ヤラクゼンを使ってみた
CATツールとは
CATツール(Computer-Assisted Translation tool, キャットツール)とは、翻訳者が効率的に作業を行うために使用する支援ツールのことです。このツールは、翻訳メモリ(TM)、用語データベース(TB)、機械翻訳(MT)、テキスト分割、用語一致チェック、原文と訳文の並列表示などの機能を提供します。
CATツールが生まれるまでは、ワープロに原文を入力し、文ごとに改行を入力して訳文を入力し、原文を削除するという作業を手作業で行っていました(ワープロが生まれる前は手書きでこれを行っていました)。CATツールの登場は、翻訳作業の効率を目覚ましく向上させました。
私が使ってきたCATツール
有名なCATツールには、「Trados」や「MemoQ」があります。翻訳業界では、このどちらかのツールで作業を行うのが一般的なようですが、私はこのいずれも使ったことがありません。理由は「高い」からです。稼ぎがほとんどない私のような翻訳者にとって、数十万円の出費は痛すぎます。このため、比較的安価な「Wordfast」や無料の「OmegaT」を使ってきました。
- 2003年頃 Wordfastの使用を開始
- 2010年頃 Wordfast Proの使用を開始
- 2020年頃 OmegaTの使用を開始
私が使ってきた機械翻訳
Wordfat Proを使用するようになった2010年頃から、Google翻訳も使うようになってきました。その頃は、翻訳精度がまだまだだったので、自分で翻訳した後に機械翻訳を見て、訳漏れや誤訳がないかをチェックするというような使い方でした(「ドリーム・マシーン」の翻訳は、この方法で行いました)。OmegaTを使用するようになった2020年頃からは、翻訳精度が高まるにつれて、徐々に自分が翻訳する前の下訳をGoogle翻訳にやらせるようになってきました(「イーグル・クロー作戦」の翻訳はこの方法で行いました)。
この間、Google翻訳以外の機械翻訳もいくつか試しましたが、結局、Google翻訳に戻ってきました。日本語の流暢さよりも、原文の単語を漏らさず訳文に反映できているところが私に合っていたからだと思います。
AIの一般化とCATツール
昨年(2023年)は「AI元年」と呼ばれるほど、AIが一般的に用いられるようになった年でした。私の翻訳作業においても、翻訳中の調べ物や、翻訳後の校正などにChatGPTを使うことが多くなってきました。ただし、翻訳そのものについては、結局、自分で修正を加える必要があることから、引き続きOmegaTとGoogle翻訳の組み合わせを使い続けていました。
そんな中、2024年10月に地元の旭川で行われた「ゆるい勉強会@秋!」でのChatGPTに関する発表に刺激を受け、(安価に)翻訳作業自体にAIを活用する方法をネット上で探してみました。そこで出会ったのが「ヤラクゼン」というCATツールです。
私にとってのヤラクゼン
ヤラクゼンは、自動翻訳および後編集機能を持つWebアプリです。自動翻訳は、Google翻訳を含む複数の翻訳エンジンから選択して実行することができます。後編集は、自動的にセグメント分割された原文および訳文を並列表示させながら行うことができます。
私の翻訳作業は、ウェブ上に表示されたテキストやウェブからダウンロードしたPDFファイルを翻訳して、WordPress上に貼り付けるというケースがほとんどです。このため、WordやPowerPointの形式で原文を入力したり、その形式で出力したりすることはほとんどありません。また、過去に翻訳した記事と同一の文に出くわすことはめったにありません。このため、翻訳メモリ機能が役立つことはほぼありません。さらに、翻訳対象となる記事には、一般には使われない専門用語が盛り沢山ですし、軍(自衛隊)や航空技術に特有の独特な言い回しが必要です。このため、自動翻訳の結果がそのまま使えることは極めてまれ(イメージ的には、1/100以下)です。そんな私にとって、ヤラクゼンというCATツールがどのようなものなのか、これまで使ってきたWordfastやOmegaTと比較しながら説明したいと思います。
自動翻訳が前提
WordfastやOmegaTは自分で翻訳することを前提としたアプリでしたが、ヤラクゼンは自動翻訳することを前提としたアプリです。OmegaTはセグメントごとにしか自動翻訳できませんでした(Wordfastはできました)。ヤラクゼンならば記事の内容を一挙に翻訳できます(その中にはChatGPT-4oも含まれます)。しかも、後編集の段階でも、複数の翻訳エンジン(現時点では、ChatGPTは含まれていません)の訳文を参照することができます。自動翻訳にどっぷりと浸かったCATツールです。
中間生成物が不要
ヤラクゼンは、Webアプリ(SaaS)なのでPCにアプリをインストール必要がありません。原文をブラウザ上のアプリにコピー&ペーストするだけで翻訳でき、翻訳結果もブラウザ上のアプリでコピーしてWordPressなどに直接貼り付けることができます。基本的には、翻訳前後にテキストファイルなどの中間生成物を作成する必要がありません。ただし、翻訳作業後の校正作業は、別途ChatGPTなどを利用して行う必要があります。
ページビューでも後編集が可能
ヤラクゼンは、Wordfastと同じ並列ビュー(原文と訳文が左右に並ぶ)に加えて、ページビューでも後編集を行うことができます。WordfastやOmegaTでは、翻訳結果を出力後にテキストエディターやWordfast上で再編集が必要でしたが、ヤラクゼンでは不要です。
個人的にはOmegaTの交互ビュー(訳文が上下に並ぶ)が非常に気に入っていたのですが、自動翻訳への依存度が高まるにつれ、その必要性は低くなりました。
用語集の語数が少ない
ヤラクゼンにも用語集はついていますが、1,000語に制限されています(パーソナルプランの場合)。しかも、これを一括読み込みさせることができません(パーソナルプランの場合)。専門用語ばかりの私の翻訳作業において、これは致命的な弱点だと最初は思いました。
しかし、これまで一生懸命作り上げてきた用語集は、本当に必要なものだったのでしょうか? 考えてみれば、これまで用語集に入力してきた訳語は、そのほとんどがウェブ上での検索結果に基づくものです。用語集がなくても、必要に応じて、ウェブを再検索すればよいだけです。過去の訳文との同一性は確保できなくなりますが、それに何の意味があるのでしょうか。むしろ、ウェブ上で定訳となった訳語に気づかない欠点のほうが大きな気がします。わずかに存在する自分が考え出した訳語も、将来にわたって一定に保つよりも、どんどん進化させていったほうが良いのではないかと考え直しました。
そこで、どうしても必要な固有名詞などだけを用語集に登録することで対応しています。また、どうしても過去の遺産を利用したい場合は、陸軍航空用語集(HTML版)を参照しています。
許容できる料金
ヤラクゼンのパーソナルプランの料金は、年額24,000円です。もちろん無料のOmegaTには敵いませんが、この程度なら許容内でしょう。
私流のヤラクゼンの使い方
入力はテキストをコピー&ペースト
ウェブサイトを翻訳する場合は、翻訳対象をコピーし、新規作成画面にペーストする(画像が含まれていても自動的に無視されます)だけです。
PDFの場合は、PDFの自動読み込みが使えるのですが、現状では完全ではありません。特にセグメントの区切りを調整しなければならない場合が少なくありません。テキストを抜き出し、エディターで改行を修正してから、コピー&ペーストする方が確実かつ簡単なようです。
私の場合、翻訳結果はWordpressに貼り付けることがほとんどなので、PDFで出力する必要がありません。また、テキストで入力するとページビューでの編集もできるようになりますのでPDF読み込みにはあまりメリットが感じられません。(PDFを読み込むと画像を抜き出しやすくなりますが、それは別のアプリでも可能です。)
翻訳エンジンはClaudeが主体
自動翻訳には、今のところClaude(クロード)を使用しています。アメリカのAnthropic社が開発した高度な大規模言語モデルで「時にはChatGPTよりも優れたパフォーマンを発揮する」らしいです。どこがどう良いのか、私にはうまく説明できませんが、私の翻訳対象に関しては他よりも適切な訳文を生成してくれる場合が多いように感じます。ただし、Google翻訳やMicrosoft翻訳よりも処理に時間がかかります(おそらく数百倍以上)。
登録したフレーズ集を生かした自動翻訳を行うためには、ヤラク翻訳を使う必要があります。フレーズ集には10,000セグメントが登録可能(パーソナルプランの場合)なので、今後の登録数によっては、ヤラク翻訳のほうが有利になってゆくかも知れません。
後編集を行う際には、必要に応じ、他の翻訳エンジンの訳文も確認するようにしています。特にGoogle翻訳の訳語やMicrosoft翻訳の言い回しは、参考になることが多いです。
編集は全文編集⇔セグメント編集を切り替えながら
後編集は、まずはセグメントビューで文ごとに一つ一つの単語の意味を確認しながら行うことができます。重要なのは、「確認済み」と「フレーズ保存」の役割です。「確認済み」は単なる目印の役割しかなく、訳文を確定するためには「フレーズ保存」を行う必要があります。(保存されたフレーズと完全に一致するセグメントは、ヤラク翻訳以外のエンジンでも保存したとおりの訳文が出力されます。)自動翻訳が完了した後で翻訳エンジンを変更したり、自動翻訳を停止したりすると、「確認済み」にしたセグメントも書き換えられてしまいますので注意が必要です。確認やフレーズ保存は、ショートカットキーでセグメントごとに行うことができます。私の場合、訳文を入力した後は、Ctrl+Alt+Enter(確認+フレーズ保存)で次のセグメントに移行することを原則にしています。
セグメントビューでの編集を完了したら、ページビューで再編集を行っています。必要に応じてセグメントビューに戻る場合もあります。どちらのビューモードでも、リターンまたはタブで次のセグメントに移動できるのが便利です。このようにすることで一つ一つの単語の意味を確認しながら翻訳する段階と文章全体を見渡しながら翻訳する段階を区分して作業することができます。
ページビューでの再編集が完了したならば、その結果を今後の翻訳に生かすため、全文をフレーズ保存しています。すでに保存されているフレーズも上書き保存されます。
原文の単語をダブルクリックすると、グーグル検索や用語集への登録などのメニューが表示されます。ヤラクゼンを検索すると、過去の訳文を確認できるのも便利です。ただし、複数の単語の選択には、ややコツがいります。左クリックしてドラッグするのではなく、開始位置を左クリックしてから終了位置をShift+左クリックするとスムーズに選択できます。
訳文の修正に必要な機能は、ひととおり揃っています。ただし、重要な「翻訳状況」や「検索および置換」のメニューが進捗状況のインジケーターをダブルクリックしないと開かないこと、セグメントの統合と分割、確認とフレーズ登録などの、一対になる機能が少し違う場所に配置されているのが気になります。初めて使う方には、オンラインセミナーで説明を受けてから使い始めることをおすすめします。
最大の利点はストレスの低減
ヤラクゼンを使い始めて、WordfastやOmegaTより翻訳作業が効率的になったかというと、改善してはいますがその差は僅かな気がします。下訳された訳文を修正するという一番時間を必要とする部分に変わりがないからです。
ただし、翻訳作業がなぜか楽しくなり、ストレスが少なくなりました。これには、後編集において複数の翻訳エンジンの訳文を参考にできることが大きく影響しているような気がします。(OmegaTと比べた場合に)全文の自動翻訳が一気に可能なことや、セグメントの分割・統合や文字列の検索・置換などの基本的な編集機能が使いやすいことも影響しているかもしれません。
実際、ヤラクゼンを使うようになってから、それまで毎週1回だった新規記事の掲載を毎週2回に増やせるようになりました。約4年間にわたってOmegaTを使ってきたCATツールですが、ヤラクゼンに乗り換えることにしたいと思います。
参考:「みらい翻訳」を使ってみました
他にも同じようなアプリがありますので、比較のために「みらい翻訳」を使ってみました。
まず、セグメント(文)単位での編集ができず、文章全体でしか編集できません。しかも、編集時に原文のどの文に該当するのかも表示されません。一文ごとに、あるいは一単語ごとに翻訳結果を確認し、修正する私にとって、これは致命的な問題です。
また、翻訳した文章を管理する機能がありません。翻訳を途中で中断してから再開したり、過去の翻訳結果を参照したりすることが多い私には不向きな仕様です。
さらに、使われているAI自体は優秀だと思うのですが、複数のAIの訳文を比較することができません。ヤラクゼンのように、あたかも複数の訳者の意見を聞いているような環境で作業を行うことはできないのは、こんなに多くのAIが使えるのに何だかもったいない感じです。
ただし、自動翻訳の際に「です・ます調」と「である」調をあらかじめ指定できるようになっているのは便利です。
以上は、全くの個人の感想ですが、少なくとも自動翻訳の精度よりも後編集を重視する私には、ヤラクゼンのほうが圧倒的に使いやすいと感じました。
発行:Aviation Assets 2024年11月
アクセス回数:118
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2件のコメント
自動翻訳に使う翻訳エンジンをGoogle翻訳からClaudeに変更しました。
「みらい翻訳」との比較を追加しました。