テクニカルトーク:サム・クルーズ博士の遺産(第3部)
より安全な飛行を実現する

サム・クルーズ博士は、陸軍のパイロットや整備員が効果的かつ効率的に任務を遂行できるようにするための技術の開発および実証に情熱を注ぎました。
航空設計部局の航空力学部(現在のシステム即応部の一部)の部長であったクルーズ博士は、産業界、政府研究所および航空プログラム・オフィスの指導者たちと協力して、先進的な飛行制御システム、HUMS(Health and Usage Monitoring systems、機体健全性・使用状況監視システム)、およびフライト・パフォーマンス・アプリケーション(flight performance planning applications, 電子飛行性能計画アプリ)の開発と配備を開始しました。サムの先見的な業績に関する3部構成の記事の最終回である本稿は、航空機の安全性を向上させるフライト・パフォーマンス・アプリケーションの開発および実証に焦点を当てます。
ベトナムでの戦闘任務飛行から得られた教訓の一つは、正確で柔軟なミッション・プランニング・ツールの必要性でした。ホバー離陸能力の予測における誤りや、ミッション・シナリオの変更などは、任務の効果を低下させ、さらに悪い場合には、搭乗員や搭乗者の生命を危険にさらす可能性があります。数百回の戦闘任務に従事した経験を有する陸軍のパイロット兼エンジニアのギル・ボーエン氏は、1970年代に現役から陸軍州兵に転役してベル・ヘリコプター社に就職し、フライト・パフォーマンス・カリキュレーター(飛行性能計算機)の開発を推し進めました。
1980年代初頭には、陸軍航空システム・コマンドでのポストに就き、クルーズ博士たちの協力を得ながら、陸軍パイロット用のフライト・パフォーマンス・アンド・ミッション・プランニング・ツール(flight performance and mission planning tools)を開発しました。クルーズ博士、ボーエン氏、そしてミズーリ大学コロンビア校を卒業したばかりのチャーリー・ウィリアムズ氏は、デジタル・コンピューターの性能が向上し、入手が容易になったことを利用して、航空機のフライト・パフォーマンスの計算とミッション・プランニングのプロセスを自動化することに取り組み始めました。電子式のフライト・パフォーマンス・カリキュレーターを使うことで任務前の作業負担を軽減し、精度と安全性を向上させ、航空機の能力と限界に対する認識を改善できるという彼らの予想は、間違っていないことが実地試験で裏付けられました。パイロットに携帯型または搭載型のカリキュレーターを装備させることで、紙のチャートから数値を読み取り、推定し、集計するという、面倒で間違いやすいプロセスを排除することができました。また、飛行前計画や飛行中の条件変化による再計画の際にも、信頼性の高い情報を即座に提供できるようになりました。
フライト・パフォーマンス・カリキュレーターの中核となるのは、FPM(Flight Performance Model, フライト・パフォーマンス・モデル)です。それは、確立された数学的手法と飛行試験データに基づき、航空機の飛行性能をデジタルで表現します。FPMは、航空機の型式、総重量、デルタ・ドラッグ(武器や機外搭載物による追加抗力)、対気速度、および大気条件(気圧高度および気温)に基づいて、飛行条件に対する最大利用可能トルクと必要トルクを燃料流量とともに計算します。また、航空機がどれだけ速く、どれだけ遠くまで(航続距離)、そしてどれだけ長く(滞空時間)飛行できるか、そしてホバリングできる最大総重量を予測します。FPMの計算結果が正しいことは、飛行試験データおよび航空機操作マニュアルとの厳密な比較によって実証されました。
1980年代後半、クルーズ博士のチームは、HP-71カリキュレーター(1984年にヒューレット・パッカード(HP)社が発売したポケット・コンピューター)で動作できるフライト・パフォーマンス・プランニング・ソフトウェアの開発を主導しました。このデバイスは、100台以上がMH-47およびMH-60用として配備されました。その後、クルーズ博士は他の軍種の協力を得ながら、ウィンドウズ・ベースのコンピューターで動作するフライト・パフォーマンスおよびミッション・プランニング・ツールを開発しました。2003年までにほとんどの陸軍航空機用のFPMが開発・導入されました。また、2015年までには、パフォーマンス・プランニング・ソフトウェアに重量・重心の計算機能も追加され、ラップトップ、タブレット、オンボード(機体搭載)・コンピューターなど、さまざまなデバイスにインストールされるようになりました。
クルーズ博士のリーダーシップの下で開発されたこれらのツール、規格およびプロセスは、正確かつ信頼性の高いパフォーマンス・プランニング機器の開発および装備化の基盤となりました。クルーズ博士と共に、パイロットに「真実」のデータを提供するために尽力したボーエン氏は、次のような言葉を残しています。「真実を知れば、リスクは減少し、損傷する航空機を減らせる」
トーマス・L・トンプソン博士は、アラバマ州レッドストーン工廠の米国陸軍戦闘能力開発コマンド航空ミサイル・センター、システム・レディネス局の空力機械工学主任技師です。
出典:ARMY AVIATION, Army Aviation Association of America 2024年10月
翻訳:影本賢治, アビエーション・アセット管理人
備考:本記事の翻訳・掲載については、出典元の承認を得ています。
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