最悪の事態に備えよ
「だれでも、口にパンチを食らうまでは計画がある 」-マイク・タイソン
航空安全担当将校たちは、死亡を伴うクラスA事故などの壊滅的な状況に直面しても、それに対処する準備ができているものと思いがちです。しかし、実際には、ほとんどの部隊において、その準備は不十分なのが実情です。それは、手遅れになる前に準備を整えておくためには何をしなければならないのかということを、しっかりと理解できていないからなのです。
不測事態対処計画
部隊がまず最初に行わなければならないことは、陸軍規則385-10「陸軍安全プログラム(The Army Safety Program)」に規定されている不測事態対処計画(pre-accident plan, PAP)を作成し、見直し、改正することです。部隊の不測事態対処計画は、上級部隊および駐屯地の計画にも反映されていなければなりません。また、部隊が展開したり、戦闘訓練センターに移駐したり、野外訓練などのために駐屯地を離れたりする場合には、それに応じた修正を加えなければなりません。さらに、四半期に1回は計画を確認し、毎年1回は不測事態対応機関と連携した予行を実施しなければなりません。事故調査の過程において、事故発生部隊が長期間にわたって不測事態対処計画の十分な予行を行っていなかったという事実が明らかになることも少なくありません。その場合、不測事態対処に責任を有する個々の隊員の多くが、自分自身の役割を把握できていないのです。
各部隊における事故対処訓練は、自隊の不測事態対処計画に従って実施する必要があります。過去に不測事態対処計画と無関係に実施された部隊訓練を見たことがありますが、当該部隊の運用班は、どの計画に従っていいのかが判断できずに混乱に陥ってしまいました。事故発生時は、感情の高まりゆえに、重要な手順や要素を見過ごしてしまうことが少なくありません。そのような事態を避けるためには、不測事態対処計画は、関係者が容易に理解できるものでなければなりません。不測事態対処の基幹となる要員は、その計画全体または自分の任務及び主要な連絡先をスマートフォンにコピーしておく必要があります。航空事故は、職場や机から遠く離れた場所で起こる可能性もあるからです。また、飛行指揮所で勤務する要員は、不測事態対処計画のクォーターバック(司令塔)であることを自覚し、その計画のすべてを熟知していなければなりません。
事故発生時に行うべきこと
残念ながら、事故は必ず起こるものです。アメリカ陸軍戦闘即応センター(U.S. Army Combat Readiness Center, USACRC)への事故速報は、事故の内容に応じて陸軍省書式7305または7306を使用し、24時間いつでも電話で行うことができます。事故の報告においては、戦闘即応センターが調査チーム派遣計画を立案するのを容易にするため、できるだけ多くの情報を含めるように心がけてください。(近い将来には、通報の一部に戦闘即応センターの新しい事故報告ツールであるASMIS(Army Safety Management Information System)2.0を使用できるようになります。)
戦闘即応センターの事故調査委員会(safety investigation board, SIB)が現地に向けて出発したならば、部隊は何を行うべきでしょうか?事故調査委員会の担当者(通常は、記録担当者)からは、到着後直ちに必要となるデータと、その後に必要となるデータのリストが電子メールで部隊に送付されます。そのメールには、事故現場の保存に関する指示も含まれています。事故調査委員会の委員長の同意がない限り、事故現場からは、何も持ち出してはなりません。フライト・データ・レコーダなどの器材を分析のために取り外すように指示された場合は、記載されている手順に従って安全調査委員会に送付してください。
事故現場は、現状を保存するため、立ち入り禁止にしなければなりません。その範囲は、機体の残骸だけではなく、地面に残された機体との接触跡も含まれるように設定する必要があります。部隊の安全担当将校は、回収作業によって現場が荒らされてしまう前に、必要な記録をできる限り保存するように努めなければなりません。事故調査委員会にとって、事故現場の写真や計測結果は非常に役立ちます。委員会が現地まで到着するまでに時間がかかる場合(例えば、戦場で事故が発生し、調査チームがクウェートを経由しなければ到着できないような場合)には、特にこのことが重要になります。
事故調査委員会からのメールには、直ちに必要となる文書や物品のリストが含まれている場合もあります。書類や出版物のコピーについては、紙媒体でも良いのですが、デジタル媒体で提出してもらえれば、事故調査委員会の業務がより容易になります。必要な書類の例としては、作戦規定、写真データ、目撃者リスト、証言(修正が加えられていないもの)、危険見積、搭乗員の中央航空飛行記録システム(Centralized Aviation Flight Records System, CAFRS)データ、航空機履歴簿、および気象データなどがあります。
事故調査委員会にとって直ちに必要になる、もうひとつものは、委員会専用の部屋です。その部屋は、事故調査委員会のメンバーのみが入室できる、鍵の掛かる部屋でなければなりません。また、メンバー全員が作業するのに十分な広さがあって、24時間体制で作業できることが必要です。事故調査委員会は、通常、戦闘即応センターから派遣される委員長および記録担当者、通常、評価標準化部から派遣される訓練担当操縦士、通常、事故発生旅団から派遣される試験飛行操縦士、技術検査員および航空医官、ならびに器材専門アドバイザーとしてコーパスクリスティ工廠分析調査部門から派遣される陸軍省軍属で構成されます。ただし、委員長は、必要に応じ、その他の専門家を安全調査委員会の要員に加えることができます。その例としては、気象担当将校ならびに受入国の連絡員および航空技術者などがあります。
調査の手順
委員会は、現地に到着したならば、通常、まず最初に努めて速やかに現場を確認し、初動調査を行うとともに、改めて写真撮影および計測を行います。事故現場の確認は、その後も繰り返されるので、そのすべてが終了するまでの間は、航空機を回収できない場合があります。回収作業が開始されても、すべての段階に事故調査委員会調査委員会のメンバーが立ち会い、機体の状態を記録して、証拠の保全を確実にします。これは、事故による損傷と、回収作業による損傷とを明確に区別するためです。
事故調査委員会は、調査間、事故発生部隊の作業スケジュール、現地の環境および戦況上の懸念事項を可能な限り考慮して、控えめに行動するように努めます。また、事故発生部隊の作戦任務の遂行および利用可能な隊力にも、十分に注意を払います。事故発生部隊が任務を完遂できる状態を維持しつつ、時機に応じた適切な方法による効果的な調査を実施することが重要だからです。
事故調査委員会の最終的な目標は、「何が起こったのか?」「なぜ起こったのか?」「どうしなければならないのか?」という3つの疑問に答えることです。また、その調査の過程は、「編成」、「データ収集」、「分析/検討」および「調査報告書の作成」の4つの段階に区分されます。
「編成」の段階は、現地への進出、委員会室の準備、委員会メンバーへの各人の任務に関する簡潔なブリーフィングなどが行われ、比較的短期間で終了します。
「データ収集」の段階においては、最初の質問である「何が起こったのか?」に答えることに焦点が置かれます。委員会は、安全担当将校が収集した書類を確認し、さらなる補足資料を収集し、正式および非正式な事情聴取を行い、航空機等の物的証拠を分析し、コーパス・クリスティー工廠や企業における詳細な調査のための部品の発送を行います。
「データ分析/検討」の段階においては、2つ目の質問である「なぜ起こったのか?」に対する答えを見出します。委員会は、多種多様な方法を用いて、事故の根本原因が気象環境なのか、物的要因なのか、または人的要因なのかを明らかにします。人的要因が存在する場合は、支援、規則、訓練、指揮および人的ミス(support, standards, training, leadership and individual failures, SSTLI)の関与について、さらなる分析を行います。
最終段階の「報告書の作成」においては、最後の質問である「どうしなければならないのか?」に焦点が当てられます。この時点までに、事故調査委員会は、すでに膨大な量の情報をまとめ、何十種類もの様式に記入し、すべての音声・画像データを何百回も視聴し、巨大なスプレッドシートにデータを入力し終えています。そのうえで、認定した事実を列挙し、同種事故の再発を防止するための安全勧告を立案するのです。
調査結果の報告
事故調査委員会は、通常、21日間の調査期間を想定していますが、それは、あくまでも当初の計画に過ぎません。過去の事故調査においては、それよりもわずかに短かった場合もあるし、何ヵ月も続いた場合もあります。事故調査委員会は、まず、事故に至った要因、事故の経過および事故発生後の経過などの調査の成果の概要を報告します。
事故調査委員会は、最終的に、認定した事実および安全勧告を報告します。この安全勧告は、大隊、旅団および師団長によって、直ちに実行に移される場合もあります。また、陸軍省レベルまで報告される場合もあります。戦闘即応センターは、これらの安全勧告が適切な機関に送達され、それを具現するための公的な対応が実行されたことを確認することになっています。
結 論
壊滅的な事故は、すべての部隊で発生する可能性があります。それは、部隊の士気を低下させ、指揮官にそこから回復させるための大きな困難をもたらすことになります。部隊において、問題点を指摘するのは、なかなか難しいことです。しかし、ここに述べたことを踏まえ、状況を確認し、改善することが安全担当将校の使命なのです。事故調査委員会は、部隊を評価するためのものではありません。その存在意義は、部隊が自分自身を確認できるように「鏡を持ってかざす」ことにあるのです。優れた部隊とは、事故から教訓を学び取り、自らを正すことによって、事故の再発を防止できる部隊に他なりません。
Readiness Through Safety!(安全の確保により、即応性を維持せよ)
参考:不測事態対処計画の細部については、リスク・マネジメント誌に掲載された上級准尉4 ロバート・L・モーランの「不測事態対処計画および初動対処計画の整備」を参照されたい。
出典:Risk Management, U.S. Army Combat Readiness Center 2020年07月
翻訳:影本賢治, アビエーション・アセット管理人
備考:本記事の翻訳・掲載については、出典元の承認を得ています。
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1件のコメント
事故発生部隊の任務遂行を阻害しないように着意するというあたりが、さすが実戦を経験している軍隊だ、と感心しました。