慌てるとロクなことがない
それは、バクダッドの、ある暖かい夜のことでした。私は、敵との交戦を含む5時間の飛行任務を終えたばかりでした。飛行前ブリーフィングを開始してから、飛行後ブリーフィングを終了するまで、すでに9時間半が経過していました。さらに嬉しいことに、翌日の任務に備えて、週ごとの無線機整備をこれから行わなければなりませんでした。ゴーグルと防弾チョッキを手に取ると、ため息をつきながら格納庫に向かい、ゲーターと呼ばれる多目的車にDC電源装置と無線機を載せて、列線に運び出しました。
1機当たり2台の無線機を暗号化するこの作業は、これまでに何十回もやったことがあったので、飛行隊が保有する10機の機体に行うのには約3時間が必要なことがわかっていました。しかし、今回は、それ以上の時間がかかることが目に見えていました。面倒なことに、航空機取扱書には、武装した機体には電力を供給してはならない、と明記されています。数字に強い私には、すぐに分かります。合計70発の2.75インチ・ロケット弾と10発のヘルファイア・ミサイルを抜弾し、再装填しなければならないのです。
頼りになる多目的車であるゲーター、DC電源装置、および暗号化用の自動ネットワーク制御器(automated network control device)を用いながら、作業を開始しました。最初の3機は、順調に進みました。時計を見ると、急げば夜食の時間に間に合いそうでした。朝食をとることができず、そのまま昼も夜も食べずに飛行していたので、お腹がペコペコでした。
4番目の機体で作業を行っていると、DC電源装置の燃料が切れてしまいました。格納庫に、もう1台あることが分かっていたので、それを取りに戻ることにしました。ゲーターに飛び乗り、ゴーグルを装着し、防弾チョッキを装着すると、アクセルを踏み込みました。その途端、「ドン」という音が聞こえました。DC電源装置がゲーターの荷台から滑り落ち、地面に落下したのです。急ブレーキを踏んで振り返ると、機首のDC電源リセプタクルから電源装置を切り離すのを忘れていたことに気づきました。機体に損傷がないことを祈りつつ、駆け寄りましたが、その期待はあえなく裏切られました。電源コードは、まだ機体に刺さったままで、外板から電源リセプタクルが外れかかっていました。
それを見た私の頭の中には、アドレナリンが駆け巡り始めました。機付長に通報した後、飛行隊長と航空安全担当将校を探すため、飛行場の反対側に向かいました。列線では、他の整備員が無線機の整備を続けてくれていました。私は、飛行隊長にどう説明したらよいのかを考えました。「隊長、私は馬鹿です!」という言葉が思い浮かびましたが、それは、私が言わなくても、隊長が言ってくれるに決まっていました。どう言えば良いかを考えていた時間は、私にとってイラクでの最悪の時間でした。結局のところ、私はツイてました。機体の損傷は、それほど大きくなかったのです。飛行隊長は、私が想像していたように叱りつけるのではなく、その事故がなぜ起こったのかということと、再発を防止するためにはどうすべきかということを重視してくれました。
安全担当将校からの事情聴取を終えると、いくつかのことが明らかになりました。第1に、戦闘環境は、信じられないほどのストレスを与えるものだということです。それに自分自身で新たなストレスを加える必要はないのです。朝食を抜いて、ポップタルトとゲータレードだけで済ませるというのは、戦闘力を最大限に発揮するために適切な選択とは言えないのです。第2に、1日の任務の最後に重要な作業を計画することは、決して良い考えではないということです。慌てるとロクなことがありません。何かを慌ててやらなければならない状況に自分自身を追い込む必要はないのです。第3に、単独作業は、可能な限り避けるべきだということです。仲間と一緒に作業を行っていれば、自分のミスを指摘してくれたりするものなのです。最後に、DC電源装置をゲーターに搭載したまま作業を行うことは、不必要なリスクをもたらすということです。間違いは、誰にでもあることです。事故につながらる事象の連鎖は、あらかじめ断ち切っておくべきなのです。
出典:Risk Management, U.S. Army Combat Readiness Center 2020年06月
翻訳:影本賢治, アビエーション・アセット管理人
備考:本記事の翻訳・掲載については、出典元の承認を得ています。
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