はチェックされないまま続くことになる。
コミュニケーションの阻害: 隊員が安全上の懸念を報告したり、危険な慣行に異議を唱えたりすることに不快感を覚える文化が存在すると、逸脱は蔓延し続けることになる。
ケーススタディ:逸脱が致命的になった事例
歴史上、逸脱の常態化を主要な原因とする事故は数多く発生しています。
チャレンジャー号スペースシャトル事故(1986年): 技術者たちは低温下でのOリングの性能について懸念を表明していましたが、打ち上げスケジュールの圧力と、Oリングが侵食されても打ち上げが見かけ上成功してきたため、その懸念は却下されました。この既知のリスクの常態化が、最終的にシャトルとその乗組員に悲劇的な結果をもたらしました。
コロンビア号スペースシャトル事故(2003年): 打ち上げ中の外部タンクからの断熱材の破片剥離が、シャトルの熱防護システムに損傷を与える可能性があると分かっていたにもかかわらず、常態化した事象として放置されていました。この既知のリスクの受容が、最終的に米国南部上空で再突入したコロンビア号の空中分解事故の発生につながりました。
BPテキサスシティ製油所爆発事故(2005年): 経費節減策や形骸化した安全文化が、数多くの安全違反を常態化させ、最終的には15人の労働者が死亡し、180人が負傷する壊滅的な爆発事故が発生するに至りました。
米国陸軍も、上記のケーススタディの組織と同様の文化的要因を有しているのは明らかです。この問題に積極的に対処するため、米国陸軍戦闘即応センターは、2020会計年度から2024会計年度までの12の重要事故原因を表現した、インタラクティブな「ダーティ・ダズン」ポスターを作成しました (https://safety.army.mil/MEDIA/Safety-Brief-Tools)。指揮官が部隊特有のリスクを分析し、その潜在的な影響を理解し、危険な慣行が根付くのを防止するための戦略を策定するのに必ず役立つはずです。
逸脱の常態化と戦うためのベストプラクティス
部隊指揮官は、逸脱の常態化を防ぐ上で極めて重要な役割を果たします。その取り組みには、以下の事項が含まれるべきです:
強力な安全文化の育成: 強靭かつ責任感のある組織の礎を信頼と価値観の共有という基盤の上に築く。これがなければ、隊員たちの幸福と業務を持続させることができません。
オープンなコミュニケーションの奨励: 個人が報復を恐れることなく安全上の懸念を提起できる報告文化を創造する。匿名の報告システムを使用することは、安心感の促進につながります。
説明責任の徹底: 逸脱が認識された場合は、その重大性に関わらず、迅速かつ一貫して対処する。安全規則に妥協の余地がないことを示さなければなりません。
継続的な学習の促進: 自己満足に陥らないようにする。定期的に手順を見直し、安全監査を実施し、不安全事例を検証して懸念となる潜在的領域を特定し、隊員が潜在的危険を特定し、改善を提案することを求めます。
模範を示すリーダーシップ: リーダー自らの行動と決定を通じて安全に向けた姿勢を示す。たとえ業務を遅らせることになっても、危険な慣行に異議を唱える意思を持たなければなりません。
ジャスト・カルチャー: ジャスト・カルチャー(意図的でないヒューマン・エラーと無謀で許容できない行動とを明確に区別し、エラーを報告した個人を非難するのではなく組織全体の学習につなげる公正な報告文化)を育成する。個人が非難を恐れることなくエラーや不安全事象を安心して報告できる環境を作り出すことは、継続的な改善を促し、逸脱の常態化を防ぎます。
遵守への報酬: 安全と倫理的行動を一貫して優先する個人やチームの功績を認め、報酬を与える。
逸脱の常態化のメカニズムを理解し、積極的に予防策を実施することが、安全と責任の文化を創造し、陸軍の最も重要な資産である「兵士たち」を守ることに繋がるのです。
参考文献
- Vaughan, D. (1996). The Challenger launch decision: Risky technology, culture, and deviance at NASA. University of Chicago Press.
- Reason, J. (1990). Human error. Cambridge University Press.
- Hopkins, A. (2000). Managing human error in operations. CCH Australia Limited.
- United States. Chemical Safety and Hazard Investigation Board. (2007). Investigation report: Refinery explosion and fire. Report No. 2005-04-I-TX. Office of Investigations and Safety Programs, U.S. Chemical Safety and Hazard Investigation Board.
- Presidential Commission on the Space Shuttle Challenger Accident. (1986). Report of the presidential commission on the space shuttle Challenger accident.
- Columbia Accident Investigation Board. (2003). Report of the Columbia Accident Investigation Board.
出典:Risk Management, U.S. Army Combat Readiness Center 2025年07月
翻訳:影本賢治, アビエーション・アセット管理人
備考:本記事の翻訳・掲載については、出典元の承認を得ています。
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