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ボルテックス・リング・ステート:第1部 – 概要

トーマス・L・トムプス博士

ボルテックス・リング・ステート (VRS) とは、ホバリングや低速飛行中に比較的高い降下率で降下した際にローターの推力が突然失われ、必要出力が増加する現象です。

図1-試験データから得られたVRSの境界

VRSは、パイロットが大きな進入角で降下したり、地面近くで急激な操縦を行ったりした場合に、回転翼機事故の主な要因または間接的な要因となってきました。そのような条件において風速や風向が変化するとVRSが引き起こされ、推力と高度の突然の喪失をもたらし、パイロットによる回復が困難な状態になる可能性があります。この記事(第1部)では、VRSの空気力学、それが発生する対気速度と降下率の組み合わせ、およびパイロットの制御に及ぼす影響について説明します。次の記事(第2部)では、VRSからの回復方法について説明します。

ローターが揚力を生み出すと、ブレードの先端から後方に伸びる螺旋状の渦流が発生します。ヘリコプターを湿度の高い日にホバリングさせたり、風洞で空気流を可視化した状態で実験を行ったりすると、数回転分の後流渦が観察できます。ローターが降下すると、先端渦の間の垂直間隔が減少し、渦の一部が一緒になったり、束になったりするようになります。降下速度が増加するにつれて、より多くの翼端渦がリング状に束ねられますが、この時点ではまだローターのはるか下方で崩壊してしまいます。ただし、降下速度がホバリング時のローター誘導速度に近い値まで増加すると、完全なVRSに到達します。この状態では、リングがローター面付近に集中し(これらのリングは「空気流の再循環ドーナツ」と呼ばれます)、ローターを通過する下向きの空気流を増加させ、ブレードの相対的な迎角を減らしてローターの揚力を減少させるようになります。ローター面への空気流入量が増加すると揚力が減少し、急激な降下率の増加と高度の低下を引き起こします。また、ローター面の上下で大きな空気流のドーナツが移動することによって気流が不安定になり、航空機の振動を増加させてパイロットによる制御を困難にします。

VRSの空気力学をモデル化し、理解するのはやや難しいですが、VRSが発生する飛行条件は飛行試験や風洞試験によりかなり明確に定義されています。これらの試験では、一般的に前進対気速度と降下速度に応じたVRSの境界(概要を図1に示しています)が定義されます。その結果は(対気速度と降下速度をホバー誘導速度で除することにより)無次元数で表現することができます。 それは機体総重量や密度高度の変化を考慮に入れたものとなります。境界線を引くために必要なポイントは、飛行試験で一定の対気速度で飛行しながら、急激な降下速度の増加が測定されるまで徐々にコレクティブピッチを減少させることで把握できます。さらに、安定した降下率を確立したうえで、VRSに達するまで対気速度を減少させることで追加の境界定義ポイントを得ることもできます。2000年代初頭には、V-22ティルトローター機のVRS境界が海軍航空システム・コマンド(NAVAIR)とベル・ヘリコプター社が実施した広範な飛行試験によって定義されました。境界に近づくにつれて、航空機の振動が増加し、ローターの推力にもいくらかの変動が確認されたといいます。VRSが発達するにつれて、2つのローター間の推力が非対称になり、VRSに完全に到達すると、最終的には推力の非対称が利用可能なロール制御能力を超え、「ロールオフ」(横方向の旋転)が発生する場合もありました。

これらの試験から得られた境界値は、操縦マニュアルのチャートや警告を作成するために使用され、パイロットがVRS(ボルテックス・リング・ステート)に陥るのを防ぐのに役立っています。上述のとおり、VRS(ボルテックス・リング・ステート)では航空機が制御困難になることが少なくありません。特にヘリコプターの場合はコレクティブ・ピッチが降下率を抑える効果を失い、垂直軸方向の制御が難しくなりがちです。一方、 ティルトローター機の場合は横方向のサイクリック・ピッチとディファレンシャル・コレクティブ・ピッチの効果が不均衡なロール・モーメントに対抗するのに不十分となり、横軸方向の制御が難しくなる傾向にあります。ただし、幸いなことにヘリコプターとティルトローター機のいずれについても、VRSからの回復テクニックが確立されています。これについては第2部で詳しく説明することにしたいと思います。

トーマス・L・トンプソン博士は、アラバマ州レッドストーン工廠にある米陸軍戦闘能力開発コマンド航空・ミサイルセンターのシステム即応局の空気力学主任エンジニアです。

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出典:ARMY AVIATION, Army Aviation Association of America 2025年01月

翻訳:影本賢治, アビエーション・アセット管理人

備考:本記事の翻訳・掲載については、出典元の承認を得ています。

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2件のコメント

  1. 管理人 より:

    航空工学講座「ヘリコプタ」(日本航空技術協会)の第5版には、ボルテックス・リング状態について次のように記載されています。
    *******
    ボルテックス・リング状態は次のような条件で発生する。
    (1)降下速度がホバリング時の誘導速度の2倍までの垂直降下状態のとき
    (2)緩降下を伴う低速度前進飛行状態のとき
    *******

    • 管理人 より:

      これは「ホバリングや低速飛行中に比較的高い降下率で降下した際」に発生するというこの記事の記述と矛盾するようですが、図を見ると分かるとおり、「降下率がものすごく高かったり、十分に低かったりした場合は、たとえ前進速度が低くてもVRSに入らない」ので、どちらも間違ってはいないと思います。