AVIATION ASSETS

陸軍航空の情報センター

計器を信頼せよ

匿 名 希 望

操縦課程を卒業してすぐにイラクに派遣された新米パイロットの私は、任務に参加したくてウズウズしていました。副操縦士(ライト・シート・ライダー)としてUH-60Aに搭乗するようになってから1週間が経過した頃、人員輸送任務の要求が増えはじめ、部隊は非常に忙しくなりました。イラクにおける初めての任務を経験したばかりの私が実施することになったその日の飛行任務は、バグダッド周辺空域における6時間の飛行を伴う人員輸送任務でした。当日の気温は、8月のイラクではごく普通の43℃-46℃に達していました。
 機長(パイロット・イン・コマンド)と私は、A誘導路をグランド・タクシーしてから、HIT(ヘルスインジケーターテスト)を行いました。HIT終了後、10フィート・ホバリングに移行してパワーを点検し、全ての諸元が正常であることを確認しました。その後、管制塔から右旋回して滑走路を横断する許可を受けたので、機首を北西方向に向けようとしていました。
 右旋回を開始した時、TGT(タービンガス温度)が30分制限範囲の中間くらいまで上昇していることに気が付きました。「全備重量は、それほど大きくないのにおかしいな」と思いましたが、飛行経験の浅い私は、「高い気温が原因なのだろう」と考えてしまいました。予定よりも10ノット遅い速度で巡航高度まで上昇すると、TGTは30分間制限範囲から出たり入ったりしながら、概ね許容できる値に落ち着いてきました。

バグダッドに到着した我々は、TGTの状況を再確認することにしました。バグダッド国際空港の滑走路を横断しようとしていると、管制塔から滑走路の手前で待機するように指示されました。ホバリングしている間、トルクの値はパフォーマンス・プラニング・カードに記載されたとおりでしたが、TGTの値は30分制限の中程まで上昇していました。機長と私は、CDU(セントラル・ディスプレイ・ユニット)及びPDU(パイロット・ディスプレイ・ユニット)の指示をクロス・チェックしながら、僚機に搭乗しているメンテナンス・テスト・パイロットにTGTの状況を説明しました。メンテナンス・テスト・パイロットから「飛行の継続については判断を任せる」という指示を受けた機長は、任務を継続することに決心しました。
 FARP(フォワード・アーミング・アンド・リフュエリング・ポイント)に着陸した後、燃料を満タンまで補給しました。そのFARPはランウェイに隣接しており、その間に2台の燃料タンク車(フューエル・トラック)が駐車していました。FRRPから慎重に離陸を開始するとすぐに、ローター回転数(RPM)が低下しはじめ、燃料タンク車の直上を飛行している時に、低回転警報音が鳴りはじめました。機長が機首を下げて前進速度を獲得すると、ローター回転数は100%に復帰しましたが、もう少しで「滑走路の手前で待機せよ」という管制塔の指示に違反してしまうところでした。
 パーキング・エリアまでグランド・タクシーしてから、エンジンをシャット・ダウンし、エンジン・カウリングを開いてTGTに関係する不具合がないかを確認しましたが、特に異状は発見できませんでした。このため、TGTが制限値ギリギリまで高く、パワー・マージンが減少している可能性があったにも関わらず、またもや任務を継続することにしました。
 任務が終了するまでの間、ローター回転数を維持するため離陸角度を通常よりも浅くとりながら、恐る恐るTGTを管理し続けました。直線水平飛行中は、TGTが30分制限の下端まで下がっていましたが、着陸地点(ランディングゾーン)では、必要なパワーを確保するため、緩やかに滑走着陸(ロールオン・ランディング)を行い、駐機スポット(パッド)まで戻ってから滑走離陸(ローリング・テイクオフ)を行うようにしました。
 部隊に帰投してから、飛行後点検(ポスト・フライト)を行っていたところ、TGTに関係する不具合が発見されました。なんと、No.1エンジンのブリード・エア・ホースがエンジンから外れていたのです。
 あの日、私は、多くの事を学びました。まず第1に、「計器の指示は信頼しなければならない」ということです。我々は、1日中、計器の指示が正常でなかったにも関わらず、任務の継続を決心しました。このくらいの「異常」で任務を放棄したくなかったのです。
 第2に、例え高気温環境下での飛行経験が少なかったとしても、「パワー・マージンの減少に終日悩まされ続けるような状態は、決して正常ではない」ということに気づくべきでした。
 第3に、最も重要なことは、「不具合の発生状況から考えれば、我々が深刻な状況に陥らずにすんだのは幸運であったに過ぎない」ということです。もし、我々が敵の攻撃に対し回避行動を行ったり、進入・離陸時に大きなパワーを使用したりした場合には、致命的な結果をもたらす可能性がありました。
 パイロットとして、搭乗員を無事に帰投させるためには、航空機の運航に必要な状況判断能力だけではなく、航空機の構造機能に関する知識が必要なのです。

 

           

出典:KNOWLEDGE, U.S. Army Combat Readiness/Safety Center 2013年07月

翻訳:影本賢治, アビエーション・アセット

備考:本記事の翻訳・掲載については、出典元の承認を得ています。

アクセス回数:3,669

コメント投稿フォーム

  入力したコメントを修正・削除したい場合やメールアドレスを通知したい場合は、<お問い合わせ>フォームからご連絡ください。

1件のコメント

  1. 管理人 より:

    こんな状態でも任務を継続しようとするところが、スゴイと思います。見習うべきではありませんが...