盲目状態での飛行
クルー・チーフが「砂塵を巻き上げています!」と叫んだと同時に、私は地面を見失った。それは、現地時間2200頃、アフガニスタン西部のファラー州でのことであった。私は、患者後送機の護衛任務を付与された1番機(UH-60L)の機長(PC)であった。当時、私の機長としての飛行時間は約300時間、総飛行時間は約1,000時間、アフガニスタンでの飛行時間は約200時間であった。その日は、この任務に先立って、同じ前方運用基地に向かう任務をすでに遂行していた。
1800頃、「患者後送、患者後送、患者後送!」という放送が流れた。搭乗員たちは、大急ぎで戦闘服を身にまとい、約15分間で完了するように規定されている離陸準備に取り掛かった。私は任務の詳細を把握するため空中部隊指揮官と一緒に作戦本部に向かい、それ以外の搭乗員は離陸準備のため航空機へと向かった。救助要請および飛行前ブリーフィングの内容に特異な事項はなく、天候も良好であった。空中部隊指揮官と私は、編隊飛行任務に必要なブリーフィング資料を手にすると、それぞれの機体に向かった。
LZ(landing zone, 降着地域)は、我々の展開地から飛行時間20分ほどのところにある、友軍の前方運用基地であった。飛行開始から約10分後、視程が悪化し始めた。このため、対地速度を約110ノットまで減速した。視程は悪化を続け、LZに着陸したときには、約1.5マイルまで低下していた。この気象状況および指揮官機のGPSに不具合が発生していたことを踏まえ、帰投時は、私が長機として飛行することになった。また、起伏の多い経路を避けるため、予備経路を使用することになった。
空中部隊指揮官が搭乗する2番機に負傷者を搭載して帰投し始めたが、視界は更に悪化を続け、約400メートルまで低下した。私は40ノットまで減速し、展開地まで続く舗装道路をたどりながら飛行することにした。前進するのは容易でなかったが、なんとか無事に帰投することができた。我々は、予報されていなかった気象の悪化があったことを上司にに報告した後、それぞれの部屋に戻った。
2130頃、再度、同じ前方運用基地からの救助要請を受領した。その日、悪天候をなんとか切り抜けたばかりだった空中部隊指揮官と私は、上司に対し、この任務を受け入れないように意見具申した。しかし、「合規適正」な気象ブリーフィングに基づき、実行が命ぜられた。
前回の任務で砂塵嵐を経験していた空中部隊指揮官と私は、ブリーフィング時にIIMC(inadvertent instrument meteorological conditions, 予期していなかった天候急変等による計器飛行状態)における手順を簡単に確認した。GPSの不具合のため、今回も、私の機体が長機で飛行することになった。進入経路は、前回と同じ経路を使うことにした。
離陸した際には、全てが順調に進んでいた。視程は良好で、十分な月照度が得られていた。しかし、前回の任務とほぼ同じ地点で、同じような視程不良状態(予報外の砂塵嵐)に遭遇した。前回と同じく、速度を落とし、高度を下げた。患者後送という任務が、我々に重くのしかかっていた。
視程がさらに悪化し、副操縦士からは、地面がほとんど見えないという報告を受けた。操縦を交代した私は、引き続き飛行を継続した。他の搭乗員に対し、高度、地上とのクリアランス、視程悪化の兆候に関する情報を提供するように指示した。操縦を交代してから約5分後、私は、空中部隊指揮官に対し、任務を中止して展開地に帰投することを意見具申した。空中部隊指揮官は、私の判断に同意した。私は、右に180度旋回して、展開地に帰投すると連絡した。
対気計器速度を40ノット未満まで減速し、対地高度を約60フィートまで降下させながら旋回した。その時、クルー・チーフが「砂塵を巻き上げています!」と叫び、私は地面を見失った。直ちにコレクティブを引き、機体を水平に保ちながら加速させた。機体の制御を回復した後、作戦規定に従いIIMCに陥ったことを空中部隊指揮官に無線連絡した。空中部隊指揮官からは、2番機はまだ有視界飛行方式であることと、その機首方位および高度が返信された。私は、2番機との衝突を回避するため、飛行経路が交錯しないように機首方位を修正した。対地高度900フィートに達すると、砂塵の雲から脱出し、視程が回復した。空中会合を完了した2番機と私の機体は、無事、展開地に帰投することができた。
この経験は、いくつかの教訓事項を与えてくれた。第1に、IIMCは訓練によって克服できる感覚的な事象であるということである。第2に、どんなに悪条件が予測されていても任務を拒否することは極めて難しいということである。最も重要なことは、危険なことが明らかなことを実行させようとする圧力を誰からも受けないようにすることである。幸いなことに、我々の場合はこの状況をなんとか切り抜けることができたが、違う結果になった可能性も十分に考えられたのである。
出典:Risk Management, U.S. Army Combat Readiness Center 2021年07月
翻訳:影本賢治, アビエーション・アセット管理人
備考:本記事の翻訳・掲載については、出典元の承認を得ています。
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