基本が命を救う

砂塵が多く、視界の悪い交戦地域で夜間急襲を実施中、MH-60M特殊作戦ヘリコプターを操縦していたあの夜のことは、決して忘れることができない。その日、任務は計画どおりに進んでいた。我々は機体システムと計器のみを頼りに、DVE(Degraded Visual Environment, 視程障害環境)で着陸地点に進入していた。いつもどおりの静かで整然とした飛行だったが、突然、これまでの操縦経験を根底から揺るがす緊急事態が発生した。
我々の目標は明確だった。指定された場所に着陸し、兵員を送り届けて離脱することである。同じようなことを何百回も経験してきた私には、容易な任務のはずだった。ところが、LZ(Landing Zone, 着陸地域)に接近すると、長機のローター・ウォッシュで砂塵が激しく舞い上がり、視界がほぼゼロになった。地上の視覚目標をすべて失い、ほぼ盲目状態での飛行になったが、この状況に対する訓練は受けていた。実戦環境での訓練と対処能力が試される任務だった。
しかし、不運なことに、降下中の我々の機体は、任務前ブリーフィングで確認されておらず、砂塵の中では全く見えなかった送電線に接触してしまった。
その音は間違いようがなかった。パチッという音の後、機体が右にヨーイングし、取り返しのつかない事態になったという、胸が悪くなるような感覚に襲われた。心臓は激しく鼓動したが、長年の訓練が効果を発揮した。私のやるべきことは明確だった。冷静を保ち、乗員と兵員を生きてここから脱出させることだ。
振り返ると、毎日の訓練で繰り返し叩き込まれた基本基礎こそが、我々の生還を可能にしたことは明らかだ。パニックに陥ることも、軽率な判断を下すこともなかった。その代わり、手順に従った。直ちにゴー・アラウンドを実施し、コレクティブを引いて送電線から離れ、砂塵の中から上昇を開始した。ローター回転数の低下による電力喪失で計器が使用できなかったにもかかわらず、それは基本的な操作に思えた。冷静さを保ち、ヘリコプター操縦の基本原則に従う能力が、状況の更なる悪化を防いだのである。
しかし、この話は単なる危機一髪の物語ではない。当たり前のように思える基本基礎が我々の命を救うという現実の話なのだ。我々は低視程環境でも任務を遂行できるように訓練されてきた。送電線に接触したとき、状況を一変させたのはその訓練だった。
残念なことに、現在の操縦士には、あの夜、致命的な事故になり得た状況からの回復を可能にした機体制御、緊急手順の実行、乗員間のコミュニケーションといった基本技能が十分に根付いていない。その代わりに我々が行っているのは、パイロットをシステム管理者として育成し、経費削減のためシミュレーターを主要な訓練機材として使用し、実機での飛行時間を制限することだ。
経験豊富な操縦士は強いストレス下でも適切な判断を下す傾向があり、経験不足は危機的状況での判断力低下につながる可能性がある。事故の増加は操縦士一人当たりの飛行時間減少と直接的に相関しており、その飛行時間は過去10年間で平均300時間減少している(米陸軍戦闘即応センター、2025年)。この経験の喪失は即応能力に深刻な欠陥をもたらし、緊急事態への効果的な対処を困難にしている。
この出来事は重要な課題を浮き彫りにした。深刻化する経験不足を克服するには、訓練へのアプローチを変える必要があるということだ。操縦士が十分な飛行時間を得られなければ、強いストレス下で必要とされる身体感覚や精神力を養うことはできない。この出来事から得られた教訓を数か月で風化させてはならない。操縦士が生存できるかどうかは極度のストレス下で基本を忠実に実行する能力にかかっており、そのすべては操縦課程から始まることを再認識すべきだ。
ただし、それだけでは不十分だ。増大する経験不足に対処するには、操縦士により多くの飛行時間と現実的な訓練シナリオを提供しなければならない。単なる飛行方法だけでなく、危機発生時の対処方法も教えなければならない。指導者が過度にリスクを回避していては、将来の戦闘に即応できる訓練を積んだ操縦士を生み出すことはできないだろう。
結局のところ、我々は幸運にも砂塵の中から生還できたが、すべての乗員が幸運とは限らない。それは単なる幸運ではなかった。長年の訓練、基礎の重視、不測事態への備えの結果だった。操縦士である我々は、次世代の操縦士が我々と同等以上に準備できていることを保証しなければならない。それを怠れば、我々は自らの命を危険にさらすだけでなく、我々に依存する人々の命をも危険にさらすことになるのだ。
参考文献:
『2024会計年度航空年次評価』(米陸軍戦闘即応センター、2025年、https://safety.army.mil/ON-DUTY/Aviation/Aviation-Analytics-Dashboard)(訳者注:一般には公開されていません。)
出典:Risk Management, U.S. Army Combat Readiness Center 2025年09月
翻訳:影本賢治, アビエーション・アセット管理人
備考:本記事の翻訳・掲載については、出典元の承認を得ています。
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