「思い込み」という「わな」
それは、夏の終わりの韓国でのことでした。UH-60のクルー・チーフだった私は、毎年恒例の「技能および即応性検定」を受けていました。私は教官クルー・チーフによって評価され、それと同時に、その教官クルー・チーフは教官操縦士によって評価されていました。さらに、前方のコックピット内では、技量評価操縦士が、まだ新人だったその教官操縦士の評価を行っていました。機内では、多くの手順が行われ、それと同時に多くの経験が生まれていました。
パイロットたちは、操縦や機体の能力を確認しながら、トラフィック・パターンの飛行を数回繰り返しました。後方のクルー・チーフたちは、機外の見張り、燃料のチェック、チェックリスト読み上げによるパイロットの補佐などの任務を行っていました。その後、技量評価操縦士は、シングル・エンジン状態でのホバリング能力を確認することにしました。手を伸ばしながら、No.2パワー・コントロール・レバーをアイドル状態まで絞ることを発唱しました。技量評価操縦士がNo.2パワー・コントロール・レバーを確認し、レバーをアイドル状態まで絞ると、教官操縦士はVMC進入のため、緩やな降下を開始しました。
進入中にタワーから、他のトラフィックが着陸進入するため、平行している別の誘導路に進入目標を変更するように指示がありました。技量評価操縦士と教官操縦士は、操縦について会話しながら、誘導路上空約 20 フィートでホバリングに移行しました。タワーから再度無線があり、私達の意向を確認するとともに、さらに多くの機体が進入していることを伝えてきました。技量評価操縦士は、タワーと冗談を言い合った後、操縦している教官操縦士に注意を戻しました。その間に、技量評価操縦士は、訓練のどの段階を行っているのかを忘れてしまっていたのです。No.1パワー・コントロール・レバーに手を伸ばして、それをつかむと、アイドルまで絞りはじめました。教官操縦士は、直ちにコレクティブを下げ、航空機を前進降下させながら、誘導路に着陸しようとしました。
降下中、私は、クルー・ウィンドウにある小さな黄色いハンドルに手を伸ばし、それを握りしめるのがやっとでした。誰も言葉を発することができないうちに、機体は接地しました。そして、誘導路をわずかに滑走した後、急激に左に旋回しはじめました。テール・ホィール・ロック・ピンが破断し、ホィールが方向を変えたのです。急旋回したことで機体が右に傾き、メイン・ローター・ブレードが地面すれすれまで近づくのが見えました。地面にブレードが衝突するという最悪の事態を予期しましたが、突然、機体が水平に戻り、停止しました。
私達は、心臓が高鳴るのを感じながら、お互いに目を見合わせました。その時になってようやく、誰かがICSで声を発し、全員の無事を確認しました。機体への損害の程度が分からなかったため、その場で機体をシャットダウンしました。幸いにも負傷者はありませんでした。シャットダウンを完了すると、直ちに整備員に連絡し、機体を格納庫まで牽引してもらいました。検査の結果、テール・ホィール・ロック・ピンの破断以外に損傷はありませんでした。
教訓事項
搭乗員であれば誰でも、任務実施前にクルー・コーディネーション、特に「アナウンス・アクション(企図の明示)」について必ず指導されているはずです。タワーからの指示に気を取られた技量評価操縦士は、他の搭乗員とのコミュニケーションを怠るという間違いを犯してしまいました。改めて自らの企図を明示した後に、訓練を再開すべきだったのです。
搭乗員訓練マニュアルの第6章に記載されているとおり、クルー・コーディネーションの不備は、飛行前および飛行中に数多くの事故を引き起こしています。私が技量評価操縦士を適切にアシストできなかったのは、私よりもずっと多くの飛行経験を有する操縦士だったからでした。経験豊富なパイロットだから、すべてをコントロールできていると思い込む「わな」に陥ってしまっていたのです。しかし、現実には、搭乗員の誰も、機体の状態を把握できていませんでした。今ならば、あの事案の発生を防止するため、自分の果たすべきだった役割と、行うべきだった行為を明確に理解できています。
出典:Risk Management, U.S. Army Combat Readiness Center 2023年08月
翻訳:影本賢治, アビエーション・アセット管理人
備考:本記事の翻訳・掲載については、出典元の承認を得ています。
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1件のコメント
この記事が、パイロットではなく、クルー・チーフによって書かれているというのがポイントだと思います。