2011年度の米陸軍における事故発生状況
米陸軍は、安全に関し目覚ましい進歩を続けている。2011年度の各種事故による死亡者数は、公務中の死亡者数の劇的な減少により、戦時中であるにもかかわらず、ほぼ平時の水準に戻った。
指揮官たちは、安全が任務遂行に及ぼす影響を正しく認識し、指揮の基本に立ち返り、戦闘や訓練における事前点検を積極的に実行するとともに、あらゆる規則を遵守して、任務を安全に遂行し、部下である兵士達、特に将来指揮官となる兵士達の模範となっている。
一方、兵士達は、現場に指揮官がいなくても自ら安全確保に努め、シートベルト等を装着し、規律を維持し、SOPを遵守し、CRM(composite risk management, 複合リスク・マネジメント)(※2)を活用して、公務中の事故を減少させている。また、戦場における仲間意識をもって、互いに気を配り、安全を確保している。「事故は戦場における敵と同程度の確率で人員を殺傷しうる」という認識も、ここ数年の間に広く行き渡るようになった。
しかしながら、これらの成功の陰で新たな課題も生まれた。特に、公務外の事故による死亡者数の増加は、米陸軍の最も重大な安全管理上の問題となっている。2011年度は、前年より8名多い136名の兵士が公務外の私有車等による事故により死亡した。公務中に私有車で死亡した40名の兵士と合わせると、合計176名の優秀な男女の命を私有車事故で失ったことになる。「良好な事項」と「改善すべき事項」の双方から得られた教訓を活かし、死亡者数の減少に努めなければならない。
公務中の一般事故
公務中の一般事故による死亡者数は減少傾向が続き、ほぼすべての事故区分で10%以上の減少となった。特に、公務中の私有車による死亡者数は半減し、航空関連の死亡者数は31%減少した。その他の事故による死亡者数は増加(31%増)したものの、一般車両及び戦闘車両の双方による兵士の死亡者数は10%以上(それぞれ14%と10%)減少した。
一方、作戦全般に影響を及ぼす重大な安全管理上の問題がいくつか発生した。特に問題となっているのは、新型軽走行車両M-ATV等のエムラップ(MRAP, Mine Resistant Ambush Protected, 耐地雷待ち伏せ防護)車両の横転事故であり、8名の兵士の命が奪われた。(更に1名の兵士が、同じくエムラップ車両であるクーガー装甲車の横転で死亡した。)アフガニスタンにおけるエムラップ車両の必要性は飛躍的に増加し、重要な役割を担っていが、戦闘間におけるエムラップ車両の安全を確保するため、横転時の脱出訓練等の訓練を確実に実施しなければならない。
エムラップ車両が補給される部隊においては、その都度、操縦手に対して必要な操縦訓練を実施し、資格を付与しなければならない。一つの装輪操縦課程ですべての車種について資格を与えることはできない。操縦資格を付与されていない車種を操縦させる場合には、事前に当該車種の操縦訓練を実施しなければならない。エムラップ車両の各車種は、それぞれ別のものであり、個別の資格が必要なのである。過去の事故事例を見ると、「別の車種も操縦できるだろう」という思い込みが大きな事故につながっている。また、速度制限等の規則・指示を確実に遵守させなければならない。20011年初頭に発出された訓練資料7-31「エムラップ車両操縦訓練」は、エムラップ車両の操縦訓練のために設けられた新しい基準である。エムラップ車両を保有する部隊は、操縦手がこの訓練基準に従って訓練され、その指示が遵守されていることを確認しなければならない。
エムラップ車両の安全確保のためには、横転時の脱出訓練が重要である。ハンヴィー(HMMWV, High Mobility Multipurpose Wheeled Vehicle , 高機動多用途装輪車両)の横転事故に関し、同様の訓練が死亡者数の劇的な減少をもたらしたことを踏まえ、戦場や世界中の訓練施設にエムラップ車両脱出訓練装置が設置されている。この訓練装置を用いることにより、可能な限り実戦に近い状況において、安全ベルト等の重要性を認識することができる。戦場に展開する前に、この訓練装置を用いた横転訓練を確実に計画・実施しなければならない。
エムラップ車両に関する安全資料の活用も重要である。訓練資料TC 7-31を補完する米陸軍コンバット・レディネス/セーフティ・センター発行の「エムラップ車両安全意識ツールキット」が同センターのホームページに準備されている。このツールキットは、エムラップ車両の安全上の問題点について説明した訓練資料、プレゼンテーション、手引き、ビデオ等で構成されている。エムラップ車両の事故を減少させるため、これらの訓練用ツールを活用し、継続的に横転訓練の重要性を教育するとともに、いかなる任務においても、安全ベルト着装等の各種規定を遵守させなければならない。
エムラップ車両の横転と同様に問題となっているのは、公務中のその他の人身事故における死亡者数の増加である。小火器の暴発事故と空挺事故でそれぞれ4名と3名が死亡し、2011年の公務中におけるその他の人身事故の半数以上を占めており、熱射病による死亡者数がこれに続いている。無駄な損失を防ぐため、小火器の取り扱いに関しては厳格な安全管理規則が存在することを改めて認識する必要がある。米陸軍コンバット・レディネス/セーフティ・センターの小火器射撃管理に関する安全ツールボックスには、これらの規則に関する情報と助言が含まれている。また、屋外作業及び野外訓練の実施に際しては、気温に関する予報及び訓練実施に関する勧告を確認しなければならない。休息や水分補給は、熱射病予防のために有効な着意事項であるが、兵士達が倒れたり死亡したりする危険性を最終的に判断し、訓練中止を決定するのは指揮官の責務である。
公務中の航空事故
航空事故死者数が全体として31%も減少したことは、2011年度における最大の成果であった。陸軍航空は、2001年9月11日以来、最も事故の少ない年を送ることができた。特にUH-60シリーズは、昨年度の死者数11人からゼロへの100%削減を達成するという注目すべき成果をもたらした。一方、AH-64及びOH-58による死亡者数は前年と同程度であり、AH-6及びUH-72は2010年よりも増加した(いずれの機種においても、一つの事故で複数の死亡者が発生した)。戦場における航空機に対するニーズの増大、米国本土における訓練時間の減少及び国外における運用の増加という状況を考慮すれば、2011年は、安全管理上、特筆すべき成果をあげた年であったと言える。
クラスA及びB事故が減少する一方で、クラスC事故が増加してしまった(※3)が、このことは、米陸軍航空が軽微な事故から学んだ教訓を活かし、重大な事故を回避できる健全な組織であることの現れである。航空職種は、事故を完全になくすことはできないが、他人が犯したミスから得られる教訓を継続的に学習し、それを克服することは可能であることを他の職種に示してくれた。
戦場及び国内のいずれにおいても、航空安全確保のために最も重要なものは訓練である。過去数年間、米陸軍はHAATS(High Altitude Aviation Training Site, 高々度航空訓練施設)におけるHAMET(High Altitude Mountainous Environmental Training, 高々度山地環境訓練)の実施に努めてきた。この訓練は、操縦士と搭乗員を劣悪な環境下における安全な運用に慣熟させるため、極めて有用である。また、陸軍航空クルー・コーディネーション訓練強化プログラムを活用し、いかなる状況においても搭乗員間の意思疎通を可能とする必要がある。コックピットにおけるコミュニケーションは、全ての搭乗員が保持するべき最も重要な能力であり、年間を通じて継続的に訓練する必要がある。一方、航空事故関連情報を常に収集し、同種事故の再発防止に活用することも忘れてはならない。
海外派遣における米陸軍の任務遂行に欠かせないのが、UAS(unmanned aircraft system, 無人航空機システム)である。UASの事故は、有人機の事故に比べて軽視されがちであるが、重要な戦闘用多目的ツールであるUASが2011年度に12機も失われ、数百万ドルに及ぶ損害が発生したことは見過ごすことができない。UASの事故については、各部隊の報告システムが最新の状態に維持され、報告業務担当者には訓練を受けた安全将校が指定されていることを確認しなければならない。データ共有は、我々が学んだ教訓を伝達し、UAS器材の損耗を防止できる唯一の手段である。
公務外の一般事故
過去数年間続いていることであるが、2011年度の公務外の不安全発生状況は、米陸軍に最大の課題を提起している。全体的な死亡者数は、公務外のその他の人身事故による死亡者(事故による溺死が主体)の80%増加及びオートバイの死亡事故の18%増加により、前年よりも6%増加した。一方、乗用車、トラック、多目的車、ライトバン、オフロード車、及び原動機付自転車における死亡者は全体で16%減少し、2010年度の重大な懸念事項であった歩行者の死亡事故は67%減少した。これらの成果は、規律の維持に対する真剣な取り組みの現れであると考えられる。
公務外の死亡事故の三大要因は、従来どおり、速度違反、シートベルト等非装着及び酒酔い運転である。オートバイの死亡事故の中には、時速90マイル以上の速度で走行していた場合もあった。軍曹以上の指揮官による事故は、昨年よりも更に増加したが、これは米陸軍にとって容認できない事態であり、各階級に応じた公務時間外における規律維持を図らなければならない。
オートバイの安全な運転法を修得するための最も簡単な方法は、熟練運転者と初心運転者を組ませて安全運転の習慣を育成するMMP(Motorcycle Mentorship Program, オートバイ指導プログラム)である。MMPは、オートバイを所有し公務外に運転を楽しむために必要な事項を、初心運転者が学ぶのに最適な環境を提供している。米陸軍コンバット・レディネス/セーフティ・センターのホームページにある私有車ツールボックスには、全陸軍部隊のMMPにおいて好評だった教育内容等の情報が含まれている。
オートバイ運転中の安全をより確実に確保するため、規則の改正も行われている。陸軍規則385-10「米陸軍安全プログラム」は、米陸軍PMP(Progressive Motorcycle Program, 段階的オートバイ・プログラム)の実施を義務付けるように改正された。PMPは、オートバイ安全財団の基本操縦コース、軍事バイク操縦コース等で構成されている。オートバイ運転者を継続的に再受講させることにより、安全運転を推進し、技量を回復リフレッシュすることができる。また、交通違反や危険な運転行動を行った兵士を対象とした訓練プログラムとして、要是正運転者訓練(ロードレイジアスとも呼ばれる)があり、その詳細は、米陸軍コンバット・レディネス/セーフティ・センターのホームページの私有車安全管理に関するページで確認できる。
一方、公務外のその他の人身事故の急激な増加にも着目しなければならない。この事故区分で発生した27名の死亡者のうち、半分近くは水の事故によるものであった。米陸軍訓練教義コマンドは、公務時間外における危険要素を把握できる「Off Duty, On Guard」というツールの提供を開始した。このツールは、一連の相互対話形式のエピソードにより、ある兵士の置かれた状況を仮定し、その兵士に代わって意思決定を訓練するためのものである。海上、道路上及び自宅における不適切な意思決定がもたらす結果を提示し、自分自身で危険な行動を判断できない兵士に目を開かせることができる。「Off Duty, On Guard」は、米陸軍コンバット・レディネス/セーフティ・センターのホームページで入手可能である。
結 論
戦時中における事故の減少という成果は、米陸軍の歴史の中で前例のないことであるが、指揮官、兵士、軍属及びその家族は、2005年度以降、ほとんど毎年、これを実現してきた。この成果は、陸軍の戦闘力とCRMの証左となるものである。公務時間中において確立されている安全管理の考え方を公務時間外にも適用してゆくことが、新たな年の課題である。
We will keep our Army both safe and strong!(米陸軍を安全かつ強靱に維持しよう!)
編集者注:この記事で引用されたすべてのデータは2011年12月5日現在のものです。じ後の報告や既に報告を受けた内容の修正により、統計や調査結果が変更される場合があります。
訳者注釈:
※1 米陸軍コンバット・レディネス/セーフティ・センターは、航空職種だけではなく陸軍全体の戦闘力維持のため必要な情報を収集、分析及び提供し、指揮官、兵士、家族及び軍属を支援することを任務としている。Knowledge(ナレッジ)は、米陸軍コンバット・レディネス/セーフティ・センターが発簡する情報誌であり、航空安全だけではなく一般安全を含めた情報を提供している。
※2 米陸軍におけるCRM(Composite Risk Management, 複合リスク・マネジメント)は、戦闘損耗と事故損耗を区分して管理する従来の考え方から脱却し、全ての危険を複合的に認識し管理するための状況判断プロセスを意味しており、陸上自衛隊、FAA、米空・海軍等におけるCRM(Crew Resource Management, クルー・リソース・マネジメント)とは異なったものとなっている。
※3 米陸軍の航空事故は、概ね以下のとおり区分されている。
クラスA- 100万ドル以上の損害、航空機の破壊、遺失若しくは放棄、死亡、又は完全な身体障害に至る傷害若しくは疾病を伴う事故
クラスB- 20万ドル以上100万ドル以下の損害、部分的な身体障害に至る傷害若しくは疾病、又は5人以上の入院を伴う事故
クラスC- 1万ドル以上20万ドル以下の損害又は1日以上の休養を要する傷害若しくは疾病を伴う事故
クラスD- 2,000ドル以上1万ドル以下の損害、又は職務に影響を及ぼす傷害若しくは疾病を伴う事故
クラスE- クラスDに至らない航空インシデント
出典:KNOWLEDGE, U.S. Army Combat Readiness/Safety Center 2012年01月
翻訳:影本賢治, アビエーション・アセット
備考:本記事の翻訳・掲載については、出典元の承認を得ています。
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