テクニカルトーク:サム・クルーズ博士の遺産(第1部)— 簡単に操縦できるようにする

サム・クルーズ博士は、陸軍のパイロットや整備員が効果的かつ効率的に任務を遂行できるようにするための技術の開発および実証に情熱を注ぎました。
航空設計部局の航空力学部(現在のシステム即応部の一部)の部長であったクルーズ博士は、産業界、政府研究所および航空プログラム・オフィスの指導者たちと協力して、先進飛行制御システム(advanced flight control systems)、HUMS(Health and Usage Monitoring System, 健全性・使用状況監視システム, ハムス)および電子飛行性能計画アプリケーション(electronic flight performance planning applications)を開発および実装しました。クルーズ博士の先見性のある業績を紹介する三部構成の記事の最初となる本稿では、パイロットの負担を軽減し、航空機の安全性を向上させ、博士の印象的な言葉によれば「簡単に操縦できるようにする」飛行制御技術の開発および実証に焦点を当てます。
1980年代後半、マーク・ティシュラー博士とその飛行制御研究グループは、カリフォルニア州モフェット・フィールドにある陸軍航空飛行力学研究所(AFDD, Aeroflightdynamics Directorate)において、陸軍ヘリコプター用次世代飛行制御システムの設計、分析、最適化および配備に必要な要求事項、方法論およびソフトウェアの開発を開始しました。ティシュラー博士は、広く利用されているCIFER(サイファー)とCONDUIT(コンデュイット)という2つのソフトウェア・ツールの開発における先駆者でした。これらのツールは、航空機応答特性の周波数領域における解析(CIFER)と、操縦性能要求事項に対する制御則の最適化(CONDUIT)を容易にしました。一方、ティシュラー博士の同僚であるクリス・ブランケンは、一連の飛行およびシミュレーター試験を実施し、軍用回転翼機の操縦性能仕様書であるADS-33の更新に必要なデータをもたらしました。ADS-33には、視界不良環境下で「レベル1」(*)の操縦性能で飛行するために必要な制御系統の帯域幅、位相遅れおよび応答の形式が規定されています。
陸軍航空飛行力学研究所の飛行制御研究の成果は、CH-47FのDAFCS(Digital Advanced Flight Control System, デジタル・アドバンスド・フライト・コントロール・システム)の開発および配備の基盤となりました。DAFCSは、パーシャル・オーソリティ(部分権限, 飛行制御コンピューターが指令する範囲が操縦可動範囲の一部に限られていることを意味する)であるCH-47Dのアナログ・システムをアップグレードしたものです。ボーイング社は、同社および陸軍が開発したツールやプロセスを活用しつつ、約30ヶ月でDAFCSの試験および認定を完了しました。2007年に配備された新型機には、最新の制御モードが装備されました。その数年後には、さらにアップグレードされたDAFCSの制御則がMH-47Gに適用され、特殊作戦任務を行うパイロットの負担をさらに軽減し、機動性を向上させることになりました。
フル・オーソリティ(完全権限)のFBW(Fly-By-Wire, フライバイワイヤ)制御システムについては、1980年代以降、陸軍の回転翼機で何度も実証試験が行われてきました。1985年、マクドネル・ダグラス社は、アパッチのプロトタイプ機(AV05)の前席を改修し、サイドアーム・コントローラーと電子ペダルを組み込みました(後席には安全バックアップのため従来型の操縦装置が備わっていました)。飛行試験の結果、FBW制御則によって提供される制御デカップリングは、パイロットの負担を大幅に軽減することが実証されました。また、ロータークラフト・パイロット・アソシエイト((Rotorcraft Pilot’s Associate )およびエア・ビークル・マネジメント・システム(Air Vehicle Management System programs)プログラムの一環として実施されたアパッチ用FBWの追加実証試験では、フル・オーソリティのFBWシステムを利用することにより、攻撃ヘリコプターのパイロットを機体操縦よりも任務関連操作に集中させる効果があることが確認されました。さらに、ボーイング社とシコルスキー社は、2機のコマンチ(RAH-66)プロトタイプ機のために三重冗長システムを設計しました。その速度安定、ホバリング位置保持および高度保持の各モードが選択可能なレート・コマンド/アティチュード・ホールド・システムは、2004年のプログラム中止までの約8年間にわたって飛行試験が行われました。それから数年後の2008年、シコルスキー社は、アクティブ・フォース・フィードバック・スティックを備えたフル・オーソリティのFBWシステムを2機のUH-60Mプロトタイプ機で500飛行時間以上の試験を実施しました。試験を実施したパイロットたちからは、ホバリングおよび低速時の操縦性能の大幅な向上が報告されました。シコルスキー社は近年になって、その技術を活用し、S-70ブラックホーク試験機による監視付き自律任務飛行の実証試験に成功しました。
こうして、「航空機を簡単に操縦できるようにする」というサム・クルーズの構想が現実のものとなりました。陸軍や産業界は、一部の任務を自律的に実行できるようにすることでパイロットの負担を軽減し、航空機の作戦における効率性と柔軟性を大幅に向上させるフライバイワイヤ・システムを設計できる状況にあります。ただし、これらの利点がFVL(Future Vertical Lift, 将来型垂直離着陸機)でどの程度実現されるかは、与えられたコストとスケジュールの制約内で、信頼性の高いシステムを生産・配備できるかどうかにかかっています。
トーマス・L・トンプソン博士は、アラバマ州レッドストーン・アーセナルの米国陸軍戦闘能力開発コマンド航空及びミサイル・センター、システム即応部の航空力学担当主任技術者です。
*訳者注:ADS-33における「レベル1」とは、操縦性能の評価基準であり、パイロットが過度な負担なく意図通りに機体を操作できる最良の状態である。「レベル2」は、パイロットの負担は増加するものの任務遂行は可能な状態。「レベル3」は、パイロットの負担が過大で任務達成が困難になるなど、改善が必須な状態を指す。
翻訳:影本賢治, アビエーション・アセット管理人
備考:本記事の翻訳・掲載については、出典元の承認を得ています。
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