常に「選択肢」を持て

晩冬のある日、私はUC-35の機長として、欧州各地を巡ってVIP(要人)を空輸する4日間の任務に就いていました。任務2日目のフライト・プランは、午前半ばにポーランドのビドゴシチを離陸し、ルーマニアのブカレストで燃料補給を行った後、トルコのアンカラへ向かうという行程でした。フライト前のルーティンとして、ホテルを出発する前に目的地の最新の気象実況およびTAF (terminal aerodrome forecast, 運航用飛行場予報気象通報式) を確認し、部隊での気象ブリーフィングがどのような内容になるか、おおよその気象見積もりを行っておきました。経由地であるブカレストの最新のMETAR (meteorological aerodrome report, 定時飛行場実況気象通報式) は、着氷性の霧(フリージング・フォグ)により視程が1/4マイル未満、シーリングが100フィート未満という極めて厳しい気象状態を示していました。TAFの予報でも、この悪天候は私たちの到着予定時刻をはるかに過ぎた午後半ばまで回復しない見込みでした。ところが、基地で米空軍の気象予報官から受領した国防総省フォーム175-1「飛行気象ブリーフィング」は、全く異なる見解を示していました。現在の気象状態こそMETARと同じでしたが、今後1時間以内に天候が急激に回復するという強気の予報になっていたのです。出発前の最終ブリーフィングで空軍の予報官にこの点を質したところ、彼は「TAFの予報には同意できないため、より好転する見込みでブリーフィングを作成した」と答えました。この楽観的な予報を完全には信用できなかった私は、代替飛行場(オルタネート)としてブルガリアのブルガスについての気象ブリーフィングを追加で要求しました。事前のMETARおよびTAFの確認で、同飛行場が終日VFR (visual flight rules, 有視界飛行方式) の気象条件を満たすと把握していたからです。最新の気象情報と、規則上は要求されていなくとも念のために設定した代替飛行場という「保険」を手に、私たちは第1レグへ向けて定刻通りに離陸しました。
ブカレストの進入管制区に入った際、管制官から目的地の最新気象を受領しているかとの確認がありました。ATIS (automated terminal information service, 飛行場情報放送業務) の電波が弱く、無線機のスケルチをかろうじて超える状態の中、管制官が直接最新の気象を読み上げてくれました。結果は、シーリング100フィート未満、着氷性の霧により視程200メートル未満という絶望的な状況でした。即座に代替飛行場へのダイバート(目的地外着陸)を決断し、ブルガスの最新気象を要求したものの、返ってきたのはブカレストと同じ悪天候の報告でした。私は頭の中で東欧の航空図を展開して他の飛行場を検索し、管制官にルーマニアのコンスタンツァとブルガリアのソフィアの気象状況を問い合わせました。しかし、どちらの飛行場も着氷性の霧に覆われ、着陸できる状態ではありませんでした。そこで索敵範囲をさらに広げた結果、トルコのイスタンブール周辺がVFRの条件を満たしていることを発見し、現地の状況を確認しました。私たちはイスタンブールのアタテュルク国際空港へダイバートして無事に燃料を補給し、入国審査と税関手続きを済ませた後、その日の最終目的地へ向けて任務を続行しました。
教訓事項
この一連の経験から、航空科隊員として学ぶべき、あるいは再確認すべき多くの教訓を得ました。第一に、機長にはいかなる疑念に対しても問い質す権限と責任があることを忘れないでください。今回の事例で言えば、気象予報官のブリーフィングに対する疑義がそれに当たります。機長として自ら事前の気象見積もりを行っている以上、予報官の説明が自身の見積もりと矛盾していると感じたならば、決して妥協せずに徹底的に確認すべきです。飛行規程上、代替飛行場の設定が義務付けられていない状況であっても、「何かおかしい」というパイロットとしての直感を信じ、念のため代替飛行場のブリーフィングを受けておくべきです。飛行中にすべての選択肢を失うことは致命的です。常に複数のバックアップ・プラン(次の一手)を手元に用意しておかなければなりません。未使用の選択肢を残したまま安全に地上へ降り立てたということは、不測の事態に対処できるだけの十分な「引き出し」を持っていた証拠なのです。
最後に、運航地域の地理的特性を熟知しておくことです。われわれヘリコプターの操縦士は、開けた地形さえあればどこでも不時着陸場にできる機動性を持っていますが、固定翼機の操縦士にとっては滑走路の確保が絶対条件となります。当時の気象条件が代替飛行場を要求するかどうかにかかわらず、ダイバート可能な飛行場を常に把握し続けることは、いざという時の生存性を高める最強の「選択肢」となるのです。
出典:Risk Management, U.S. Army Combat Readiness Center 2026年03月
翻訳:影本賢治, アビエーション・アセット管理人
備考:本記事の翻訳・掲載については、出典元の承認を得ています。
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この記事は、2019年に掲載された記事が一部修正して再掲載されたものです。
https://aviation-assets.info/risk-management/know-your-options/