テクニカルトーク:ブレード・チップの形状設計

1986年8月11日、イギリスのウェストランド・ヘリコプターズ社は、大幅に改造したリンクス・ヘリコプターを216ノットで水平飛行させ、ヘリコプターの世界最高速度の記録を20ノット近く更新して航空界を驚かせました。
この記録達成に最も貢献したのが、大きく後退したパドル形状のBERP(British Experimental Rotor Program, 英国実験ローター・プログラム)ローター・ブレード・チップでした。この名称は、その研究開発に資金を提供した英国の実験ローター・プログラムにちなんだものです。BERPデザインについては、ウェストランド社の主任空気力学技術者ジョン・ペリーが1987年の米国ヘリコプター協会フォーラムの論文で詳細に説明しています。それはブレード・チップ領域の形状設計の重要性を明らかにしたものでした。チップ領域は気流動圧が最も高いところで作動するため、わずかな形状の変化が空力荷重に大きな変化をもたらすのです。BERPデザインの成功は、他の回転翼機コミュニティ関係者にも、計算解析、風洞試験、ローター・ブレード材料と製造技術の進歩などの成果を活用してローターの飛行性能を向上させ、騒音を低減し、高速飛行における操縦系統への荷重を軽減するチップ・デザインの開発・改良を促すことになりました。
それらの計算解析や試験の結果、ブレード・チップの後退角やテーパーがホバリングおよび前進飛行性能に好ましい効果をもたらすことが実証されました。結果的には、チップ付近のブレード前縁に後退角を設けることで、特にチップ領域で顕著になる圧縮(マッハ数)効果による形状抗力の増加を遅らせ、ローターの必要馬力を減少できることが判明しました。また、チップに近づくにつれてブレードの翼弦長を減少させる(テーパーを付ける)ことで、空力荷重が内側に移動し、ローター誘導出力(揚力を発生させるために必要な出力)を減少できました。さらに、ブレード・チップを下方に傾ける(下反角)ことで、ブレード・チップ渦が後続のブレードに及ぼす影響が減少し、ホバリング性能を向上できることが判明しました。UH-60Mのローター・ブレードは、前縁後退角35度、テーパー比0.60に設計されていますが、これは現代のチップ設計の典型的な例となっています。また、UH-60Mのチップには、機体総重量を増加させ、高密度高度でのホバリング性能を向上させるため、20度の下反角が付けられています。
また、チップ領域における後退角、テーパー、および薄い翼型の使用は、空力効率を最大化させ、高速飛行においてブレードの厚さと局所的な衝撃波形成により発生する衝撃音(ブレード・スラップとも呼ばれます)を低減させることも判明しました。典型的な進入状態(速度60-80ノットおよび降下率毎分400-600フィート)において衝撃音を低減するには、追加の変更が必要となるのが通常です。この状態では、ブレードが他のブレードから発生したチップ渦と干渉することで生じるブレード圧力の急速な変化により、ブレード・スラップが特に激しくなりやすいからです。この現象は、BVI(blade-vortex interaction, ブレード・ボルテックス・インタラクション)と呼ばれています。BVIによる騒音の低減には、チップ渦を拡散させたり、その形成を抑制したりするブレード・チップの変更、例えば小型のサブウィングなどの付属物の取り付けなどが役立つ場合があります。
さらに、チップの後退角は、高速飛行における操縦系統への振動荷重を低減させることも判明していますが、その解析または試験においては、ブレードのねじり柔軟性や、翼弦方向の重心と空力中心の相対位置などの空力弾性効果を考慮し、振動荷重の低減量を定量化しなければなりません。AH-64Aアパッチの開発初期においては、試作ブレードのチップ領域が変更され、ブレードの外側20インチに20度の後退角を設けることになりました。これにより、ブレードおよび操縦系統への荷重が低減できました。ブレードのテーパーが操縦荷重に及ぼす効果はあまり明確ではありませんが、1970年代に実施された実物大風洞試験の結果では、後退角とテーパーの組み合わせが振動操縦荷重の低減に最も効果的でした。
固定翼航空機の設計者が抗力を減少させ燃料効率を向上させるためにウィングレットを進化させ調整し続けているのと同様に、回転翼機技術者には、より速く、より遠くへ、そしてより静かに飛行できる回転翼機を求めるユーザーの要求を満たすため、より革新的かつ効率的なブレード・チップを設計することが引き続き求められてゆくでしょう。
Dr. トーマス・L・トンプソンは、アラバマ州レッドストーン工廠の米国陸軍戦闘能力開発コマンド航空ミサイル・センター、システム即応性総局の航空力学主任技術者です。
出典:ARMY AVIATION, Army Aviation Association of America 2025年08月
翻訳:影本賢治, アビエーション・アセット管理人
備考:本記事の翻訳・掲載については、出典元の承認を得ています。
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